3-12 これからも仲良くしましょうね
鳥たちが飛び立った。
厩舎の魔馬たちが暴れる。
水晶宮を強大な魔力が覆った。アルヴェリオ王子の魔力だ。
だが、人間でそれに気づいたのは極僅かだった。
――何ごと!?
広間にいたセレスティーナ嬢はその僅かな一人だった。彼女は足早に会場を後にする。
他にも異変に気づいた騎士が幾人か、彼女に続いた。
だが、魔力というものは方向を掴み難い。彼らは宮殿内を駆け回ることとなった。
また、広間の席では国王レオナールもまた異変に気づいていた。だが、国王である彼は容易に動くことができない。
「陛下……」
「気づいたか。いまのは何だ?」
「調べさせます」
「うむ、急げ。おそらくアルヴェリオの魔力だ」
◇◇◇◇◇
「うむ、これは凄いな!」
礼拝堂では、老将軍が唸っていた。
目の前には魔力を全解放したアルヴェリオ王子が、髪の毛を逆立てて歩み寄る。
髪の毛とはいえ、物理に干渉する魔力など、老将軍の長い人生でも初めて見た。
「魔力を抑えていたのは、ただ穏便に済ませようとしただけのこと。将軍がお望みなら手合わせも喜んで致しますよ」
ゆらゆらとアルヴェリオ王子の姿が陽炎のように揺れる。視界を歪めるほどの魔力量。
それを間近で浴び、ベルンハルトは心臓を握り潰されるような感覚に陥った。
「炎帝の再来。これほどか……」
それでも、笑みが溢れてしまうのは武人の性か。
だが、限界でもあった。
「わかった。もう良い。儂の負けだ!」
と、アルヴェリオ王子から溢れていた魔力が急速に薄れていく。
と、礼拝堂の扉が開け放たれた。
「王子!」
「何かありましたか!?」
入ってきたのは数人の騎士たち。
その中には王鷲騎士団の若きカディスの姿もあった。
「殿下、無事で? ベルンハルト様、これは何事ですか!?」
カディスは老将軍の強さを骨身に染みて知っている。
何かあったことは間違いない。
だが、そう安々と追及はできなかった。
「いや、なに。少し王太子殿下の実力を見せてもらっただけだ」
「カディス、心配するな。少し老将軍と興が過ぎてしまった。だが、何もない」
そんなことは絶対にないのだが、二人がそう言うなら、騎士たちから言えることは何もない。
だが、少しだけアルヴェリオ王子の唇が震えていることに、カディスは気づいた。
さり気なく自分の大きな身体を王子と老将軍の間に割り込ませる。
「何もないと言うなら良いですが、それでも興が過ぎますぞ。大きな魔力を感じて驚いてしまいました。ベルンハルト様もお気をつけ頂きたい」
「いやいや、すまない」
「殿下も少し頭を冷やして頂きたい!」
そうして、カディスらがアルヴェリオを押し出すように、礼拝堂から連れ出してしまった。
そして、礼拝堂は静かになった。
残されたのはベルンハルトと、それを監視するかのような騎士が数人。
――隠したようにも見えたが……。
――探れるのは、ここまでか。
老将軍は顎を撫でた。
そんな老将軍を、ステンドグラスの色とりどりの光が照らしていた。
◇◇◇◇◇
大広間ではアフロ合唱団が最高潮を迎えていた。
「「「ア、フ、ロ〜〜〜♪」」」
「「「ハレルヤ、アフロ♪」」」
「「「アフロは世界を救う♪」」」
どんな歌詞やねん!?
ひな壇に並んだアフロが揺れる。力強い歌声が水晶宮の広間に響き渡った。
それに楽団の伴奏も特徴的だった。
ズンドコ、ズンドコ……。
打楽器を多用したリズミカルな演奏。
そして何より、歌っている人たちも、聴いている人たちも、広間の人たちが皆笑顔だった。
あーあ、レスター子爵夫人も普段は控え目で上品な方なのに、あんなに楽しそうに歌っている。
ふと、傍らを見れば、自然な笑顔を浮かべるエルヴィーラ姫が。しかも、リズムに合わせて小さく揺れていた。
こんな笑顔もするんだ。
「楽しいパーティーですね!」
「え、ああ、そうね。楽しいですよね」
「こんな楽しいパーティーは初めてです!」
楽しんでくれてるなら何よりで。
でも、歌って凄い!
だって、私もなんだかとても楽しくなっているんだもの。
って、なんかお母様、来た!
「ほら、オリヴィアもエルヴィーラ姫も。こちらをどうぞ」
渡されたのは歌詞の書かれた紙だった。
アフロ、アフロ。
ハレルヤ、アフロ。
……。
あんまり考えてる歌詞じゃないな。
だが、それだけに覚えやすい。
そんな歌詞を虹色アフロのお母様が、広間の人たちに配って回る。そして、皆に行き渡った頃に、お母様が大きな声で呼びかけた。
「さあ、皆様! 一緒に歌いましょう! レッツ・シンギング!」
広間に歌声が満ちた。
皆が大きな声で歌う。
私もエルヴィーラ姫も二人並んで、大きな声で歌った。私の金髪アフロと、エルヴィーラ姫の流れるような銀髪が一緒に揺れる。
「「「ア、フ、ロ〜〜〜♪」」」
「「「ハレルヤ、アフロ♪」」」
「「「私もあなたも、みんなアフロ♪」」」
そして、フィナーレ。
歌い終えると、広間が拍手に包まれた。
「ブラボー!!」
「素晴らしい!!」
私とエルヴィーラ姫はお互いに見合った。
「あっはっはっ! 楽しい!」
「楽しいですね!」
「エルヴィーラ姫、これからも仲良くしましょうね!!」
楽しかったのだ。
その場の勢いで、私はそう言った。
「あっ……」
鳴り響いていた歓声が、一瞬だけ小さくなったような気がした。
皆が私たちに注目していた。
エルヴィーラ姫も少し驚いていた。
でも、そんなこと、楽しくなっていた私は全然気づかなかった。
「はい、是非!」
と、急に再び大歓声が。
なんだこれ?
でも、とても楽しかった。
さすがはお母様。というか、こんな大きなパーティーでお母様、全部持っていったなあ……。
そんなことを思いながら、でも、私はエルヴィーラ姫と手を取り合って、笑い合った。
◇◇◇◇◇
大歓声に包まれる広間の最奥。
国王レオナールは、そんな大歓声に包まれた様子を眺めていた。
視線の先には、手を取り合って笑い合う二人の姫。
「よろしいのですか?」
傍で囁いたのは、宰相ラザル・モントフォール。
「良かろう。ここで水を差しては無粋というものだ。それよりも、だ」
レオナールもまた声を潜める。
「アルヴェリオのほうはどうなっている?」
「まだ調べさせていますが……。いや、いま来ましたな」
と、報告に来た兵士に耳を傾けるレオナールとラザル。
だが、次第に二人の顔が蒼白となった。
◇◇◇◇◇
あーあ、楽しかった。
広間での讃美歌も終わり、光臨祭もそろそろ終わりが見えてきた。
エルヴィーラ姫も中座したので、私も少し休もうかというところだった。
「オリヴィアさん、ちょっと来て」
「セレスティーナさん、どうしたんですか?」
「良いから……」
セレスティーナさんに強引に袖を引かれ、広間から連れ出されてしまった。
そう言えば、セレスティーナさんは讃美歌の時いなかった。
どうしたのだろう?
と、人がいない通路に出た時だった。
セレスティーナさんの低く、押し殺したような声。
「王子が大変なの、早く」
「王子が!?」
その表情から、ただ事ではないことを悟った。




