3-11 オリヴィアさんのお母様は凄い方ですね
光臨祭。
水晶宮に人が増えてきた。
大司教様の説法が始まったが、殆どの人が聞いていない。皆、お喋りとビュッフェに夢中だ。
と、そんな様子はエルヴィーラ姫には奇異に見えたようだ。
「あれは良いんですか?」
「うーん、良いとも言えないんですけど、グランフェルドの光臨祭はいつもこんな感じですねえ」
外国では説法をみんな真面目に聞くのだろうか?
そして、エルヴィーラ姫にとっては、珍しかったものが他にも。
「それに、本当に流行っているんですね」
会場に増えてきた人たちの中に、モサモサとしたボリューム満点のアフロヘアーの女性がチラホラ。
だが、よくよく見ればレスター子爵夫人のサロンに出入りしている女性とわかる。あのサロンはセント・ルディアの法服貴族が多いから、私が知っている人ばかりだ。
まあ、そんなことはエルヴィーラ姫にはわかるまい。
「わっ、あの人なんか凄い」
と、一際目立っている女性がいた。
アフロである。
ただ、アフロは既に会場に珍しくない。だが、そのアフロはカラフルだった。七色のグラデーションで染められた虹色アフロ。
そんなことをする人物と言えば……。
「あの方、こちらに来ますよ」
「母です」
「えっ?」
「あれは私の母です」
エルヴィーラ姫が目を丸くしていた。
そして、目の前にやってきたお母様は満面の笑みだった。
「良かったわ。オリヴィアもちゃんとアフロで来てくれたわね!」
私の手を取って喜ぶ母。
そして、凄いのは頭だけではなかった。
細身のドレスに、ギラギラとした細かな装飾がこれでもかと付いていた。しかし、さすがはお母様というべきか。とても良く似合っていた。
「お母様、また攻めたね」
「ええ、いろいろ考えた末にたどり着いたのがコレ。スパンコール。貴金属で飾るよりも、こっちのほうが見栄えがするでしょう?」
「光臨祭だから許される格好なのでは?」
「それはあるわね。だからこそ、目一杯楽しまないと!」
光臨祭のドレスコードは緩い。
一応王族や高位貴族の方々は、豪華な正装ドレスが殆どだが、そうでない方々も多い。
もちろん私は豪華な正装側だ。東宮で用意してくれたドレスに、頭だけアフロを合わせている。
「そして、エルヴィーラ姫でいらっしゃいますね?」
「あ、はい」
「オリヴィアの母、マルグリットと申します。娘と仲良くしてくださって、ありがとうございます。もう、うちの娘は普段こういう社交の場に来ないから、いつも話し相手に困っていたんですよ」
ほっといて欲しい。
光臨祭ならミレイユとクラリッサがいるわ。
今日は私がエルヴィーラ姫に応対するって、王太子府で決まってたんだい。
「それに、まあ、エルヴィーラ姫のドレスも素敵で。これはノルガルド秘蔵のドレスですわね。エリク遠征王のご成婚の時に仕立てられたという」
そんなドレスだったんだ。ファッション好きとはいえ、初見でそこまで出てくるお母様も凄い。
そして、お母様はエルヴィーラ姫のドレスをチェック、チェック! 上から下までジロジロと、さらには背後にまで回ってドレスを細部まで確認していた。
そして、最後にエルヴィーラ姫の手を取って、ぶんぶんと振った。
「今日はね。私たちのサロンの皆で、演し物を用意しているの。讃美歌を歌うの。是非見ていってくださいね!」
そして、母は嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。
「オリヴィアさんのお母様は、凄い方ですね……」
「あはは……、私もそう思う」
この美貌とドレスで燦然と輝くエルヴィーラ姫に全く物怖じしてなかった。
私の母、凄いわあ。
◇◇◇◇◇
楽しい光臨祭はあっという間に時間が過ぎていく。
私も久々にミレイユとクラリッサと話したり、イルドガルド学院長に挨拶したり。
もちろんアルヴェリオ王子とも楽しく話をできた。なかなか二人きりになれる時間がないから、こういう時も貴重だったりする。
そして、背景音楽のように流れていた大司教様の説法が終わった頃だった。
会場がにわかに慌ただしくなった。
会場中に散らばっていたアフロの女性たちが一カ所に集結していく。
そして、ひな壇に整列するアフロ夫人軍団。
その先頭で虹色アフロのお母様が、会場の人たちに呼びかけた。
「皆様、本日は精霊たちの加護ある喜ばしい日。これから魔法への感謝の讃美歌を捧げます。そして、私たちはこの日のために練習してきました!」
会場中がお母様に注目していた。
もう、目立つ目立つ。
お母様は満面の笑みだ。
「皆様がお気づきのとおり、私たちはこのアフロヘアーという新しいファッションに出会えました。そして、それに相応しい音楽にも出会えないかと探していたのです! そして、それを見つけました!」
お母様が両手を大きく広げる。
「ゴスペルです!」
わっ、とお母様の背後のアフロ夫人軍団が盛り上がる。
ちょっと会場のほうは、ポカーンだ。
だが、そんなことで怯むお母様ではない。
「皆様、お聞きください。『アフロ・オブ・グローリー』!」
なんじゃ、その曲名は!?
と、楽団のほうの指揮者が指揮棒を構える。
見れば指揮者の男性もアフロだ。
絶対ノリが良い人だ。
そして、指揮棒が振られた。
「「「ラララーーーッ!!」」」
力強い夫人たちの歌声が水晶宮に響き始めた。
◇◇◇◇◇
水晶宮は広い宮殿だ。
光臨祭の会場である大広間の他、招待客たちの控室や広大な庭園も兼ね備えている。
そんな中に、普段はあまり使用されていないが、礼拝堂もあった。
光臨祭で祈りを捧げる人たちのために、礼拝堂は明け放たれていた。最初のうちこそ訪れる人も多かったが、宴が進むと殆ど人はいなくなっていた。
静かな礼拝堂に、遠くからゴスペルの声が響く。
「こんなところに呼び立てて済まなかったな。あちらは随分と楽しそうだ」
「いえ、老将軍とゆっくり話せる機会をいただくなど、光栄なことです」
ノルガルド王国使節団の副使グスタフ・ベルンハルト。
そして、応えたのはアルヴェリオ・グランフェルド王太子。
礼拝堂は水晶宮の名に相応しく、多くのガラス細工で飾られていた。ステンドグラスの色とりどりの光が二人を照らす。
「先日の演習は見事であった。殿下の魔法だけでなく、騎士団の運用も見事だった」
「そこを褒めていただけるのは嬉しいです」
「だが、外国の目からすると恐ろしいのは、やはり殿下の魔法です」
二人並んで礼拝堂の祭壇を見つめる。
視線の先には、四種の精霊を描いたステンドグラスが。
「殿下は火魔法が得意ですかな? 炎帝カルサドアの先例もある」
「そこは機密事項ですね」
「まあ、そうでしょうな」
老将軍が人の悪い笑顔を見せる。
「ただ、殿下の魔法を見て、不安に思うところがございましてな」
「なんでしょう?」
「その魔法をもって攻めてこられたなら、ノルガルドなど一溜まりもない。不安に感じるのです」
「それは……」
アルヴェリオ王子は虚を突かれた。
歴史的にはグランフェルドのほうが北からの侵攻にいつも悩まされてきた。
「我が国がノルガルド王国を攻めるなど、考えたこともありません」
「ふむ、攻める価値もないと?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
アルヴェリオは失礼にならないように言葉を選ぶ。
「我が国は諸外国に理由もなく攻め入ったことは一度もありません。それは歴史を紐解けばわかること」
「それは知っている」
「ならば、それをもって、我が国が理性的な判断をし続けていることの証明となりませんか? 我が国はむやみに他国を害するようなことはしません」
だが、そこで老将軍は不敵な笑みを浮かべた。
「それはそちらの国の理屈であろう。そなたのような魔力の持ち主が隣国におるだけで、落ち着かない輩もおるのだよ」
老将軍が一歩踏み出す。
と、アルヴェリオは飛び退いた。
「ふむ、勘は良いようだ」
老将軍の手は剣に触れていない。
だが、明らかに老将軍の雰囲気は変わっていた。
「いま、ここには人がいない。この老人と手合わせはどうかな?」
「ご冗談を」
「おや、先日大魔法を放った御人の言葉とは思えぬ。あれほどの魔力があるのだ。儂を捻るくらい何ということもなかろう?」
と、老将軍の身体から陽炎のように魔力が溢れ出てきた。
一国を背負ってきた人物の魔力。
それは、アルヴェリオから見ても濃厚なものだった。
「不思議だったのだ。あれほどの魔力。普通ではない。何かあるのではないかとな。どうした? 抗せねばそんな老人の魔力といえど、命に関わるぞ?」
老将軍がさらに歩を進める。
アルヴェリオは退がる。
「それとも、魔力を発せない何かがあるのか?」
アルヴェリオはポケットの中を弄る。
残り2錠となった薬が心許なかった。




