3-10 だってもう引けないじゃない
水晶宮。
セント・ルディアで最も大きく、最も権威のある宮殿。そこに華やかに着飾った貴族たちが集まっていた。
「魔法の力に感謝を」
「四精霊に感謝を」
擦れ違う貴族たちが、挨拶のように交わす。
光臨祭。
遥か昔、精霊のみが使っていた魔法を人間も使えるように分け与えられた、という逸話が残っている。それを祝う祭りだ。
「今日は歌うの?」
「もちろん、それに今日は食べるよ!」
世界中で祝われる祭りだが、グランフェルドの光臨祭は緩い。
教会の偉い人の説法があったり、讃美歌を歌ったりするが、基本的には着飾った人たちが集まり、食事や会話を楽しむ宴となっていた。
ただ、そんな光臨祭も、今年は少しだけ様相が違った。
「あれがノルガルドの姫君か」
「初めて見た。これは噂に違わぬ」
水晶宮の美しいガラス柱に囲まれ、白銀の姫君が立っていた。
エルヴィーラ姫。
彼女を始め、ノルガルド王国からの使節団からも多くが招かれた。この宴が外交の場に利用されたのだ。
――アルヴェリオ王子には婚約者がおりますが、未だ非公式のもの。
――姫の美貌でもう一度だけ押してみましょう。
――姫が全力で着飾ったなら、王子の心が揺れやもしれません。
先日の軍事演習を観覧してから、ノルガルド使節団の雰囲気は大きく変わった。もとより融和の方向ではあったが、その方向がより強固となっていた。
ところが、その融和を進めるにも、ノルガルド側が切れるカードは少ない。
そこで、エルヴィーラ姫の容姿に一縷の望みをかけた。
――無理だと思うけど……。
当のエルヴィーラ姫はそう思っていたが、使節団の方針には逆らえない。彼らに言われるがまま、ドレスに袖を通し、宝石を身にまとった。
しかし、その効果は絶大なものだった。
「美しい姫君は幾人も見てきたが、これは……」
「それにドレスも素敵」
「あのドレス、知ってる。ノルガルド王家秘蔵のドレスよ。現ノルガルド王妃が結婚式で着ていたのを見た」
皆がエルヴィーラ姫の美しい容姿に感銘を受けていた。
一方でグランフェルド側の女性たちも負けてない。
「ハッサーク侯爵家のセレスティーナ嬢だ」
「おお、いつ見ても美しい!」
真っ赤なドレスをまとった落ち着いた令嬢が会場に現れた。
その容姿に人々が溜息を漏らす中、彼女は真っすぐにエルヴィーラ姫のもとへ。
「白銀と真紅の姫君か」
「ノルガルドとグランフェルド、美の共演だな」
並び立つ二人の令嬢に水晶宮の人々は、表情を綻ばせた。
「エルヴィーラ姫、ごきげんよう」
「セレスティーナさん、先日はありがとうございました」
「今日は随分とめかし込んでおりますのね」
「これは……、近習たちに着せられてしまって。セレスティーナさんも素敵なドレスで」
ドレスというのは仕立てに費用も時間もかかるものだ。
今回の使節団の意気込みが感じられる。
だが、セレスティーナも負けてはいない。
「私のも一応母譲りのドレスなの。ただ、今回のために仕立て直してますのよ」
と、胸元に手を当てた。
そこには最新のカッティング技術で研磨された、キラキラと光る宝石がいくつも。
「……っ!」
その洗練された真紅のドレスに、エルヴィーラ姫は自分のドレスが恥ずかしくなってしまった。
純白の絹のドレス。だが、そこに飾られる銀はともかく、ダイアモンドはただただ大きいばかりで、いかにも野暮ったかった。
「でも、さすがですわね。ノルガルドの歴史を感じさせるドレスですわ」
だが、セレスティーナは花を持たせてくれた。
隣国の姫君に敬意を表する。だが、負けているわけではない。そんなところか。
「ところで、オリヴィアさんは?」
何気ないエルヴィーラ姫の問いだったが、セレスティーナ嬢が視線を逸らした。
「さあ、そのうちに来るのではないかしら?」
と、そのオリヴィアが会場に現れた。
ザワザワ……。
会場にざわめきが走る。
それを見たエルヴィーラ姫が唖然と口を開けてしまった。
セレスティーナ嬢はそっぽを向いたままだ。
その会場に現れた次期王太子妃の令嬢の頭上に、金色の毛玉がフワフワと揺れていた。
ボリューム豊かな金髪アフロ。
それは、白銀と真紅の令嬢とは、まったく異なるベクトルを向いた姫君であった。
◇◇◇◇◇
言い訳をさせて頂きたい。
久々に金髪アフロになった私は、やや緊張を伴って水晶宮を訪れた。
爆発したわけではない。
コレには深ーい訳があるのだ。
つい昨日のことだ。
「オリヴィア、明日の光臨祭にはどのドレスで行くの?」
「どれって、東宮のほうで用意してもらってるよ」
「えっ、それはちゃんとアフロに合わせたドレスなの?」
母マルグリットが血相を変えた。
いや、そんなこと言っても、あのベアトリスさんがそんな前衛的な装いを許してくれる訳がない。
「というわけで、アフロはなかったことに」
「そんなわけには行きません! レスター子爵夫人をはじめ、皆が貴女と一緒にアフロを楽しむのを心待ちにしているのですよ!」
「そんなこと言ったって……」
だが、母は強かった。
「私が東宮に行きます!」
「え!!?」
そのまま母は東宮に乗り込み、東宮侍女長ベアトリスさんの説得を試みた。
ベアトリスさんも伯爵夫人に正面から挑まれると分が悪い。そこにセレスティーナさんやアルヴェリオ王子も巻き込んで喧々諤々。
「ま、良いんじゃないか」
で、結局王子が折れた。
というわけで、ワタクシ、関係各所と合意の上でアフロでやって参りましたの。
「あの、その……、頭は?」
エルヴィーラ姫が目を丸くしていた。
うーん、なんて答えようかなあ。エルヴィーラ姫は今日も綺麗だな。というか、エラい気合入れたドレスだ。
「いまグランフェルドでは、この髪型が流行なんです!」
「流行?」
「ほら、あそこにも! あっちにも!」
私の指差した先には、母マルグリットに影響を受けたご夫人たちが。レスター子爵夫人のサロンの方々だ。
私の言っていることは間違っていない。
会場を見ていると、一人また一人とアフロの女性が入場してくる。
「本当ですね」
「そう、これが流行の最先端なのよ!」
「これが、最先端……」
エルヴィーラ姫がカルチャーショックを受けていた。
セレスティーナさんが私だけに見えるように冷たい目を向けてくる。
そんなこと言ったって! だってもう、引けないじゃない!?
そんなことをしているとアルヴェリオ王子も入場してきた。
王子もまた真っすぐにこちらに。
「エルヴィーラ姫、今日もお美しく。そして、素晴らしい衣装です」
「恐縮でございます」
やはり、というべきか、アルヴェリオ王子もエルヴィーラ姫に見惚れた。
だが、セレスティーナさんも負けていない。
「それにセレスティーナも綺麗だね。エルヴィーラ姫とはまた違って、落ち着いた貴女らしいドレスだ」
「殿下も口が上手になりましたわね」
「本当に心から思っているよ!」
「はいはい」
そして、最後に王子は私のほうを向く。
じっと私を見る。
腕を組んで、顎に手を添えた。
「昨日聞いていて、どうなることかと思っていたが、こうなったか」
「こうなりました」
「だんだん見慣れてきた自分がいる」
「流行の最先端ですよ!」
そして、王子は慣れた手つきで私の頭に手を伸ばす。
ワシワシワシ……。
「あっ、ちょっと! これヴィッグだから。強くすると取れるから……」
「あ、ごめんごめん」
そんな私たちを、エルヴィーラ姫はどこか微笑ましそうに見ていた。




