3-9 三本足の鷲の戦旗
平原に整列する王鷲騎士団。
彼らが臨む先には、先程の大魔法で焼き尽くされた大地が広がっていた。
その大魔法を放ったアルヴェリオ王子は、額に冷たい汗を垂らしつつ、それでも馬上で毅然とした姿を見せていた。
「殿下!」
同じく騎乗した侍従長ヨークが駆け寄る。
革袋の水と共に、周囲に悟られないように錠剤を渡す。
それを受け取った王子は、水で舌を湿らせると、錠剤を口の中に放り込んだ。そのまま飲み込まずに、舌下で錠剤を溶かしていく。
この薬の独特な服用法だ。
そして、即効性がある。
肩で息をすることしばし。アルヴェリオ王子の顔色が目に見えて戻った。
「父上も無茶な注文をする。大魔法を3発も放てとは」
「これで陛下の期待には応えられたでしょう。薬は?」
「全部は飲まなかった。まだ2錠残っている」
「予備があるなら大丈夫でしょう。何とかなりましたな」
ヨークがようやく安堵の表情を見せた。
この演習が終われば当面、王子の心臓に負担がかかることはない。
「あとは観覧席に殿下の姿を披露するだけです」
「うむ。今日はオリヴィア嬢も来ている。オクタヴィアン、格好良い姿を見せよう」
王子もまた笑顔を見せた。
彼が愛馬の首筋を撫でると、八本脚のスレイプニルがブヒンと鼻を鳴らした。
◇◇◇◇◇
観覧席の天幕では、ざわめきが治まらない。
特にノルガルド使節団からは驚きと畏怖、そして早口で言葉を交わす姿が見られた。エルヴィーラ姫もまた、目の前に広がる光景に息を飲む。
そんな中、一人落ち着いたままの人物がいた。
使節団の副使ベルンハルトだ。
平原に広がる焼けた土。パチパチという音と共に漂う焦げた匂いが、この老将軍にはむしろ心地良い。
――傑物だな。
――炎帝カルサドアの再来という評も、あながち誇張ではない。
目を細めていると、隣のレオナール王が得意そうに語りかけてきた。
「どうだ。我が息子は?」
「何もここまでせんでも良かろうに……」
グランフェルド側の主張はベルンハルトに正しく伝わっていた。
アルヴェリオ王子の大魔法は、範囲は狭いが威力の高い魔法を近距離、中距離、遠距離と撃ち分けたのだ。
――部隊を分散しても逃さないぞ。
そう主張していた。
以前領内を荒らされたことが、余程腹に据えかねているのだろう。
さらに、アルヴェリオ王子に限らず、騎士団の練度が高い。
――以前のような緩みがない。
いかに大魔法を使う王子がいたとて一人なら、やりようはいくらでもある。だが、騎士団全体で隙がなければ、手の出しようがない。
「ふむ……」
ベルンハルトは大きく息を吐いた。
これではどうにもならない。
これ程やる気を出して待ち構えている相手に、わざわざちょっかいを出すほど愚かではない。
と、傍らに座るレオナール王が自分を見ていることに気づいた。
壮年の王の鬱陶しいほどの笑み。
「わかった、わかった。そなたの国に変なことはせん」
「よしよし、これで枕を高くして寝れる」
「国力差を考えろ。何もせんでも枕は高くて良いだろうに」
◇◇◇◇◇
天幕の前を行軍する王鷲騎士団。
その中に、八本脚の白馬に跨るアルヴェリオ王子の姿があった。グランフェルドの未来を担う若き王太子の姿だ。
彼の背後には騎士団の象徴、三本足の鷲が描かれた戦旗が翻っていた。
そんな姿を眺めつつ、ベルンハルトは沈思する。
――戦が駄目となれば、懐柔するしかないのだが……。
ところが、そちらも簡単な話ではない。
グランフェルドは豊かな国だ。
最近では農業にまで魔法を使い、飛躍的に収穫量を上げているという。商工業の発展は言うまでもない。
そんな国と普通に交流したなら、どうなるか? ノルガルドの産業がすり潰されてしまう。
――だからこそ、グランフェルド側に何か譲歩させねばならないのだが……。
ノルガルド側が切れるカードは多くない。
そこが悩ましいところだ。
――ただ、グランフェルドは間違いなく、戦争を嫌がっている。
――考えて見れば、不思議なことだ。
これほどの戦力を持ちながら、決して大陸に覇を唱えようとはしない。非常に内向きな国家だ。
過去、炎帝カルサドアやその再来と呼ばれる人物を輩出しておきながら、これも対外戦争はしていない。
文化の高いセント・ルディアを擁しているので、地方に興味を持てないのだろう、と一般には言われている。
――だが、歴代一人もか?
今回もアルヴェリオ王子のような戦力をもって、ノルガルドに「攻めてくるな」と懸命にアピールする始末だ。
――むしろ、こちらとしては、グランフェルドが攻めてこないか心配なくらいだが。
――何か攻めてこれない理由でもあるのか?
観覧席の前を騎行するアルヴェリオ王子。
長身の美丈夫だ。
だが、幼少期は身体が弱かったとも聞く。
ベルンハルトは目を皿のようにして、騎士団が行軍する姿を眺めた。
観覧席には満足そうなレオナール王。
先程の大魔法で恐れ慄いているエルヴィーラ姫。
そして、アルヴェリオ王子に向かって大きく手を振るオリヴィア嬢の姿があった。
そして、ベルンハルトは隣に座るエルヴィーラ姫に、そっと声をかけた。
「そういえば、次は王宮で祝宴でしたな」
その言葉に、エルヴィーラ姫が我に返る。
「は、はい。光臨祭の祝宴と伺っています」
「どうやら武で揺さぶるのは難しい。ならば次は、宴席です。姫にはまた負担をかけます」
「いえ、お役に立てることがあれば、どんなことでも」
エルヴィーラ姫が生真面目に応えた。
それに老将軍も優しい笑顔を返す。
そして、二人は並んで、観覧席の前を騎行するアルヴェリオ王子を見送った。




