3-6 天性というより、天然じゃないかしらね
ラダ・エルザ大通り。
セント・ルディアの中心を貫くこの通りは、大陸でもっとも賑やかと謳われる有名な繁華街だ。
そこにフードを目深に被った女が三人。
更にその周囲を大柄な騎士が囲んでいた。
「これだと、お忍びという感じではないですね」
「警備を考えると、最低限このくらいは。ですが、多少目立っても、これなら悠々と買い物できるでしょう」
私とセレスティーナさんの感想だ。
そして、本日の主役。
「本日は私の我儘な希望を叶えて下さって、ありがとうございます」
深々と頭を下げたエルヴィーラ姫。
そして、顔を上げるとフードの中には、白く透き通った美貌が。
うん、隠しきれてないなあ。
エルヴィーラ姫からセント・ルディアの街を散策したい旨が伝えられたのが先日のこと。そこから慌ただしく予定が決まり、この三人で街を歩くこととなった。
いちおうお忍びということで、三人とも質素な街娘の格好をしている。
だが、レティシアさん率いる騎士団が護衛についているので、高貴な者がいるということは周囲にバレバレだろう。
まあ、ラダ・エルザ通りなら珍しいことじゃない。街の人たちも空気を読んで、ほどほどに距離を取ってくれるに違いない。
「というわけで、案内頼みますわよ」
と、セレスティーナさん。
「えっ、私ですか?」
「私はハッサーク領育ちです。王都に来てからも殆どが学院の寄宿舎でしたもの。ラダ・エルザに来たことなんて数えるほどです」
「それは確かに、私は王都育ちですけれど」
ラダ・エルザ通りには、実験の素材になりそうな物を掘り出したり、はたまた実験器具を発注したり、まあ、詳しいほうだ。
ここ最近は全然来れてなかったけど。
と、エルヴィーラ姫がキラキラした瞳を私に向けて来た。
「オリヴィア様はセント・ルディア育ちなのですね?」
「え、ええ、そうですけど」
「こんな賑やかな街に幼少から。素敵ですね」
エルヴィーラ姫が朝のラダ・エルザ通りを見渡した。
まだ早朝。人通りは少なく、街は目覚めたばかりだ。露天の準備に、人や荷馬車が慌ただしく行き交う。
そんな街の様子に、エルヴィーラ姫は目を輝かせていた。
うん、まあ、いいか。
本人は楽しそうだし。
「それじゃ、行ってみましょう。まずはラダ・エルザの朝市から。大陸で最も大きく『手に入らないものはない』とまで言われる朝市です」
そうして、私の案内でお忍び散策は始まった。
◇◇◇◇◇
ラダ・エルザの朝市。
大陸中から人や物が集まるセント・ルディアが誇る朝市だ。
この朝市の特徴は、とにかく外国のものが多いこと。他では見ない品揃いに、地方や外国から来た人はまず驚く。
そして、当然のようにエルヴィーラ姫も驚いていた。
「市場の終わりが見えません」
よくある狭くて混雑した市場ではない。広い大通りに、四列の露店が整然と立ち並ぶ。
お忍びということで、朝の早い時間だ。まだ、半分くらいしか露天は開いていなかったが、それでも目移りするには十分だ。
「露天であんなドレスを売っているのですか?」
「うん、あるね。しかも、意外とモノは良かったりするのよ」
「でも、普通に野菜とかも売ってるんですね」
「朝市ですから」
と、セレスティーナさんが足を止めていた。
「これ、ドッデータ工房の剣って本当? 安くない?」
「おや、別嬪さん、お目が高い。若手の職人が打ったやつなんですよ。でも、ドッデータ工房のものには間違いないです」
「そう、一段落ちるのね。いや、でも、この値段でこの品質……」
私とエルヴィーラ姫も背後から覗き込む。
「その剣が気になりますか?」
「兵士の装備に良さそうと思って。あとで家の者と買い付けに来ようかしら……」
「朝市ですから、お店がなくなったりもしますよ」
ラダ・エルザは大陸中から商人が集まる朝市。露天の入れ替わりも激しいのだ。
だが、店主がニヤリと笑った。
「うちは年がら年中、ラダ・エルザにいますよ」
「あ、そうなんだ」
「知らなかった。こんな店があったとは……」
「と、まあ、セント・ルディアに住んでいる人でも知らない店があったりして。楽しいんですよ」
セレスティーナさんががっくりと肩を落とす背後で、エルヴィーラ姫も目を輝かせていた。
もちろん彼女が興味を持ったのは武具にではない。
「セレスティーナ様は武具にお詳しいのですか?」
「下手な騎士より強いらしいですよ」
「まあ、そうなんですね。美しい上に、強いなんて。素敵ですね」
などと話していると、剣を持ったまま、セレスティーナさんが赤面していた。
あの人でも照れるのか。いや、エルヴィーラ姫に褒められたら、さすがの彼女でも面映ゆいか。
そして、朝市の散策は続く。
エルヴィーラ姫がキョロキョロと露天を物珍しそうに眺める。物静かな姫君だが、ピョコピョコと歩く姿から、楽しそうということは伝わってくる。
フードを被っているものの、気ままな振る舞いで街の人たちには、いくらか気づかれていた。静かに驚く人もいたが、あっと声を上げてしまう人もいた。
北国特有の白い容姿が、セント・ルディアの人々を驚かせる。
「あの方、隠す気がないのね」
と、セレスティーナさん。
彼女も十分以上に美人なのだが、人を呆けさせるまでには至らない。
なんというか、現実的な美人だ。
「こんな物まで露天で売っているのですか?」
ともあれ、妖精さんも露天に捕まった。
その露天が売っていたのは宝石だった。色とりどりの宝石で飾られた髪飾り、ネックレス、ブレスレット、などなど。
「お目が高うございます。当店では最新の研磨職人が磨き上げた宝石を使用しておりまして……」
さすがは宝石商というべきか、美人に耐性がある。
エルヴィーラ姫の容姿に驚きつつも、流暢に語りかけていた。
「ここ数年で研磨技術もカッティングも進化しております。ほら、こちらをご覧ください」
「綺麗……。こんなにキラキラと」
「当店では台座の職人も一流でございます。裏から光が当たって、輝いておりますでしょう?」
宝石商から手渡されたのは、いくつもの宝玉で飾られた銀の髪飾りだった。
「付けてみても良いでしょうか?」
えっ?
と、エルヴィーラ姫がフードを下ろした。
ざわり……。
周囲が息を飲んだ。
わー、深窓の令嬢のような顔して、やることが大胆なのよ。
宝石商の人だけでなく、居合わせた人たちが否応なく彼女に注目してしまう。
それでも、宝石商のオジサンは耐えた。やや震える手でエルヴィーラ姫の銀髪に髪飾りを付ける。
偉いぞ、オジサン。
そして、鏡の前でエルヴィーラ姫は破顔した。
「素敵です」
いいえ、素敵なのは貴女です。
髪飾りも彼女の頭上で本望だろう。
「大したものだわ」
と、そんなエルヴィーラ姫を眺めていると、セレスティーナさんも溜息のような声を漏らした。
「そうですね。あの美貌に態度を崩さないオジサン」
「そこじゃなくて。エルヴィーラ姫のことよ」
「ええ、本当に惚れ惚れするような姫君で」
「容姿そのものも大したものなんだけどね。あれだけの美貌を持っていると、大抵はおかしくなるのよ」
「おかしくなる?」
「周囲がチヤホヤすれば、傲りが出る。そして、そのうちにその傲りが美貌を崩す」
言われてみればそうか。
美貌を崩すってのはわからないけど、確かにあれだけの容姿でありながら、エルヴィーラ姫の性根は至って真っすぐだ。
それが容姿にも表れている。
「天性のものでしょうね」
「容姿だけでも恵まれてるのに、性格まで恵まれてるなんて、羨ましいですねえ」
私が嘆息していると、セレスティーナさんが私のほうを、じっと見つめていた。
あれ、私、変なこと言った?
「天性というより、天然じゃないかしらね。嫌だわ。そんなのがアチコチにいて」
あ、なんか当て擦られた。
私は天然じゃないよ!
◇◇◇◇◇
この日の散策は、後に噂になった。
――兵士を連れた高貴な三人の女性が、お忍びでラダ・エルザを回ったらしい。
――その三人が三人とも、見た者が我を忘れるくらいの美女だったのだとか。
えへへ、私も美女にカウントされました。




