3-5 嬉々としてボコボコにされています
東宮、翠の間。
そこにいつもの面々が集まっていた。
アルヴェリオ王子を筆頭に、私とセレスティーナ嬢、それに東宮府の若き精鋭たち。
「ノルガルド使節団はコーラル子爵邸に滞在いただいております」
「手配ありがとう、リシュール。あの老子爵であれば安心だ。失礼なことはないだろう。それは良いのだが……」
王子の困ったような視線。
その視線の先にいる女騎士レティシアさんも、同じような表情となっていた。
「はい、コーラル子爵邸の周囲に野次馬が押しかけていまして。美貌の姫大使を一目見ようと、街路樹や塀に登る者もいて、騎士団で取り締まっています」
「ノルガルド側は何か言っているか?」
「笑って済ませてくださっています。エルヴィーラ姫は故国にいる時も、何度か同じような騒ぎが起きたようで」
なんともお騒がせな話だが、それでもあのエルヴィーラ姫をこの目で見た身としては、当然とも思える。それほどの容姿だった。
「あの美貌では無理もないとは思うが。それにしても、人だかりができるほどの姫というのも聞かない話だ」
「そこに関しては、エルヴィーラ姫にも問題があるようです」
と、王子の疑問にレティシアさんが答える。
どうやらエルヴィーラ姫が時折窓から顔を見せたり、バルコニーに出る姿が見えるのだという。それもあって、コーラル子爵邸に人が集まってしまっているのだとか。
「どうも、不用意な方のようで。なんでも、王族になる前は修道院で世間からは隔離されていたとか。外の世界が珍しいようです」
「困った方だな」
「少々無防備ですよね」
修道院と聞いて、私は思わずセレスティーナさんのほうを見てしまった。
私の視線を受けてかどうか、そのセレスティーナさんが発言する。
「あれほどの美貌ですもの。男を狂わせる。しかも、国王の庶子だったのでしょう? 修道院に閉じ込めておくのは、あり得る対応でしょうね」
そして、私に意味深な視線を送ってくる。
――修道院に送り返してしまえば良い。
何となくそう言っている気がした。
いやいや駄目でしょう!?
あんな純真無垢そうなお姫様が、せっかく修道院の外に出られたのよ!
いや、王子にはあんまり会わせたくはないけれども……。
私がふるふると顔を振っているのを、他の人たちが不思議そうに眺めていた。
「それと、もう一つ問題というほどではないのですが」
「なんだ?」
「ノルガルド使節団の副使ベルンハルト将軍に、カディスが模擬戦で何度もボコボコにされています」
「その話か。セント・ルディアに着いた後も続いているのか?」
「はい、むしろ旅程がなくなった分、頻度は上がっているかと。ほぼ毎日です」
王子は知っていたようだが、私は初耳だった。
そう言えば、今日もあの身体の大きなカディスくんはいない。
あの巨漢のカディスくんがボコボコにされるというのだから、ベルンハルト将軍という人は、さぞ恐ろしい将軍なのだろう。
と、皆困った顔だが、誰も何も言わない。
仕方ないので、私が常識的な意見を言ってみる。
「ベルンハルト将軍に模擬戦を止めるようにお伝えしないとですね?」
「あ、いえ、模擬戦はカディスのほうから申し込んでおりまして。むしろ、先方が迷惑してないかを心配しているのです」
「え、ボコボコにされてるんですよね?」
「ええ、嬉々としてボコボコにされています。それでも老将軍とは意気投合しているようなので、大丈夫とは思うのですが」
うん、どういうことだ?
状況がわからないぞ。
と、王子が諭すように教えてくれる。
「騎士団では……、いやカディスの場合はあるんだ。そのうちわかるようになるから、いまは飲み込んでおいてくれ」
良くわからないが、飲み込んでおくことにした。
「それより、カディスがベルンハルト将軍に取り込まれるようなことはないだろうな」
「そこはさすがにカディスも自覚があると?」
「なら、問題はないだろう。先方が嫌と言ってこないうちは好きにさせておけ」
「了解です」
と、ノルガルド使節団の対応で、王太子府はバタバタだ。
「ところで、肝心の使節団への応対をどうするかは決めなくて良いですか?」
私の素朴な疑問。
いまのところ、私がこういうことを言っても、王子が優しく教えてくれる。
「正式な外交対応は国のほうの範疇になる。だから、その辺りは主に父上とラザル宰相の仕事だな」
「ああ、なるほど」
「だから、あくまで我々はセント・ルディアの治安に問題が起こらないかを見ていれば良い。もっとも……」
だが、もちろん最終的にはそれだけでは済まされないことは、ここにいる者たちは承知している。
「いずれ、王鷲騎士団として何らかの対応は求められるだろう。それまでは、我々にできることをやるだけだ」
◇◇◇◇◇
コーラル子爵邸。
王都にありながら、比較的広い邸宅で、かつ家主の人となりを反映したような落ち着いた屋敷だ。
「なにかご不自由なことはございませんでしょうか?」
「いや、何も。お気遣い、痛み入る」
老子爵に使節団の副使ベルンハルトが鷹揚に応える。
実際、セント・ルディアに着いてから、使節団は不自由していない。
――さて、旅の疲れは癒えてきたが、グランフェルド側がどう出るか?
当初の立太子の式典から遅れたのだから、多少待たされるのは当然だろう。
だが、使節団もただ待っているだけではない。
既にセント・ルディアに着いてから現地での情報収集は始めている。
――気になるのは、やはりアルヴェリオ王子か。
グランフェルド王太子であり、かつ魔法王国最強の王鷲騎士団を率いる。
彼とどのように対するか。懐柔するべきか、対抗するべきか。初日の対応を見るに、エルヴィーラ姫との婚姻は難しそうだ。
――かといって、姫を手ぶらで帰させるのもな……。
窓際に佇むエルヴィーラ姫を見る。
老いたベルンハルトから見ても、その美しさは疑いようもない。今回の使節団に駆り出された経緯から、同情すべき女性でもあった。
と、見ている間に、そのエルヴィーラ姫が硝子戸を開け、バルコニーへと出た。
すると、窓の外から歓声が聞こえた。
慌ててベルンハルトもバルコニーへと出た。
「姫様、外国とはいえ、いや外国だからこそ、庶民に御身を容易に晒しますな」
「すみません」
そうは言うものの、エルヴィーラ姫は佇んだままだ。
故国とは違い、力強い日差し。そしてそれに照らされたセント・ルディアの街並みを眩しそうに眺める。
「眩しいです。何もかもが」
彼女が言いたいことはベルンハルトにも理解できる。
ノルガルドの王都も栄えてはいるものの、大陸文化の中心とも謳われるセント・ルディアには遥かに劣る。
街の規模も、賑やかさも、ノルガルド王国を出たことがない彼女には、さぞ大きな衝撃を与えていることだろう。
「もう少しだけ、ここに居させてください」
「ですが……」
エルヴィーラ姫の姿に騒いでいる野次馬を、グランフェルドの騎士団が取り締まっていた。くだらないことで、借りを作りたくない。
だが、姫は遠くを見ていた。
「もう少しだけ。故国に帰れば、また以前の生活に戻るでしょうから」
そんな姫の言葉に、ベルンハルトともあろう者が、一瞬言葉を詰まらせた。
エルヴィーラ姫は天真爛漫に振る舞っているようで、自分の状況は理解している。
初日のアルヴェリオ王子の対応を見て、自分の政治的価値が殆どなくなってしまったことを実感しているのだろう。
――この聡明な姫君のことも、どうにかしてやりたいが……。
いっそ、アルヴェリオ王子の弱点のようなものでも見つけられれば、戦争なり交渉なり、この使節団の意義を見いだせるのだが。
そして、大使であった彼女の面目も保たれる。
――悩ましいところだ。
そんなベルンハルトに、エルヴィーラ姫が笑顔を見せた。
「ひとつ、我儘を言っても良いでしょうか?」
「なんでしょう」
「セント・ルディアの繁華街は大陸で最も賑やかな通りと伺っています。なんとかお忍びでも、訪れることはできないでしょうか?」
――そんなことをしたら大騒ぎになるのでは?
ベルンハルトはそう思ったのだが、エルヴィーラ姫の表情を見て、否定は止めた。
彼女の人生において、自由に外出できる最後の機会になる可能性を否定できない。
「グランフェルド側に打診してみましょう」
そして、ベルンハルトもエルヴィーラ姫と並び、セント・ルディアの街並みを眺めた。
彼のほうも年齢的に、この街を訪れる機会としては最後になる可能性が高い。
さまざまな想いと共に、老将もまた想いを馳せた。




