3-3 使節団、南下する
王都セント・ルディアより遥か北。
広大な小麦畑が広がっていた。
魔法王国の北部に広がる穀倉地帯、その中心都市メッシーナ。
「見たこともないほどの緑です」
初夏。
海のように地平線まで続く小麦畑を、エルヴィーラは呆然と眺めていた。
豊かな銀髪と白いドレスが風になびく。
彼女を初めて見た者は、息を飲むであろう。十九歳の可憐な女性であった。
北国の白い姫君が、緑の大地を眺めていた。
「この全てに穂が付くのですよね。どれほどの収穫となるか想像もできません」
「グランフェルドは豊かでございましょう」
「豊かとは聞いていましたが、ここまでとは」
陽射しも故国と違って力強い。眩しさに身もくらむほどだ。
彼女の白い肌と青い目には、あまりにも色鮮やかな世界。
――私はこの先どうなってしまうのだろう?
この国に着いたばかりの頃は、この色鮮やかな国に嫁ぐものと思っていた。だが急転直下、この国の王子は既に婚約を発表していたという。
――しかし、まだ正式な婚約ではない。それに相手の女性は有力貴族でもないらしい。
――それなら、まだ目はあるだろう。
――グランフェルドの王子とその新しい姫君の温度感を見て、いけそうなら強引に婚姻を申し込むのもアリではないか?
使節団ではそのようなことが話し合われていた。
エルヴィーラは大使ではあるが、発言権はないに等しい。皆が決めたことに従うのみだ。
――グランフェルド王子とその姫君は、家柄とか、しがらみは何もなかったという。つまり恋愛による婚約だ。
――これほど豊かな国の王子から見初められる姫君。
――それは、どんなに素敵な女性なのだろう。
緑の小麦畑を眺めつつ、エルヴィーラはまだ見ぬ姫君のことを想う。
「日差しが強うございます。なるべく馬車の中におられたほうが良いですぞ」
と、声をかけてくれたのは副使グスタフ・ベルンハルトという老人であった。
老紳士のように振る舞っているが、本来は礼服などより鎧のほうが遥かに似合う。ノルガルド王国が誇る宿将だ。
そのベルンハルトに気を使われ、エルヴィーラはむしろ恐縮する。
「わかりました。日差しも強過ぎると身体に毒なのですね」
「毒というほどではありませんが。体力は使いますな。体験しないとわからないことですが」
このベルンハルトは何度もこのグランフェルドを訪れているという。
「ささ、セント・ルディアまでは、まだあります」
「はい、ありがとうございます」
エルヴィーラは馬車へと乗り込む。
そして、窓からいま一度、緑の地平線を眺めた。
あと数日でこの国の王都へと赴く。
そこでどのような未来が待っているか、エルヴィーラには想像もできなかった。
◇◇◇◇◇
セント・ルディア。
王宮の最奥。
そこで親子が静かに話し合っていた。
「エルヴィーラ姫とやらは、あまり気にしなくとも良いだろう。アルヴェリオに対応は任せる」
「わかりました、父上」
「それよりも問題は、グスタフ・ベルンハルトだ。あ奴が来たか」
国王レオナールが苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「父上はベルンハルトを良くご存知で?」
「良く知っている。良くも悪くもな」
レオナールもまた王太子時代に北境守護卿として北のノルガルド王国に備えていた。そこに攻め込んできたのがベルンハルトであった。
「結局大きな会戦はなかったが、2年ほども領内を荒らされた」
「父上の魔力を持ってしても追い払えなかったのですか?」
「素直に会戦してくれればな。だが、当時は余も戦には不慣れだった。そこを突いて、少人数を広く領内に展開されてな……」
国王の苦い思い出。
だが、同じことを息子に繰り返させるわけにはいかない。
「ベルンハルトにはお前の力をしっかりと見せつけておけ。余の時と同じことをしてきたら、一部隊ずつ丁寧に灼いていくぞ、とな」
その対応方法に気づくのに2年かかった。
その間に、ノルガルドが得たものを考えるとベルンハルトは利があったと思っているであろう。対してグランフェルドは多くのものを失った。
そもそも貧しい北国とは価値観が異なる。多少の人命を失っても得られるものが大きいなら、彼らは攻めてくる。
「攻め込んできたら損と、しっかりと認識させろ。王太子として最初の大きな仕事と思え」
「承知しました」
◇◇◇◇◇
王の間から退出したアルヴェリオは、深呼吸した。
この日の父は、かなり感情的になっていた。それだけ、王太子時代に煮え湯を飲まされた、ということだろう。
ただ、重要な助言を授かった。
エルヴィーラ姫への対処は既に決まっている。今後はグスタフ・ベルンハルトへの対応を、仲間たちと考えて行かねばならないだろう。
と、そこで侍従長ヨークが声をかけてきた。
長年「執事」という肩書きだった彼は、王太子侍従長という王宮でも高位の役職名を得た。遅咲きの側近だ。
「オリヴィア嬢にまた薬を発注しておきましょう」
アルヴェリオは少し考える。
ヨークの考えはわかる。
父の忠告に従うなら、ベルンハルトに立太子の式典で見せたような大魔法を見せつけるのが一番だろう。だが、それは心臓に負担をかける。
だが――。
「それは少し待ってくれ」
ヨークの渋い顔。
だが、それでもアルヴェリオは毅然と信頼する侍従長に告げる。
「まだ薬はいくらか残っている。オリヴィア嬢もまだ婚約者という立場に戸惑っている段階だ。彼女に負担をかけたくない」
「ですが……」
「心配するな。大魔法一回程度なら問題ないだろう。ベルンハルトとやらに見せつけるだけだ」
努めて明るく振る舞うアルヴェリオ。
対してヨークは不安げな表情を隠せなかった。




