3-2 北のお姫様
東宮サロン。
レティシアさんからの報告が続く。
「使節団の大使はエルヴィーラ・ノルガルド姫、19歳。そして、副使はグスタフ・ベルンハルト殿です」
「後者はともかく、前者は聞かない名だな」
「おそらくですが、今回の使節団のために、新たに王族と認められた姫君のようです」
どうやら事情が複雑な使節団のようだ。
と、レティシアさんがアルヴェリオ王子と私を交互に見る。
含みのある視線。
「エルヴィーラ姫は非嫡出子だったと思われます。それを正式に王族と認めるのに手間取った。それで、今回の使節団が遅れたようです」
「ふむ、そのエルヴィーラ姫とやらを、わざわざ王族に取り立てた理由は?」
「これは予想ですが、アルヴェリオ殿下との婚姻を目論んでいたものと思われます」
その言葉に、一堂静まり返る。
先程からのレティシアさんの視線の理由はこれか。
アルヴェリオ王子と顔を見合わせてしまった。
だが、王子は冷静だ。
「いったんレティシアからの報告を全て聞こう。実際に見てきた者の意見もあるだろうからね」
「では、ここからは私見も交えます」
レティシアさんからの報告はこうだ。
北方の雄と恐れられるノルガルド王国だが、ここ百年ほどはグランフェルド魔法王国の勢いに押されているのは周知のこと。
かつ、アルヴェリオ王子の魔力の高さは、周辺国にも漏れ伝わっていた。
「油断すれば侵攻してくるのがノルガルド王国。ですが、彼らも勝ち目のない戦はしたくないでしょう。グランフェルド側に隙がないなら、婚姻という懐柔策は当然かと」
「それでウチとの国境線を抑えた上で、他所の国にちょっかいを出すのだろう? 困った国だ」
「北の土地は貧しいですから。とにかく南進したいのでしょう」
話し合う内容から皆のノルガルド王国評が透けて見える。
かく言う私の、かの王国のイメージも同じだ。
「だが、婚姻を持ちかけるにしても、ノルガルドには年頃の姫君はいなかった?」
「はい。そこで、傍流のエルヴィーラ姫を担ぎ出したものと思います。それが、その……。同性の私から見ても、大変にお美しい姫君で」
レティシアさんが言い難そうに報告する。
こう言っては何だが、レティシアさんも大変な美人だ。騎士服姿が様になり過ぎて若干男前ですらあるが、美人なことには違いはない。
そのレティシアさんが言うのだから、余程美しい姫君なのだろう。
ただ、この場にいる者たちに動揺はない。
そこは貴族社会。美人というものが珍しくない。
とくに私の横には、貴族令嬢として完成形とでもいうべきセレスティーナさんがいる。
その彼女が口を開く。
「良かったわね、王子。先を越されていたら、オリヴィアさんに告白できなかったわよ?」
「全くだ」
えっ、私?
と、一拍遅れて理解した。
先日の立太子パーティーで王子と私は婚約内定状態となっている。だから、後からエルヴィーラ姫とやらが婚姻を申し込んでも「先約があるので」と断れるだろう。
この順番が逆だったら大変なことになっていた。
仮にエルヴィーラ姫が先に婚約を申し込んでいたら、王子がどんなに私に好意を抱いていたとしても、難しい話になっていたに違いない。
隣に座る王子を見る。
そんなことに遅れて思い至った私に、王子は微笑んでくれた。
「私は先日のパーティーでオリヴィア嬢と事実上、婚約している。それも諸外国からの多くの来賓が見ている前でだ。ノルガルドの姫君とて、後から婚姻を申し込めないだろう?」
「はい。使節団は王子の婚約をメッシーナで知ったようです。いろいろと理由を付けてメッシーナに留まっていますが、戸惑っているのだと思います」
「ならば、大きな問題にはならないだろう」
王子の自信に溢れた表情。
それで、この問題は解決したかと思われた。
だが、レティシアさんがなおも言い難そうに続ける。
「ですが、ノルガルド側はまだ諦めていないようで……」
「私とオリヴィア嬢の婚約を知った上で?」
「エルヴィーラ姫の美貌に自信があるのでしょう。ダメ元でも、とりあえずアルヴェリオ王子に姫君を一度引き合わせてみよう、という結論になりそうな雰囲気でした」
「まあ、メッシーナまで来て引き返すわけにもいかないだろうが……」
それで、レティシアさんからの報告は終わった。
しん、と静まり返る。
とりあえず先方の意図は把握できた。だが、これからどうなるのだろう?
未だ慣れない東宮サロンで、私はちょこんと小さく座っているしかできなかった。
◇◇◇◇◇
東宮サロンは少し面白いところがある。
政治的な話をする為だろう。侍女を入れないのだ。だから、茶菓子やお茶などは事前に用意にされているが、自分たちで給仕しなければならない。
そういう役割なら私でもできるか、と思ったのだが、セレスティーナさんから止められた。
「次期王太子妃のすることではないわ」
当然のようにセレスティーナさんも動かない。
それで、リシュールくんやレティシアさんが淹れてくれたお茶を口に含む。
なんとも居心地の良いような、悪いような。
そんな感じで、サロンの時は流れる。
しばらくで真面目な議題も尽き、サロンは少し気軽な雑談となった。
そうなると、アルヴェリオ王子も他のグループに顔を出したり、中座したり、自由に動き始める。
と、男性陣が全部いなくなった。
席に残っていたのは私とセレスティーナさん、そしてレティシアさん。
女性陣だけという珍しいパターンだ。
「貴女、舐められてますわよ」
と、いきなりセレスティーナさんが、そんなことを言い出した。
「えっと、なんの話でしょう?」
「エルヴィーラ姫の話。貴女という存在がいても、先方は行けると思っているのでしょう? 侮られているのでなくて?」
カミソリのように鋭いセレスティーナさんの瞳。
レティシアさんが居心地悪そうにしていた。
「いや、でも、メッシーナまで来て引き返すのも不自然ですし、会いにくるのは自然なことでは?」
「それでも、オリヴィア嬢なら蹴落とせるかも、という腹づもりでくるのでしょう? 貴女はそれにどう応じるの?」
まあ、確かにそうなのだろう。
ただ、先方がそのように考えたロジックも理解できるので、不快感は少ない。
だが、セレスティーナさんの意見は違うようだ。
「わざわざ庶子を王族に仕立てたのでしょう? さぞ肩身が狭いでしょうね」
「エルヴィーラ姫のことですね」
「それなのに婚姻の駒にもならなかったら、立場がないでしょう。こちらの出方によっては、あるいは残りの一生を修道院で過ごさせることも……。貴女がその気なら、手を貸しますわよ」
「いや、そんな……」
「舐めてかかっても平気、という評価が貴女についても良いの?」
その考えはなかった。
侮られたところで私は平気なんだが、王族ともなると侮られること自体が失点になるのか。
うーん、だけど……。
「よく考えなさい」
頭を抱える私にセレスティーナさんが、涼しい声をかけた。




