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爆発系発明令嬢、アフロで王子に求婚される  作者: あざみへび
二章 王太子妃と研究者

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2-11 地平線の向こうに

 それは私がまだ15歳だった頃のこと。


 ルディア学院、中等部。

 その頃、魔法化学というものと出会ったばかりの私は、毎日のように放課後、とある教師の研究室を訪れていた。


「なんだ、また来てたのか?」

「カミス先生、機材お借りしてまーす」


 私は幸運だった。

 魔法研究ばかり発達するこの国で、化学という新しい分野に詳しいカミス先生に師事することができた。

 この先生に出会えたことで、私は化学というものの面白さに目覚めた。


「壊すなよ。それでも特注の高い機材なんだ」

「大丈夫です。それで、ちょっと教えて欲しいことがあるんですけど……」

「悪いな。ちょっとヤボ用があってな。すぐに出ないといけないんだ」

「ヤボ用? ひょっとして彼女でもできたんですか?」

「ちげーよ」


 後に知ったことだが、カミス先生は当時、鉱山会社の顧問として様々な相談を受けていたらしい。

 何気に時代の最先端を行く人だった。


「また今度な。機材を壊さなければ好きに遊んでて良いから」

「ちぇーっ……」


 窓の外からは楽しそうな声と共に、魔法による爆発音が響く。

 中等部の放課後。

 王国の貴族の子弟が集まるルディア学院である。優秀な学生の殆どは戦闘系サークルに所属しており、魔法の訓練など自己鍛錬に余念がない。


 一般人から見れば魔力の高い私でも、ここでは魔力の少ないありふれた貴族の娘だ。

 魔力を必要とせず、だが魔法のような結果をもたらす化学という分野に私がハマったのは必然だったかもしれない。


「まあ、でも、カミス先生が居ないということは、自由にできるということだ」


 そして、当時私がハマっていたのは蒸留で色んな香水を作ることだった。

 様々な素材を煮詰めたり冷やしたりして、不純物を取り除く。或いは混ぜたり、分離したり。たったそれだけのことで、魔法のように様々な物質を生み出す。

 これが楽しくて仕方なかった。


「花とか、ありきたりのものを蒸留してもなあ。もっと変わったもの。牛乳……、だと料理だな。いや、何事もやってみないと……」


 とはいえ、中等部だ。

 やっていることは大したことない。


 と、そんな自由な放課後を満喫していたときだった。


 ガン、ガン、ガン……!


 廊下のほうから大きな音がした。


 なんだろう、と思い、研究室から廊下を覗く。

 と、そこには廊下で扉を叩く少年の姿があった。短い赤髪で、華奢な少年だった。まだ一年生だろう。


 そんな少年が、あまりに激しく扉を叩いていたものだから、私はつい声をかけてしまった。


「どうしたの?」

「医務室に……」

「今日は保健医の先生、魔導クラスの遠征に帯同しているから……。って、顔が真っ青だよ!」


 明らかに具合の悪い生徒がいるのに、医務室は開いていない。


 どうしよう!?

 でも、ここにいるよりは、どこかで休ませないと!


「隣の研究室だけど、ソファがあるから休む? 横になるだけでも違うよ」

「あ、ありがとうございます……」


 赤毛の短髪君は、素直に研究室のソファで横になった。カミス先生が半分寝床にしているソファだ。

 ただ、横にしたものの顔色は悪い。


「私にできることはある?」

「休むだけで良い。しばらくで良くなるから」


 そう言った少年は、果たしてしばらくで顔色が戻った。

 ほっと胸を撫で下ろす。


「一年生だよね? どうしたの?」

「魔法の使い過ぎで」

「魔力欠乏症? それにしては顔色が悪過ぎたよ?」

「いや、僕の場合は魔力は全然足りていて、心臓への負担が限界になったんだ」


 この子はきっと、A組の子だ。

 どの学年もA組には高位貴族や庶民でも優秀な生徒が集められる。

 だが、それにしても心臓に負担がかかるほどの魔法というのは聞いたことがない。A組の生徒にしても余程優秀な子だろう。


「もう直った。邪魔をした。もう行く」

「駄目だよ。もう少し休まないと。さっきまで顔が真っ青だったんだよ!」


 慌てて少年を抑えつける。

 具合が良くなったら、その子は少し態度が尊大になっただろうか。

 うん、やっぱりA組の子だ。


「もう少し休んでなさい。急いで戻って、また倒れたら大変でしょう?」

「むう……」


 高位貴族の子なのだろうが、ここでは下級生だ。上級生の言うことは聞いてもらおう。

 少年を無理やりでも寝かせる。


 不満そうな少年だったが、それでも大人しくソファに身を預けた。

 きっと身体はしんどかったのだろう。


 そんな少年に見守られつつ、私は化学実験に戻った。

 ぐつぐつとフラスコから音が漏れる。

 繊細な魔法操作。

 静かな時間が過ぎた。


 と、しばらくした頃だ。

 ぼんやりとこちらを眺めていた少年が、声をかけてきた。


「なんだか甘い匂いがする……」


 少年に指摘されて、私は満足の笑みをこぼした。ずっと薔薇の花弁を蒸留していたのだ。

 何だかんだ言って、定番の香水はやはり良い香りだ。作っていて楽しい。


 手首に一滴垂らす。

 その手首を少年の鼻先に差し出す。

 大人の香りだぞ。


「良い匂いでしょう? 薔薇の香水」


 と、少年が頬を染めた。

 青かった顔にここまで血の気が戻ったなら大丈夫でしょう。


「香水を作っているのか? ここで?」

「そう。面白いでしょう? オイルを混ぜないと、すぐに揮発しちゃうけどね」


 少年は少し目を泳がせていただろうか。

 と、勢いよく立ち上がった。


「もう大丈夫です。具合は良くなった。ありがとう」


 止める間もなかった。

 少年は慌てたように研究室から立ち去ってしまった。

 そんな出会いだった。




◇◇◇◇◇




 その後、赤毛の少年は時折、研究室を訪れるようになった。


「すまない。休ませて欲しい」

「はいはい、また来たのね」


 当初は顔を青くした少年に肝を冷やしたものだが、次第に慣れた。

 心臓の病についても、図書館で調べたりして知識を増やした。どうやら狭心症というらしい。顔が青くなるのは血が足りてないから。

 対処としても、静かに休むくらいしかないらしい。


 それほど症例のある病気ではない。

 本で得た知識を元に、手や足を揉んでやったりする程度だ。どこまで効果があるかわからないが、多少は血の巡りが良くなるという。

 ソファで横になった少年の冷たくなった手を優しく揉んでやる。


「顔色は戻ったかな。もうちょっとそのまま休んでなさい」

「はい……」


 そうして、ソファの少年を背に化学実験に勤しむ日々を何度も過ごした。


「今日はいつにも増して変な匂いがするが……」

「今日はね、乳製品をいろいろと蒸留してみようと思ってね。牛と山羊、羊と取り揃えていて、あとヨーグルト、チーズ……」

「固体も蒸留できるのか?」

「そこは水に溶かしたり、いろいろね。そして、ジャーン、今日の目玉はこのブルーチーズです!」

「嫌な予感しかしないな」


 私としても一人で実験しているよりは楽しかっただろうか。

 といっても、少年は見ているだけなのだが。


 だいたい、放課後の夕暮れ時。

 二人でそんな時間を過ごすことが多かった。


 赤毛の少年は名乗らない。だから、私は彼の名前を知らない。

 そして、彼が名乗らないから、私も名乗らない。

 そんな微妙な距離感があった。


「魔法を使わなければ心臓への負担はないのよね? 使う魔力を少なめにできないの?」

「魔力が大きいことが僕の存在価値なんだ。魔力を制限した僕なんか、誰も見向きもしない。家を継ぐどころか、嫡出子ですらなくなるだろう」


 きっと高位貴族の子には、私のような下級貴族にはわからないものが沢山あるのだろう。

 一年生ならまだ11歳か12歳だろう。

 それが家名を気にして名乗りもしないのだ。


「中等部に入って求められる魔法の規模が大きくなっている。このまま心臓が耐えられなければ、僕は存在価値を失ってしまう」


 ソファで顔を手で覆って嘆く少年を何度か見た。

 上級貴族の悩み。

 私にはどうすることもできない。

 ただ、少年の手を握ってやるくらいなものだった。


「それにしても、今日は医務室、開いていたでしょう?」

「医務室よりこっちのほうが具合が良くなるんだ」

「そうねえ。保健医の先生は私みたいに優しくしてくれないでしょうしねえ……」

「そうじゃない。本当にこっちにいると具合が良くなるんだ!」

「本当にぃ?」

「本当だって!」


 照れているのは確かだが、それでも嘘をついているようには見えなかった。

 おそらく偽薬(プラシーボ)効果だろう。

 でも、仮にそうでなかったとしたら?


 ここにはカミス先生が集めた様々な素材や薬品が溢れている。

 そんな薬品のどれかが彼に作用してるとしたら?


「ねえ、赤毛君」

「なんだ?」

「もし、心臓の負担を軽くする薬が作れるとしたら嬉しい?」

「それは、もちろん嬉しい……」


 きっかけは些細なことだった。

 そして、私の人生は大きく変わったのだ。


「できるかどうかわからないけど、そんな薬が作れるかもしれない。いつできるかはわからないけど。それまで、少し待っててくれる?」

「ああ、待ってる」


 きっと赤毛君は忘れてるかも知れない。

 ただ、私がこの道に本格的に足を踏み入れるようになったのは、この時交わした約束が大きかったのだと思う。




◇◇◇◇◇




 ガルバンディエ魔法学院の研究室。

 窓からの日差しは既に高くなっていた。


 しまった。

 寝てしまっていた。


 朝からミレイユとクラリッサと話して、考え事をしている内に寝てしまったらしい。

 このところ忙しかったのもある。


「うーん!」


 大きく伸びをする。

 ただ、気分は良かった。

 久しぶりに昔のことを思い出した。懐かしい思い出だ。私の原点でもある。

 そして、何となく私の心は決まっていた。


 研究は続ける。

 王太子妃の仕事はきっと大変だろう。

 でも、私は狭心症の薬の開発に携わっていたいのだ。

 ミレイユとクラリッサに手伝ってもらっても良い。でも、私が研究から離れるのは違う。

 これは私の我儘だ。


「手を動かそう」


 気だるい午後の時間。

 私はのそのそと立ち上がり、実験機材を整え始めた。

 研究とは地味なものだ。

 ただ、その積み重ねがきっと大きなものになる。


 ふと、窓の外を見た。

 かの赤毛の少年はいまどこにいるだろうか?

 高位貴族ならきっと領地持ちの子に違いない。卒業後はきっと地元に帰り、嫡子として働き始めているだろう。

 あの地平線の向こうのどこかで、彼も頑張っているはずだった。


 私も頑張らないとね。

 いつか、私の研究が彼に届くように。


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