2-9 幕間 三人寄っても悩ましい
夕暮れ時。
東宮の一室に、その者たちは集まっていた。
「こうして集まるのは久しぶりね」
「それほど久しぶりという感じもしませんが?」
「それぞれと会う機会はありますからな。ですが、こうして三人で会うのは久方ぶりでしょう?」
懐かしそうに笑顔を見せたのは、ガルバンディエ魔法学院の学院長イルドガルド。
彼女に応えたのが東宮侍女長ベアトリス。
そして、王太子侍従長ヨーク。
かつては気鋭の若者であった彼らも、今では白髪交じり。もっとも、彼らは歳を重ねても往年の鋭さは失っていない。
「さて、こうして三人で集まって何を話し合いたいのかしら?」
「そういう、わざとらしい言い回しは礼儀にもとりますよ」
「また、貴女はそういう細かいことばかり」
「まあまあ。ですが、お察しのとおりです。この度、アルヴェリオ殿下との婚約が内定したオリヴィア嬢について、話し合いたいと思いましてな」
三人を集めたのはヨークだった。
彼はこの中でオリヴィアとの接触が一番少ない。彼女の情報を欲していた。
「彼女と一番接点が多いのはイルドガルドですかな?」
「そうでしょうね。彼女が学生だった頃から見ています。昔から目立つ子でしたよ」
「狭心症薬の開発者ですからな」
にこやかに応じるヨーク。
だが、若かった頃と違い、立場というものがある。仲良くしてばかりもいられない。
声が一段低くなった。
「ですが、その狭心症薬の研究をオリヴィア嬢から他者に引き継がせるという話。頓挫したそうですな?」
「頓挫まではいかないわね。一時中断といったところね」
「薬の開発が停滞することは避けて頂きたい」
ヨークとしては譲れないところだ。
だが、イルドガルドも負けていない。
「狭心症薬は彼女が発明した新薬です。おいそれと他人に譲り渡すわけにはいかないでしょう。研究者として簡単に手放せないのは当然です」
「オリヴィア嬢の気持ちもあるでしょうが、そこは貴女が説得するべきところでは?」
「彼女に殿下と薬の関係を秘密にする、と言ったのは貴方でしょう?」
イルドガルドの言葉に、ヨークも二の句が継げない。
あちらを立てれば、こちらが立たず。
悩ましいところだ。
と、それまで黙っていたベアトリスが口を開く。
「それにしても、アルヴェリオ殿下と彼女はどこで知り合っていたのかしら? ヨークも知らなかったのでしょう?」
「はい、不覚の極みです」
項垂れるヨーク。
だが、イルドガルドなどは涼しい顔だ。
「良いじゃないの。大人が知らない出会いがあったなんて、素敵な話じゃない?」
「それで今、こうして困っているのではないですか。二人がそのような関係と知っていたら、もっと早く引き合わせるか、もしくは絶対に会わせないようにしました」
「少々後手に回ったのは確かだけど。大人の都合で若い二人の関係を壊すのは感心しないわね」
イルドガルドは魔法学院の長ということで、比較的に自由だ。
対してヨークは侍従長、そしてベアトリスも東宮侍女長。宮廷側の論理で動く。
そのベアトリスが嘆息してみせた。
「そうね。私としても、オリヴィア嬢が王宮に入るなら、もっと早くに入って欲しかったわね」
「オリヴィアは王宮で苦労しそう?」
「なかなか難物ね。物覚えは悪くないようだけれども。もう十年早ければ、立派な淑女に教育してみせたのだけど」
「あの娘が立派な淑女にねぇ……」
イルドガルドが頬に手を当て、斜め上に視線を向ける。
一方でベアトリスのほうは現実を見据える。
「王宮に長い方々と比べると、どうしても見劣りがしてしまいます」
「それはセレスティーナ嬢と比較していませんか? それは酷というものでしょう」
「わかってはいるのだけどね。隣に並ばれると、どうしてもね……」
ハッサーク侯爵家のセレスティーナ。
彼女は家格としても、本人の資質としても、王太子妃として全くもって申し分ない。
ただ、一点を除いては。
「本当に惜しい。あれほどの資質がある上に、本人たちも仲が良いというのに……」
「でも、殿下も彼女も納得してるのでしょう?」
「殿下の症状が症状ですからな。本人たちも意識せざるを得なかったのでしょう」
「王家の血ね……」
代々魔力の強い女性ばかり娶ってきたグランフェルド王家。魔法を至上とするこの国で、長年行われてきた慣習だ。
だが、その代償として、心臓に問題を抱える王が多いことは、ごく限られた者だけが知る。
「その点、オリヴィアはかけ合わせの相手としては、丁度良いわね。ほどほどに魔力は少ないけど、全くないわけでもない」
イルドガルドの発言に、他の二人が鋭い視線を送る。
「王族の方々を実験動物のように言うのはお止しなさい」
「あら、王家がやってるのはそういうことでしょう? もちろん他所ではこんなこと言わないわ」
「まったく、貴女という人は……」
だが、イルドガルドは平気な顔だ。
ヨークが溜息混じりに、話を強引に変える。
「ともあれ、アルヴェリオ王子の心は既に決まっております。オリヴィア嬢の資質はともあれ、彼女を立派な王太子妃にする必要があります」
それにベアトリスが応じる。
「それは私の役割ね」
「まあ、貴女だけに背負わせる気はありません」
「そうは言うものの、オリヴィアが背負っているものも多いのよ」
結局のところ、話はそこに戻ってくる。
そうして、話題はオリヴィアの資質と、彼女をどのように教育していくか。より細部へと移っていった。
三人は夜が更けるまで頭を捻ったのだった。




