2-8 セレスティーナ嬢は見抜いている
「オリヴィア嬢は、いまの話をどこまで理解してまして?」
セレスティーナ嬢が目を細めて見つめてくる。
ひえっ!
理解も何も。
今日は雰囲気を味わうだけで、座ってるだけのつもりだったのに。
「あー、えーっと、先日のアルヴェリオ王子の立太子の式典に、ノルガルド王国からの使節が来なかったのでしょうか? でも、結局は遅れて使節団が来たものの、含みがありそうだから、どうしたものか。という感じでしょうか?」
いや、聞いていたまんま喋りましたが。
この理解だと何か足りない?
と、セレスティーナ嬢が視線を逸らした。
「まあ、いきなり来たなら、そんなところでしょうね」
どんなところ!?
私の回答は合っていたの?
わからない!
それなのにセレスティーナ嬢は扇をパタパタ。涼しい顔だ。
そんな中で声を上げてきたのは別の人物だった。
「これで今の話は終わりだろう? それよりもアルヴェリオの婚約者になった、そのオリヴィア嬢と話をしたいのだが、良いか?」
そう言ってきたのは、大柄で引き締まった身体の男性だ。いかにも武人という風体。
先程カディスと呼ばれていた青年だ。
「良いんじゃない?」
セレスティーナが興味なさそうに応える。
すると、カディス青年は満面の笑みを浮かべた。
「アルヴェリオとどこで知り合ったのか、とか、聞きたいことは沢山あるんだが。それより何より、その頭は何なんだ?」
おうふ。
武人らしく非常に直球できました。
ただ、これを素直に答えてはいけない。実験の失敗で爆発しましたなどと言ったら笑いものになってしまう。
なんと答えたものかな。
「えっと、これは私の母が考案した南方風のファッションでして、髪型もそれに合わせたもので……」
「南方風?」
カディス青年は、ぴんと来ないらしい。
と、その隣の大人しそうな男性が口を挟む。こちらはリシュール君だったかな?
「ほら、南方の人種だとこういう髪型の人たちがいたでしょう」
「いたっけ?」
「ザンディラ王国とかの使節団で見たことがあります。南方では自然と豊かに縮れた髪質の人たちがいるんですよ」
「ふーん」
カディス君は興味があるのか、ないのか、どっちなのかな?
今ので満足しちゃうくらいの興味だった?
「あと、ドレスもなっつうか、俺にはよくわかんないが、ちょいと貧相じゃないか?」
ああ、これね。
この日の私はいつもの如く、ボリュームを抑えたIラインドレスだ。
「頭にボリュームを持ってきてるから、ドレスも幅を取ると全体的に膨らんで滑稽に見えるんですよ。だから、こうして敢えて細身のドレスにしているんです」
「ははあ、そんな考えがあるんだ」
「考えてないわけないでしょう。僕も理由は初めて知りましたけど」
カディス君が素直に感心し、リシュール君がツッコみのようなものを入れていた。
この二人は仲が良いようだ。
「それにしても、殿下から婚約を受けるパーティーの場で、そのような奇抜なファッションだったので驚きました」
と、そのさらに横から声をかけてきたのは、騎士服姿のシュッとした女性だった。
その女性が軽く膝を曲げ、臣礼のような格好をする。
「申し遅れましたが、レティシアと申します。王鷲騎士団で部隊長を任されております」
「あっ、みんな自己紹介してない」
「そうだ。カディスです。よろしく」
「雑だよ。所属くらい名乗りなよ」
と、何となく場の雰囲気は和やかに。
そうだよね、サロンってそういうものよね。
最初だけ難しい問題を話し合っていただけで。
そんな感じで一人が自己紹介すると、サロンの方々が次々と私の前に来て自己紹介してくれる流れとなった。
そんなに沢山来られても覚え切れない。
けど、どうやら歓迎されている空気は感じられた。良かった。アウェイ感も薄れる。
そして、ハーブティーや茶菓子なども出てくると、いよいよ楽しいサロンの雰囲気となってきた。
そんな中、気がかりが一つ。
私の横に座っているセレスティーナ嬢は特に自己紹介するでもなく、扇をパタパタ。
私のことは知ってるでしょ、ってことなのかな?
そもそも、セレスティーナ嬢はアルヴェリオ王子の婚約者候補の筆頭と目されていた方だ。私の存在が気に入らないのは当然だろう。
と、そんな彼女が不意に話し始めた。
「皆さん、そんなに一度に自己紹介しても、オリヴィア嬢も覚え切れないでしょう。覚えられてないと思っておきなさい」
皆に向かって、正論なんだけど、言わなくても良さそうな注意を喚起する。
そして、彼女は私のほうを振り返る。
扇で顔を半分隠したまま、涼やかな声で語りかけてきた。
「あと、貴女。あとで少し話せるかしら? 二人きりで」
怖いいぃ!
◇◇◇◇◇
サロンというのは長いものだ。
時間に決まりはなく、短いサロンは二、三時間。長いと一日中やっているようなサロンもあるという。
この翠の間のサロンは昼頃から始まり、夕刻くらいまで開かれているらしい。
当然参加者はずっと居るわけではなく、用事がある人は途中で退席するし、遅れてくる人もいる。
かなり自由な空間だ。
ふぃー、疲れた。
そんな中、私はお手洗いに中座。
さすがに今日は私に注目が集まっているから気が抜けなかった。
というより、今後も注目は集まりそうだなあ。主催者である王子の婚約者なわけだし。いずれ私が主催者という話もあるし。
と、そんなことを考えていた時だった。
背後に気配を感じた。
扇のパタパタとした微かな音。
「オリヴィアさん、ごきげんよう」
振り向くと、果たしてそこにはセレスティーナ嬢が立っていた。
いまさら改めて言うまでもなく美人だ。
黒を基調としたシックな装いのドレスに、緋色の扇を合わせている。まだ若いというのに迫力すら感じさせる。
正統派の貴族令嬢だ。
「改めて自己紹介する必要はないと思って黙っていたけど、私のことはご存知よね?」
「あ、はい。存じ上げています。ハッサーク侯爵家のセレスティーナ様ですよね?」
「セレスティーナさん、で良いですわ。いずれ貴女のほうが身分が高くなるのですし」
こういうやり取り苦手。
早めに謝っておこうか。
それで彼女の怒りが治まるとも思えないけど。
「あの、怒ってますよね。セレスティーナさんがアルヴェリオ王子の婚約者と目されていたのに。いきなり私が出てきて」
恐る恐る話を切り出す。
ところが、セレスティーナ嬢は涼しい顔のままだった。
「ああ、そのこと? 私は気にしてないわ」
そうなの?
でも、怒ってるように見えるんだけど。王太子妃候補だったんだから、気にしてないわけないし。
それとも、もともとこんな感じの人なのかしら?
「それよりも、貴女。このサロンに殿下の婚約者として呼ばれて、どういうことを期待されているのかは理解していまして?」
「えーっと、サロンの雰囲気を良くしたり、気を使ったり?」
「そうね。それと殿下が不在の時は、今日私がやったみたいに、場を取り仕切ることも求められると思うのだけど。そこはわかっていらして?」
うわーっ!
セレスティーナ嬢を見ていて、なんとなくそんな気はしていました。
でも、そんなの私には無理だ。
「あ、あはは。私にはかなり難しいと感じているのですけど……」
「でしょうね。まあ、当面は私のほうで取り仕切るつもりではあるのだけど」
「お願いします」
ばっ、と私は頭を下げた。
当面セレスティーナ嬢には頭が上がらないだろう。
そんな私の様子に、彼女はさも当然という表情であったが、一応の満足は見せただろうか。
セレスティーナ嬢が扇をパチンと鳴らした。
「あと、もう一つ」
「はい!」
「その頭、南方風のファッションなんて言っているけど、嘘よね?」
「えーっと……」
なんという慧眼。
男性陣と違って見る人が見れば不自然なことは丸わかりなんだろうか。
うーん、どうしようか。
これはもう言うしかないのか。
「実は、その……。研究の影響でこういう髪になってしまって。それで苦肉の策で」
「どういう研究をしたら、そんな髪型になるのかしら?」
「誤ってニトログリセリンを爆発させて。それの影響で。魔力も混じっているから戻らなくて……」
と、そこまで説明すると、セレスティーナ嬢が素っ頓狂な声を上げた。
「はあぁ!?」
それまで涼しい顔を崩さなかった彼女が、心底困惑したような、呆れたような表情を見せた。
この人もこんな顔するんだな。
「今時、安っぽい舞台でもそんな演出しないわよ?」
「いえ、でも本当なんです。薬の素材としてニトログリセリンが必要で」
「どんな薬を作っているんだか……」
「狭心症の薬です」
「狭心症……?」
と、セレスティーナ嬢が呆れ過ぎたのか、再び扇で顔を隠した。
再び涼しい視線を私に向ける。
「貴女、そのことは周囲には公言していらして?」
「いまのところ母が考案した南方風ファッションということで押し通してはいるのですが」
「他者には絶対に話さないようになさい。国の恥になるから」
うーっ、すみません。
それでセレスティーナ嬢は溜飲が下がったのか、お手洗いの奥に。
私は翠の間へと戻ることに。
このサロンだとお手洗いでも気が抜けないかも。
とほほ。




