2-7 翠の間のサロン
王宮の東側。
そこに王宮を少し小さくしたような宮殿がある。
東宮。
王太子府とも呼ばれる。
王太子アルヴェリオの居城であり、王都セント・ルディアの政治的な中心でもある。
「オリヴィア様、ようこそお越しくださいました。既に参加者の皆様は殆どがお集まりです」
「アルヴェリオ王子も?」
「はい。ですが、本日殿下は別件があり、途中までの参加となります」
その東宮に初めて訪れた私を出迎えてくれたのは、東宮侍女長のベアトリスさんだった。
例によって一切隙のない所作でお出迎え頂いた。こちらの方が恐縮してしまう。
「このサロンに名前はないのですが、皆さん『翠の間のサロン』と呼ぶ方が多いようです」
「王太子サロンではなくて?」
「そうですね。今後はそのように呼ばれるかも。あとは、単に東宮サロンと呼ばれる方も多いようです」
さて、そのサロンだ。
ついに来てしまった。
アルヴェリオ王子から聞いた範囲で想像するに、その「翠の間のサロン」とやらは、きっと真面目な政治サロンに違いない。
研究一筋だった私がついて行けるか、若干不安だ。
「こちらが翠の間でございます」
大きなエメラルドグリーンの扉を、ベアトリスさんが指し示した。
この扉の向こうに、王子とその仲間たちがいるわけだ。
深呼吸を一つ。
うーん、緊張する。
ガチャリ。
と、扉を開いた。
◇◇◇◇◇
その名のとおり、そこには緑の空間が広がっていた。
壁や床が緑だったわけではない。観葉植物がたくさん飾られている温室だった。大きな硝子板が壁や天井に埋め込まれた今風の温室だ。
そこにいたのは十数人ほどの男女。
皆、若い。
その彼らの視線が、一斉に私に降り注いだ。
っぐ。
すっごい圧。
「あれが王子の……」
「本当にあの髪型なんだな」
ひそひそと囁き声が聞こえる。
そんな中、アルヴェリオ王子の声が響いた。
「やあ、来たね。オリヴィア嬢。こっちだ」
部屋にはいくつかのグループがあったが、その中の一つ。一番奥の集団で、アルヴェリオ王子が手を振っていた。
周囲からの視線を浴びつつ、そちらに向かう。
王子を囲んでいたのは、5人ほどの男女。
皆いかにも自信に溢れた気鋭の若手という感じだった。
と、そのうちの一人に目が止まった。
え!?
このご令嬢、ハッサーク侯爵家のセレスティーナ嬢でない!?
元々王子の婚約者の第一候補と噂されていた。
ここにいるの!?
内心で動揺しつつ、私は王子の隣に。
「先日のパーティーで見ていたとは思うが、改めて紹介しよう。オリヴィア嬢だ。私との将来を約束してくれた、私にとって大切な女性だ」
アルヴェリオ王子が私の肩を抱き、皆に大声で紹介してくれた。
そして、私を見る。
あ、私も何か喋ったほうが良いのね。
「オリヴィア・フォン・ベルティエです。右も左もわかりませんが、王子のお役に立てればと思い、ここに来ています。よろしくお願いします」
私が頭を下げると、散発的な拍手が。
それよりも、私がどんな人物なのか、観察するような視線が多い。
なんだろう。
凄いアウェイ感があるのだけど。
「というわけで、無事にオリヴィア嬢を皆に紹介できたということで、あとは仲良くやって欲しい。私は行かなければならないから」
えっ!?
王子、行っちゃうの?
このアウェイ感の中で?
そんなことは王子も思っていたのだろう。
私に向かって頭を下げてきた。
「すまない。大司教殿との会談が入っていて外せないんだ。ただ、ここにいる者たちは信頼できる者ばかりだから、今日のところはまず雰囲気だけ体験してもらえばと思う」
「……は、はい」
「それじゃ、みんな済まない。失礼する」
王子が軽く手を振ると、サロンにいる全ての人たちが、ざっ、と姿勢を正した。
敬礼をしたり、会釈したり。
様式は様々だが、皆がアルヴェリオ王子に敬意を持って見送った。
そして、王子は退出してしまった。
部屋に残された私。
その私に、残った部屋の人々の無言の視線が突き刺さった。
は、ははは……。
これ、どうしようかしらね。
◇◇◇◇◇
翠の間に広がる沈黙。
王子がいなくなると、再びサロンの人たちの視線が私のほうに。
未だ私の頭は金髪アフロだ。
爆発から3日以上経っているのだが、このボンバーヘッドが戻る気配はない。やはり、今回は3回も爆発したから、3日では直らないらしい。
パン、パン!
と、そんな微妙な雰囲気を吹き飛ばした人物がいた。
私のすぐ隣にいたセレスティーナ嬢だった。
彼女が両手を打ち鳴らしたのだ。
「新しい方がいらして物珍しいのもわかりますが、とりあえず先程の話を片付けませんか?」
セレスティーナ嬢は美人だ。
切れ味鋭いナイフのように、印象に残る女性である。同じ女性として、隣にいるのが忍びなくなるような華のあるご令嬢だ。
その彼女の声に周囲の人たちが同意する。
「そうですね。まずは決めてしいましょう」
「それで、ノルガルド王国からの使節団はあと7日でセント・ルディアに到着するのだな。規模はどうなんだ?」
「護衛を含めても30人を超えるかどうか」
「なかなかの規模だな。そして、立太子の祝賀会に遅れたのは嵐で船が遅れたから、と言っているんだよな? この季節に嵐ってことはないだろう?」
「まあ、方便でしょうね。で、その真意が見えないことが問題なわけですが……」
なんだか難しい話をしている。
この王子のいた輪にいる人たちは、王子と同年代だろう。下手したら全員私より若いかも知れない。
そんな若手たちが、真剣に外交問題について議論していた。
みんなしっかりしているなあ。
そして、話を聞いていて感じたのは、セレスティーナ嬢が会話の中心となっていることだ。
彼女が進行役となって、議論を次々と進めていく。
「いずれにせよ、使節団は向かってきているのです。迎え入れねばならないでしょう。カディスは使節団の出迎えに向かってください」
「了解」
「レティシアもカディスの補佐に。ノルガルド側の真意を探るのは主に貴女のほうで」
「承知しました」
「セント・ルディアでの宿泊地の調整はリシュールに一任で良いですか?」
「任されました。了解です」
それで話は一段落となったようだ。
セレスティーナ嬢の差配は見事なものだった。
きっと王子がいる間は、王子がこういったことをしているのだろう。
そして、王子が不在のときは彼女が代わりを務める。そんな役回りとなっていることが容易に想像できた。
「これで落ち着きましたね……」
そんなセレスティーナ嬢が椅子に深く座り直した。
寛いだようでいて、姿勢を崩すこともない。見ていて惚れ惚れするような貴族令嬢だ。
だが、その彼女が目を細め、視線を私の方へと向けた。
「それで……」
長い睫毛が美しい。
「オリヴィア嬢は、いまの話をどこまで理解してまして?」
セレスティーナ嬢の値踏みするような表情。
そして、彼女の声と共に、再び私に集まる視線。
背筋が冷えた。




