2-6 頑張れ、お父様
ベルティエ家の朝。
我が家の朝食は、家族揃って取る決まりだ。
伯爵家と言っても新興の我が家は、ダイニングテーブルも小さい。朝食はお父様とお母様が向かい合い、その横に私と弟、妹が並ぶ。
その朝食の席で、お父様が口を開いた。
「昨日、陛下から呼び出しがあった」
私とお母様の手が止まる。
まだ幼い弟と妹は気にしない。いや、大きい弟のほうは不穏な空気を感じ取ったか。
「お父様、それは結構重大な話だったのでは?」
「非公式の呼び出しだ。だが、そうだな、重大な話だった。来月のことになるが、王領水運整備局長に内定した」
おや、婚約の話ではない?
「ベルティエ家に箔をつけてから、王太子殿下とオリヴィアの正式な婚約をさせたい意向らしい」
なんと迂遠な。
まあ、話は進んでいるのだな。
それに何だか重要そうな話ではないか? よくわからないけど、たぶん大きな話だ。
すると、おそらく意味がわかっているお母様が破顔した。
「おめでとうございます。出世ですね。しかも、局長ですか」
「ああ、これで私も宮廷上層部の仲間入りというわけだ。それもこれも、オリヴィアのお陰だな」
「ごめん、お父様。私はあんまりよくわかってないんだけど……」
どうやら出世らしいが、宮廷上層部とは?
そんな私を見て、お父様が優しく教えてくれる。
「いままで私は実務職にばかり就いていたが、今度就くのは局長。つまり、王国の主要組織の長ということになる」
「えっと……、凄いことなの?」
「そうだな。数字に追われたり、調整に走り回ったりする官吏から、サロンやパーティーでの根回しに勤しむ貴族の仲間入りした、と言えば伝わるかな?」
えー、結構な出世じゃない?
箔を付けさせる、って言っても相当に大きな話だ。
「なんか、ごめん。お父様にとっては苦手な仕事になる?」
「まあ、社交は得意ではないが、苦手という程でもないよ」
静かに微笑むお父様。
父は嬉しい時は静かになる人なので、きっと喜んでくれている。
そんな穏やかな父の様子に、つい私も嬉しくなる。
「ただ、小さくとも局の長になってしまうからな。小さくともサロンを主催しないといけないかもしれない。そこは、頼りにしてるよ」
と、お母様は満面の笑みで応じる。
「任せて! 華やかなサロンにしてあげるわ!」
「水運整備局だからな。あまり華やかな人は少ないかも知れないか……」
おお、サロンの話になってる。
なんとタイムリーな話だろう。
◇◇◇◇◇
「ねえ、お父様」
「なんだい、オリヴィア?」
「そのサロンって、どんな感じ? 主催ってことは、我が家で開くの?」
「どうしたんだい? オリヴィアも社交に興味がでてきたのかな?」
「実は、私も東宮のサロンに呼ばれることになって。というより、主催者側をして欲しいって」
「ほう……」
お父様が驚く。お父様のこういう顔は珍しい。
その隣でお母様が目を輝かせる。いや、お母様が東宮に行くことはないと思うよ。
「それは大変だなあ」
「だから、私も不安になっていて……。だけど、サロンってどういうところか、あんまり良くわかってなくて」
「そうだね。オリヴィアは研究一筋だったから」
穏やかな朝食を終えると、幼い弟と妹は侍女たちに連れられ退席。
お父様とお母様、私で紅茶を楽しむ。
そこで、お父様がサロンについて教えてくれた。
「まず、サロンというのは特に決まりはない。かなり自由なものだ。グランフェルドの文化なんて持て囃す向きもあるが、やっていることとしては、皆で集まってお茶をしているだけだ」
そのくらいは私も知っている。
「ただ、やはり人が集まれば、何某か偏りが出てくる。そのサロン、そのサロンで個性が出てくる」
お父様は静かに教えてくれるが、ちょっと嬉しそうだ。
「例えば、私とマルグリットが行っているレスター子爵夫人のサロンなんかは、セント・ルディアの法服貴族の集まりだ。これが派閥みたいなものになる」
「派閥ぅ……。貴族っぽい」
「そんなに構えるものじゃない。楽しくやってるんだから」
と、お母様が目を輝かせる。
「そうよ、サロンはとても楽しいのよ。今日も歌うんだから!」
「歌うの?」
「そう。歌うの、皆で!」
「皆で!? それより、何より、そもそも朝からお母様のその頭は何?」
そう。
朝からずっと気になっていた。
お母様の頭には、朝っぱらからボリューム満点の白いアフロのウィッグが。私も未だ金髪アフロなので、我が家の食卓には大きな毛玉が二つ揺れていた。
今日はレスター子爵夫人のサロンに行く日だったはずだけど、それで行くの?
「サロンで流行らせてるから!」
「流行らせてる!? お母様の他にもアフロがいるの!?」
「もちろん!!」
お父様の困ったような笑顔。
しかも、白と変化球のアフロ。もはや、レスター子爵夫人のサロンはどうなっていることやら。
「ただ、お茶してるだけでは詰まらないから、マルグリットのような華やかな女性は歓迎されるよ」
「まあ、そうかも知れないけど……」
昔からお父様はお母様にべた惚れだからな。思うところがあっても止めはしないか。
「それにね。いまはアフロに合わせた南方風のファッションに、さらには南方の音楽に詳しい音楽家の先生を呼んで、皆で合唱してるの。楽しいわよ!」
なんだかエラいことになってるな。
私のイメージしていたサロンとは、どうも様相が違う。
「と、まあ、サロンというのは自由なものなんだよ」
「そうみたいですね」
「逆に真面目なサロンもある。宰相閣下のサロンなんかは、政策に詳しい人ばかりでね。学者なんかも呼んで、難しい政治議論に花を咲かせてると聞く」
「うへぇ」
「あと有名なのは、王太后様のサロンだろうな。王宮の奥で、詩歌や絵画を愛でながら、優雅なティーパーティーを開いていると聞くね」
それ!
私がイメージしていたサロンはそれだわ。
でも、王太后様かあ。王子のお祖母様? いずれ私も会うのだろうか。
「うーん、王太子府のサロンはどんな雰囲気なんだろう?」
「どうだろうね。王太子殿下と仲の良い人が集まっているのは間違いないだろうし、若い人が多いだろうな」
うーん、不安だ。
◇◇◇◇◇
朝食を終えて、しばらく後。
我が家のエントランスには三組の夫妻が訪ねてきた。レスター子爵夫人のサロンに一緒に向かうらしい。
「やだー、マルグリット夫人、白いアフロ!」
「さすがだわ! そんな色使いを思いつくなんて!」
きゃっきゃ、している夫人たち。
ソフィール伯爵夫人とデルシ男爵夫人、クジャック男爵夫人。以前からお母様と仲のよい夫人たちだ。
それが揃いの金髪アフロでやってきたのだ。アフロが4人もいると、なかなか迫力がある。いや、私も含めれば5人だ。
そんな彼女たちは私を見ると、するすると寄ってきた。
「あら、オリヴィアちゃん、久しぶり! 王太子殿下とのご婚約おめでとう!」
「ソフィール夫人、オリヴィアちゃんって。王太子妃になられる方ですから……」
「あら、そうね。でも、こんな小さな頃から知ってるから。水晶宮での晴れ姿、見てたわ。素敵だったわよ!」
そう言って、きゃーきゃーと私の手を取って喜んでくれた。あの水晶宮での出来事は色んな人に見られていて、最近はこういうことが多い。
この三夫人には子供の頃から可愛がってもらっているので、私としても嬉しいのだが、全然知らない人からも声をかけられることが増えた。
「では、そろそろ行きますわよ!」
と、アフロ軍団のボス、マルグリット夫人ことお母様が宣う。
「ええ、参りましょう。参りましょう」
「楽しみですわ!」
そんなアフロの女性たちを、お父様を始めとした旦那様たちが不安そうに眺めてた。
頑張れ、お父様。




