2-5 お腹が鳴るまでが昼食会です
王宮外庭。
セント・ルディアの数ある庭園の一つで、王都の中とは思えないほど広い。
緑豊かな庭園だ。
そんな庭園の東屋に私は座っていた。
「王太子殿下は間もなくお越しになります」
アルヴェリオ王子の婚約者となった私だが、婚約者と会う機会というのは、案外限られていることに気付かされる。
もともと王族と一介の研究者だ。理由がなければ会うことなど殆どない。
そんなことを王子のほうも気にしたのだろう。
「今後、昼食は一緒に取りませんか? 毎日は難しいですが、時間の取れる日はなるべくオリヴィア嬢と一緒に居たいです」
嬉しいことを言ってくれた。
そして、選ばれたのがこの王宮外庭だ。
東宮から程近く、ガルバンディエ魔法学院からも歩いて半刻ほど。
ただ、昼食と言っても普通にならないのが王族というもの。
東宮からやってきた侍女たちが、手早く「こんなに食べ切れません」みたいなご馳走を並べる。
もちろん全部食べる必要はなく、好きなものだけを食べて、あとは残すのが王族のマナーとなる。
そして、マナーと言えば、別の問題もあった。
「失礼ですが、オリヴィア様。もう少し背筋を伸ばしてくださいませ」
穏やかな声で注意を促してきたのは、東宮侍女長のベアトリスさんだ。この品の良い中年女性は長年王宮に仕えてきた女性とのこと。
この叱責でもないベアトリスさんの存在が、意外と私には重圧になっていた。
「あ、はい。すみません」
「姿勢を直して頂ければ宜しいですよ。オリヴィア様はいずれ王族の一員となられるお方。私ども侍女に謝る必要はございません」
ベアトリスさんがにっこりと微笑んだ。
しんどい。
怒られはしないのだが、しんどい。
このベアトリスさんに率いられた東宮の侍女たちには一分の隙もない。
一方で、彼女たちと一緒に控えさせてもらっているベルティエ家の侍女――ノーラは肩身を狭そうにしていた。
たぶん裏で、王太子妃に仕えるに相応しい振る舞い、とか言われてるのだろうな。いままで見たことないくらい、ノーラがピンと背筋を伸ばして立っていた。
あとで、ノーラを労ってやらねば。
「王太子殿下がお越しになりました」
そんな折、アルヴェリオ王子がやってきた。
たぶん間違っているのだろうけど、王子が来てくれたほうが私はちょっと気が楽だ。
◇◇◇◇◇
「やあ、お待たせした」
「いいえ、全然待っていませんわ」
気軽に挨拶を交わしてしまうが、何となく未だに距離感が掴めない。
アルヴェリオ王子と二人きりならもっと気安くしても良さそうだが、東宮の侍女たちの前で、あまり馴れ馴れしい態度は難しい。
「今日は、王子は何をされていたのですか?」
「王鷲騎士団の査察にね。本当は訓練も一緒にしたいのだけど、どうにも予定が詰まっていてね」
相変わらず忙しそうな王子だ。
「オリヴィア嬢のほうは、今日は学院に?」
「ええ、久しぶりに研究室に。と言っても、久しぶり過ぎて、何をしたら良いか忘れてしまいましたわ……」
他愛のない話。
だけど、とても楽しい。
アルヴェリオ王子がニコニコと私を見つめてくる。
だというのに、私の心はここにあらず。
というのも、昨日イルドガルド学院長に告げられたことが、ずっと心の奥底に残っていた。
私と王子はまだ非公式の婚約者という関係だ。これから公式の婚約者、そして実際に王太子妃となったら、私の生活はどうなってしまうのだろう?
そこに、研究に費やせる時間は残っているだろうか?
今こうして王子と会っていることだって、時間を取られている。
こんなに楽しいのに……。
「オリヴィア嬢?」
と、目の前にアルヴェリオ王子の顔が。
「わっ!」
「どうしたんですか? 考え事ですか?」
「え、えぇ、まあ……」
だけど、これを王子に伝えたら絶対に気を使わせる。
私だって王子の願いには応えたい。
でも……。
「私が王太子妃になったら、研究を続けられないんでしょうか?」
気がつけば、それは私の口から飛びだしていた。
あっ、と思ったがもう遅い。
王子の驚いた顔。
だけど、すぐに優しい顔に戻った。
「急にどうしました? どうしてそんな話になっているんですか?」
王子にとっては、いきなりな話だったろう。
でも、どうにも止まらなかった。
そこから私は王子に滔々と語ってしまった。昨日イルドガルド学院長から告げられたこと。さらには、昨晩ぐるぐると考えていた事まで。
話すつもりはなかったのだ。要領を得ず、つっかえつっかえの話は聞きにくかっただろう。
王子も最初こそ驚いた様子だったが、次第に落ち着いて私の話を聞いてくれた。
そして、聞き終えた王子が尋ねる。
「オリヴィア嬢は研究を続けたいのですよね?」
「は、はい。もちろんです」
王子が顎に手を添えて思案する。
未だ食事には手が付けられないままだ。
だが、王子が考えていたのは、それほど長い時間ではなかった。
「私としてもオリヴィア嬢の意に背くようなことはしたくありません。オリヴィア嬢が研究を続けられるように計らいたいと思いますが……」
そう言ってくれた。
その言葉に、私は少しだけ安堵の息を吐いた。
昨晩は悪い想像ばかりしてしまっていたのだ。
――王太子妃という立場になれば、必要なことは沢山あります。
――当然、研究などよりも。
――オリヴィア嬢もそのくらいはわかりますよね?
そんなことを言われたら、どうしよう?
真剣に悩んでいたのだ。
いま、こうして王子の反応を見るに、それは杞憂だったようだ。
「……ですが、それは問題ですね」
だが、王子の言う通り、それで問題が解決したわけではない。
私が王太子妃として時間が取られることに変わりはない。それに、王子が私に「東宮の社交」とやらを任せたいという話も――。
「この際です。しっかりとお伝えしておきましょう。私はオリヴィア嬢に、東宮の『サロン』を任せたいと思っていたのです」
「『サロン』、ですか?」
「はい」
王子はそこで一度、言葉を切った。
王子もどう伝えるべきか、考えながら話しているようだった。
「いま東宮で毎週末、土曜日の午後にサロンを開いています。私が主催で、王太子府の主要な面々と親交を深めています」
「……」
「グランフェルドの将来を担う気鋭の若手を集め、知識の共有や、セント・ルディアの内々の問題を話し合ったりしています」
「凄いですね」
「はい、若い才能たちです。そして、いま私がやっている、そのサロンの主催者をオリヴィア嬢にお願いしたいと考えていました」
予想どおり、なんだか大変そうな話だった。
今の話だと、そのサロンって若手の凄く優秀な人たちを集めてるのよね? その取りまとめ役みたいなことを?
いやいやいや、思ってた以上に凄いのが出てきたぞ。
そんな表情が露骨に出てしまったのだろう。
王子が微笑んでくれた。
「オリヴィア嬢も学院の薬学科次席卒業、若くして助教候補ですから、彼らに全く引けを取ってませんよ」
でも、薬学科はマイナー学部だし……。
「それに、彼らは私の大切な仲間です。オリヴィア嬢も彼らとの親交を深めて欲しいのです」
アルヴェリオ王子の力強い言葉。
でも、そうだよね。
王子にも王子の世界があるし、妻を迎えるならその世界に加わって欲しいと思うのは自然なことだろう。
私だって応えたい。
応えたいのだが……。
いや、落ち着こう。
一呼吸入れて、気を取り直した。
「その主催者というのは、その凄い人たちをもてなせば良いのですよね?」
「そういうことになります。それに既に毎週開催しているサロンです。細かいことは、ここにいるベアトリスが手配します」
アルヴェリオ王子の背後に立つ、東宮侍女長のベアトリスさんが一礼した。
なるほど、この有能侍女長さんがサポートしてくれるのか。
それは心強い。
「それなら、私にもできそう……、かな?」
「そう思っています。実際のところは次の土曜日、サロンにお呼びしましょう。そこでサロンの面々を紹介しますので」
なんとなく話は見えてきた。
話を聞く限りでは、週に一日。取られる時間は限られている。
大変そうではあるが、何とかなりそうにも思える。
希望が見えたか――。
と、そんな時だった。
ぐうぅ!
私のお腹が鳴った。
王子と顔を見合わせる。
「少しは不安が払拭されましたか?」
「笑わないでください!」
「はいはい、失礼しました。そろそろ食べましょう。せっかくの昼食なのですから」
そして、ようやく豪華な食事に手をつけた。
これ以上は、ここで考え続けてもしょうがないか。
お腹も空いたし。
王子との楽しい食事を楽しむことにする。
それにしても、サロンか。
いままで社交に疎かった私には無縁の世界だ。
なんだか話が見えてきたような、よりわからなくなったような。
あーあ、これから私はどうなってしまうのだろうか?




