2-3 コマージュの丘
コマージュの丘。
セント・ルディアを見下ろす小高い丘だ。
王都の歴史的な街並みと、最新の魔法建築の共存を眺められるこの丘は、絶好の遠乗りスポットとなっている。
「はあ、はあ、やっと着いた……」
「オリヴィア嬢は少しお休みされますか?」
アルヴェリオ王子が敷布を用意して、紳士らしく気遣ってくれた。
だが、どうもデートのお約束的な振る舞いに見える。
私のほうは爆走していた間、ずっと王子にしがみついていたので疲労困憊だ。
明日は筋肉痛でないかしら。
敷布の上にへたり込む私。
と、オクタヴィアンが鼻を寄せてきた。心配してくれているようだ。
こういう時は動物のほうが察しが良い。
「ありがとう、心配してくれてるの?」
ぶるぶると鼻を鳴らす白い魔馬。
「オクタヴィアンは速い上に優しいね。それに王族の乗騎らしく立派でカッコいい」
そう煽てると、やはり人語を解しているらしい。
シャキーンと姿勢を正した。
やはり褒めて伸ばすタイプだな。
「オリヴィア嬢」
と、そんな私とオクタヴィアンの間に、アルヴェリオ王子が割って入る。
「水でも飲みますか?」
「ありがとうございます」
なんだ?
オクタヴィアンが褒められているのを見て来たのか?
馬に嫉妬してるのか?
さっきまで王都を眺めていたのに、チラチラと窺ってくる。
これは一つ釘を刺しておかないと。
「王子」
「はい」
「王子の早駆けは本当に怖かったですよ」
「えっ!?」
心から意外そうな王子。
「オクタヴィアンは全然揺れなかったと思いますが?」
「確かに不自然なほど揺れなかったですが。そして、落ちる心配はなかったのかも知れませんが。それでも怖かったものは怖かったのです」
王子、わかってる?
その顔はわかってないなあ?
キョトン、じゃないのよ!
「とにかく、帰りも私を乗せてくださるのでしたら、オクタヴィアンをゆっくり歩かせて頂きたいです」
「わかりました……」
どうも釈然としない様子のアルヴェリオ王子。
その王子が私の髪に手を伸ばした。
ワシワシと私のアフロを揉む。心を落ち着かせているようだ。
うんうん、王子も私のアフロの使い方をわかってきたな。
◇◇◇◇◇
コマージュの丘からアルヴェリオ王子は、王都セント・ルディアの街並みを眺めていた。
その隣に私も寄り添う。
まだ、お付の人たちは来ない。二人だけの展望台だ。
「綺麗ですね」
「はい、綺麗です。オリヴィア嬢はコマージュの丘には?」
「幼少の頃に何度か。大人になってからは来てなかったので、もう何年か振りですね」
幼少の頃は馬車で来た。王都近郊とはいえ、ピクニックは一日がかりの大イベントだった。
それをまだ朝日が昇ろうかという時間に着いてしまうとは。恐るべしスレイプニル。
ともあれ、景色は至極良い。
王都の街並みが一望できた。
一際大きいのは王都に聳える王城だ。そのすぐ側には私が通うガルバンディエ魔法学院も見える。少し離れたところで、水晶宮が朝日に照らされ輝いていた。
ガコーン、ガコーン……。
朝日に包まれた王都で、大聖堂の鐘が揺れた。
穏やかな街並みに響く鐘の音。
そんな王都を眺めていた王子が、ふと口を開く。
「先日、王太子の就任と共に、ルディア公という称号も頂きました」
「ルディア公?」
確か王都セント・ルディアは元々はルディア公国という独立した国だった。それがグランフェルド魔法王国の創成期に、婚姻により緩やかに併合された。
「グランフェルドでは代々王太子がルディア公を名乗り、王都を治めるのですよ」
つまり、この丘から見えてる街をアルヴェリオ王子が治めているということになる。
それを見つめる王子の瞳は真剣なものだった。
「セント・ルディアでの徴税権はあります。それが王太子府の主な収入になります。ですが、それと共に王都の人々の生活を保障する義務も伴います」
「大変ですね」
「ええ、大変です。それに、その税収で北境守護卿としての役割も担わねばなりません」
アルヴェリオ王子は長身だ。
だが、それ以上にいまの王子は大きく見えた。
私より3つ下。まだ22というのに、なんと逞しいことだろう。
私も学院では若手研究者として芽が出ているほうだ。
だけど、王子が抱える責任は、そういうレベルでは全くないようだった。
「正直に言って、私の手には余る責任です」
誠実な人だ。
その地位を浮かれることなく、しっかりと受け止めている。
と、そんな王子が私のほうを向く。
両手で私の肩を掴む。大切なことを伝えるときの、王子の癖なのかも知れない。
「そのような大役を担う私を、いま、たくさんの人が支えてくれています。そして、オリヴィア嬢、貴女にも私を支えて頂きたいのです」
コマージュの丘の上。
朝日に照らされた王都を背に、王子の真摯な瞳が私を見つめていた。
王子の気持ちは、とても良く伝わった。
「はい、こんな私にできることがあるのでしたら……」
「ありがとう」
ただ、気持ちは伝わってきたのだが……。
「でも、私にできることなんて何かあります?」
「たくさんあります」
どんな?
「いま王太子府、つまり東宮に人を集めています。セント・ルディアを治める仲間たちです。そして、行く行くは彼らと共にグランフェルドを治めていくつもりです」
「……」
「その東宮における社交を、オリヴィア嬢にお任せしたいのです」
えっ、ちょっと、ちょっと……。
なんだか大きな話を王子が喋ってるっぽいぞ。
本当に年下とは思えない。
「もちろん、細かなことは後でしっかりとお伝えします。ですが、オリヴィア嬢に王太子妃として、私を支えて欲しいのです」
そして、返答を待つ王子。
私は返答に詰まった。
きっと王太子妃として必要な役割を求められている。彼と結婚するのなら、そういうことを求められるのだろう。
だけど、即答して良いかは迷った。
自信がない。
だが、できるできないの話ではないだろう。王子の気概に応えたいかどうかだ。
「わかりました。私にできるのでしたら」
「ありがとうございます。なるべくオリヴィア嬢の負担にならないように計らいますので」
きっと王子はこれを伝えたかったのだろう。
この為に、わざわざ丘の上に来て、王都の街並みを見せ、そして二人きりになった。
ただ、どうして? という疑問はあった。
既に婚約は受けている。
告白もされている。
王太子妃という地位に就くのなら、そういった役割を担うのも当然だろう。
その上で、王子はどうしてこんなにも形式張って私に確認したのだろうか?
そんな漠然とした疑問はあったが、この時の私はそれほど深く考えなかった。
王族ともなると、こんなことを伝えるにもこれほど格式張るのか、と勝手に思ってしまった。
◇◇◇◇◇
丘の上で二人で風に吹かれることしばし。
オクタヴィアンは呑気に草を食んでいた。
「殿下!」
小一時間ほどもした頃だろうか。
丘の下から数騎の騎馬が駆け上がってきた。
王都を出てすぐに振り切った護衛の方々だ。
「王都近郊とはいえ、護衛も伴わずに危ないではありませんか!」
王子を相手に怒鳴っていた。
まあ、彼らの立場からすればそうだろう。
「いや、すまん、すまん」
「笑いごとではありませんよ! 王都にはまだ諸外国の方々も多く滞在しているのです! 間諜の類も少なくないのですよ!」
「今回だけだ。許せ」
王子でも怒られるんだなあ。
護衛の人たちからはそれくらいで済んでいたが、遅れてやってきた老齢の執事っぽい人からは、かなり入念に怒られていた。
王子って、この国で二番目に偉い人の筈だけど?
「オリヴィア嬢も大変でしたでしょう?」
「私はそれほどでも……。あっ、でも、オクタヴィアンが速すぎて凄く怖かったです」
「ほら、殿下!」
私が余計なことを言ったので、執事の方のお小言が倍くらいになっていた。
ごめん、王子。
でも、怖かったのは本当だよ。
そして、お付の人たちが到着すると、天幕とか立て始めて、大がかりなピクニックとなった。
昼食もフランベとか始めて。
もはやこれはピクニックなのかなあ?
上流貴族のピクニックってこういうものか?
「楽しめていますか?」
「それはもう」
王子から聞かれるまでもない。
至れり尽くせりで、楽しい時間はあっという間に過ぎた。
そうして、王子との遠乗りは終わった。




