2-2 アピールの仕方が男子
翌日、大勢のお供を連れたアルヴェリオ王子が、再びベルティエ家を訪れた。
我が家の方も再度、総出でお出迎えだ。
「約束どおり来ました」
「お待ちしておりました」
朝から爽やかな笑顔を見せる王子。
乗馬用パンツに白いジャケット。颯爽とした騎乗姿で現れた。
私のほうも遠乗りということで、比較的に動きやすいドレスだ。そして、スカートの下にはドロワーズと、お尻にはたっぷりの綿入れを仕込んだ。
「準備は良いようですね」
「はい、ただ馬に乗るのは久しぶりなので、少々不安です」
「そこは大丈夫です」
と、王子が振り返って、乗ってきた馬を指す。
うん、まあ、気にはなっていました。
白くて大きな馬。それはもう馬鹿みたいに巨大な馬だ。
ただ、それだけなら王族の馬だし、そういうこともあるだろう。
だが、その馬には八本の脚があった。
「我が愛馬、オクタヴィアンです」
八本脚の馬の魔物、スレイプニルだ。その名をオクタヴィアンというらしい。ネーミングはちょっと安直だ。
でも、王子はとても自慢げだった。
ええ、まあ、凄いですよ。
迫力だけでも大変なものだ。
でも、スレイプニルって、確か気性の荒い魔物だったような……。
「凄いですね、王子」
「だろう?」
「ただ、ちょっと怖いのですけど……」
そんな魔馬が鼻息荒く、「コイツは誰だ」とでも言わんばかりに私を睨んでいた。
と、アルヴェリオ王子が気づいたらしい。
ずん、と周囲に魔力が漂った。王子から膨大な魔力が溢れ出る。王子がオクタヴィアンに圧をかけたのだ。
その上で、彼の耳元で囁く。
「この方は将来私の妻となる方だ。無礼なことは許さんぞ」
すると、それまで鼻息荒くしていたスレイプニルが、すん、と大人しくなった。
というより若干ビクビクしている?
知力の高い魔物だから、多少は人間の言葉も理解する筈だけど、なんなら私に媚びるような視線すら向けてくる始末だ。
「ところで、王子の馬が凄いのはわかったのですが、私は一人では馬に乗れません」
「はい、把握しています」
「馬子が付いていれば私でも乗れますが、こんな大きな馬の横では、こちらで用意した馬が怖がってしまうかもしれません」
「そこは大丈夫です」
王子が魔馬の背中を指す。
と、そこには二つの鞍が乗せられていた。
「こちらにお乗りください」
「えっ」
王子がひらりと鞍上に。
そして、私に手を差し伸べる。
さらに、オクタヴィアンが二本の足を曲げ、階段のような足場を作ってくれた。頭の良い馬だ。
恐る恐る王子の手を取り、スレイプニルの足を踏む。
と、王子が凄い力で私を引っ張り上げた。
そのまま、すとん、と王子の前の鞍に横乗りした。
手綱を握る王子の両腕に挟まれるように座り、振り向けば、すぐそこに王子の秀麗な顔が。
近い、近い!
王子の温もりが。
ほんのり汗の匂いが。
「では、ベルティエ伯。オリヴィア嬢をしばしお借りします」
「どうぞ、よろしくお願い致します」
なんだかお父様が複雑そうな顔をしていた。
私と王子の距離感に戸惑っているのか?
私も戸惑っているんだよ?
っていうか、私も25なんだから。いい加減、子離れしなよ!
ともあれ、王子と私を乗せたスレイプニルは、ベルティエ家を出発した。
◇◇◇◇◇
鞍上から眺める王都セント・ルディアの街並み。
私と王子を乗せた八本脚の魔馬がゆっくりと騎行する。
周囲には騎士や侍従などがたくさん。
王太子ともなると当然かもしれないが、いつもこんなにたくさんの人に囲まれているのは大変そうだ。
いや、他人事ではない。このまま行くと、私もいずれこんな生活になるはずだ。
「それにしても、全然揺れないんですね」
「スレイプニルは八本足だからね。安定するんだ。軍馬として有名だが、貴婦人を乗せるのにも優れている」
「へえ、ちょっと強面だけど、あなた、気遣い上手なのね」
ブヒン、とオクタヴィアンが鼻を鳴らした。
うん、やっぱり人語を理解しているっぽいな。そして、たぶん褒めると伸びるタイプだ。
「この乗り心地なら私でも大丈夫そうです」
「それは良かった。ですが、それとは別に、少々問題が……」
あれ、何かありました?
「前が見にくいです」
王子が私を見つめる。
甘い表情ではなく、少々非難の眼差し。
それもそのはず、私のボリューミーなアフロが王子の視界を塞ぐだけでなく、先程から王子の顎や頬をワサワサと刺激していた。
「あ、ごめんなさい」
「その髪はどうにかなりませんか?」
「どうにかは、できます!」
こんなこともあろうかと用意していました。
私は腰の小物入れからヘアバンドを取り出し、頭に巻いた。
寝癖も付かない私のアフロだが、全く形状が変わらないわけではない。ヘアバンドで左右のボリュームを抑えた。
「どうですか?」
おでこ丸出しだが、これはこれで可愛いだろう?
だが、王子の表情は微妙だった。
「カリフラワーみたいだ」
えっ!?
どういうこと!?
それは褒めてる? 非難されてる? どっちなの!?
「ですが、これで、こうできますね」
と、アルヴェリオ王子が私を、ぎゅっと抱き寄せた。
もともと王子の手前で横乗りだったのだ。そのまま私は王子にしなだれかかった。
王子に抱き寄せられたまま見上げる。
と、目と鼻の距離に、私を見つめるアルヴェリオ王子の顔が。
整った顔なのは今更のこと。そんな王子が、私を真っ直ぐに見つめていた。
心臓が跳ねる。
自分でも赤面しているのがわかった。
どうしたら良いかもわからず、私はただ身体を強張らせて、見つめ返すしかなかった。
「そろそろ街を抜けます」
「あ、はい。そうですね」
王子の前に乗る私の姿は、街の人たちにどう見られただろうか。
周囲の景色を眺める余裕もない。
と、そんな時だった。
「このままだと、なかなか二人きりになれないので。振り切ろうと思います」
「はい?」
「オクタヴィアンを駆けさせますよ」
「えっ、えっ……」
アルヴェリオ王子が屈託ない笑顔を見せた。
そうだった!
この人、結構いきなり無茶する人だった!
◇◇◇◇◇
景色が凄い勢いで流れた。
王都郊外の田園風景。
王子と私を乗せた魔馬が街道を駆け抜ける。それをどこかの農夫が不思議そうに眺めていた。
「どうです、オクタヴィアンの乗り心地は?」
八本足のスレイプニルが物凄いスピードで疾走していた。
のだが、どうしたものか乗り心地は非常に良い。
「揺れないでしょう?」
だが、尋常ではないスピードなのだ。
八本足のスレイプニルとはいえ、不自然なほどの安定感。
不思議に思い、恐る恐る下を覗き込む。
と、驚愕した。
「浮いてる! 浮いてる!」
「スレイプニルは魔馬だから、浮遊するんだ。凄いだろう?」
「凄いは凄いんだけど……」
道理で揺れないわけだ。
しかも、王子が私の背中をしっかりと支えてくれている。
きっと危険はない。
「でも、怖いですよ!!」
人生で初めてのスピード感に、身体が自然と強張った。男の人に抱きつくとか、初めてだったかも知れない。
けれども、それどころではないのだ。
そんな私の様子に、アルヴェリオ王子が気づかなかったわけではない。
だが、抱きついてきた私を心配する素振りはない。むしろ笑顔で私を見つめる。
私がしおらしい女を演じているだけで、喜んでいると思っている? 確かに女が馬に乗せられた時の定番の反応ではあるんだけど。
「オクタヴィアンは速いでしょう!」
とても満足そうな笑顔。
あっ、これはひょっとしてアピールしてるつもりなのか?
格好良いところを見せてるつもりなのか?
「いくらなんでも、速すぎですよ!」
私が抗議の声と共に、王子にぎゅっと抱きつく。
冗談でもなんでもなく、スピードの恐怖からそうするしかなかったのだ。
だが、それがますます王子を喜ばせた。
「はっはっはっ、オリヴィア嬢は怖がりですね」
「普段は研究室で大人しくしているので」
「では、もう少しスピードを上げましょう。オクタヴィアン!」
違う!
そうじゃなくて!
演じてるんじゃなくて本当に怖いんだよ!
だが、そんな私の思いは通じず。
王子の片手は私をしっかりと抱き寄せ、もう片手は手綱を握り。そして、私に向かって爽やかな笑顔を見せた。
白い歯がキラーン。
そのまま、スピードをさらに上げるスレイプニル。
ぎゃーーーっ!
王子が男子すぎる!
アピールの仕方が男子!
そのまま私たちは、王都郊外を駆け抜けた。
護衛の人たちはとうに振り切っていた。
たぶん端から見ればロマンチックな王子と二人きりの騎行で、私たちはコマージュの丘へと駆け抜けた。




