96.狙い
『で?身体の劣化が少ないからどうなの?』
私が訊ねると、セオルがおなかをさすりながら立ち上がった。
「あ、えっとさ、身体の自由を奪う魔法とそれに加えて身体の状態を維持する魔法をかけるの、どっちが労力を要すると思う?」
『それは後者でしょ』
「そう、圧倒的にね」
『圧倒的?』
コクリとセオルが頷く。
「魔法の重ねがけっていうのは結構難しくて、技術も魔力も相当必要になる。それならシンプルに一つだけ魔法を使うほうが効率的でしょ。でもそうしないってことは、相手はリリーに危害を加えるつもりはない――もしかしたら、加えられない理由があるのかも」
『呪ってるのに?』
「そ、呪ってるのに。矛盾してるけどね」
呪っているくせに、多大な労力をかけて肉体を保護している。
バカみたいな話だ。
どんな理由があって、そんなことをするのか見当もつかない。
「許しがたい話だけど、やっぱり俺たちの婚約解消を狙ってるって線が濃厚だと思う」
『婚約解消?』
「それで多分、婚約が解消されたあと、リリーに求婚するつもりなんでしょ」
『へ?私???セオルじゃなくて??』
正直、そこまで頑張って私と婚約したいなんて言う物好きはいないと思う。
家柄がいいわけでも、特殊な能力があるわけでも、絶世の美女ってわけでもないのだから。
「俺狙いなら、リリーの身体を保護する理由がない」
きっぱりとセオルが言い切る。
それは確かにそうだ。
セオルが欲しいのなら、むしろ私の身体は悪くなった方がいいし、なんなら死んでしまう方が都合がいいだろう。
『……身体の維持をしている術者が違うって可能性は?』
「ないとは言えない、けど事情を知ってる人間でなければ説明がつかない。呪いをかけられた状態でなければ、必要ない魔法だからね」
なら、呪いをかけた人物の傍に私の身を案じる人が?
でも身体の維持……なんて難しそうな魔法を使えて、私に近しい人物なんて、ここにいるセオルやオスカー、フィリーおじさまくらいしか思いつかない。
彼らが術者であるとは思えないし、謎は謎のままだ。
「なあ、思うんだけどさ、婚約解消が狙いなら、割とヤバい状況なんじゃね?」
オスカーが言う。
どうしてそんな考えに行き着いたのかわからず首を傾げる。
「お前がこの状態になって、もうずいぶん経つだろ。なのに婚約解消される気配はまったくない。セオルは足繫く子爵家に通ってる――ってか住み着いてるし、伯爵家がリアの病状回復に尽力してるってのも周知の事実だ。そうなると、相手は焦ってくるだろ」
「そうだね。強硬手段に出られたらたまらない」
苦々しくセオルが吐き捨てる。
その言葉にオスカーが眉を寄せ、ため息をついて続ける。
「屋敷に忍び込んで夜這い、とかな」
夜這いって、誰に?私に??
現実感が無くて、顔が引き攣る。
それを恐怖心ととらえたのか、おじさまが「こら」とセオルとオスカーを注意する。
「怖がらせるようなことを言うんじゃない」
「でも、可能性はある」
「そうならないよう、屋敷には結界も施しているんだろう?とくに、リアちゃんの部屋には厳重に」
「それはもちろん。抜かりなく」
深刻な感じで話がどんどん進んでいく。
このまま私狙いの線で視野を狭められては困る。
『ま、待ってください!可能性は……ゼロじゃないとしても、相当低いんじゃないですか?どう考えても、そこまでして私を手に入れたい人がいるとは思えません。容姿は十人並みだし、何かに秀でているわけでもないし』
「は?」
『何?うわっ、顔こわっ』
私の肩をセオルがガシッと掴んできた。
目が据わってるし、殺気立ってるし、子どもが見たら泣き出しそうな顔で凄んでくる。
「リリーはもっと自覚を持つべきだと思う」
ゆっくりとした、でも強い口調でセオルが言う。
ちょっと怖い、けど拳を握って反論を口にする。
『でも誰かに言い寄られたこととかないし、セオル以外の人からダンスに誘われたこともないもの』
「許されないことだからね」
『だから怖いって』
セオルは目が曇りきってるから無理だ。
仕方なくオスカーとフィリーおじさまに助けを求めようと視線を向ける。
『2人からも言ってやってください』
「……あぁ~、これは――弊害が出てるな」
「そうだなぁ。やりすぎだと思ってたんだよなぁ」
『そうですよね?』
「いや、そっちじゃない。お前のことだよ」
『はぁ?!』
助け舟を出してくれるかと思いきや、呆れた顔を向けられてしまう。
オスカーはまだしも、おじさままで困ったような表情で私を見るのはやめてほしい。




