91.瞳の中
「よし、次は視えない者たちだな。ヒンス」
「は、はいっ」
おじさまに促されて、ヒンスさんがこちらへ近づいてくる。
すっと差し出された手が、わずかに震えていた。
それもそうだろう、人間だれしも、得体のしれないものは怖いはずだ。
『ごめんなさい……』
そう呟いて、そっと手を重ねる。
確かな感触。
触れた瞬間、びくっと手が揺れたので、ヒンスさんも私の手の感触を感じたのだろう。
「体調に変化はないか?」
「あ、ありません」
「リアちゃんは?」
『私も大丈夫です』
おじさまに確認されて頷くと、それからまた数人の人の手に触れた。
「接触に問題はなさそうだな。それじゃあ子爵に」
「できた!」
「おー、かわいい」
おじさまの真面目な声をかき消すようにオスカーが言い、セオルが間の抜けた声で続いた。
検証のさなか、オスカーはせっせと私の髪を編み続けていたのだ。
もういいと言ったのだけど、途中でやめるのは気持ち悪いと続行を主張された。
言葉を遮られたおじさまも怒ることなく、私の髪をまじまじ見つめて「お前やっぱり器用だなぁ」なんて言っている。
一気に緊張感が消え失せてしまった。
「そーだろそーだろ!自信作」
そう言ってオスカーが胸を張る。
その自信作を自分で見ることができないのが残念だ。
そう思って、はたと気づいた。
そういえば――
「り、リリー?」
じっとセオルの瞳を覗き込むと、セオルが戸惑いの声を上げた。
それを無視して、瞳の中の光景に集中する。
そして、あぁやっぱり――そう確証を得た。
「おーおー、可愛いとこもあるじゃねぇか」
「そうしてると年相応に見えるのになぁ」
オスカーとおじさまに言われて、ようやく至近距離にあるセオルの顔が真っ赤に染まっていることに気づいた。
今まで散々恥ずかしいことを言ったりしたりしてきたセオルが、こんなに照れている姿が珍しくて、熱が伝染してしまう。
じわじわと頬が熱くなるのを止められずにいると、オスカーが「2人揃ってりんごみたいになってんじゃん」と笑った。
その隣でおじさまが「いや、ふたつ並んでるからさくらんぼ?」なんて大喜利を重ねてくる。
私は恥ずかしさを振り切ろうと首を横に振り、次はオスカーの瞳を覗き込んだ。
「おっ?なに、意趣返し?」
『違う、確かめてるだけ』
「確かめる?なにを?」
背後から「は?」とか「浮気?」とか冤罪をかけられてる気がするけど、無視して検証を続ける。
本当はフィリーおじさまの瞳も覗きたかったけど、さすがに失礼すぎるからやめておく。
「確かめ終わったか?」
『うん。あともう1個』
「まだあんの?俺、そろそろお前の婚約者に睨み殺されそうだけど」
ケラケラ笑いながら言われたら、緊迫感が足りない。
苦笑しつつも検証のためにお願いをする。
『オスカーはそのままここに立ってて。私もここに立ってるから。私の後ろから、お父様にオスカーの瞳をみてもらいたいの』
「え?お前越しに俺が子爵と見つめあうの?ちょっと気まずいけど」
『それはそうだろうけど、セオルとお父様が見つめあう方が危ない気がするから』
「あぁ~~……ま、いいぜ」
私を間に挟んだ状態でお父様がオスカーの瞳を覗き込まなきゃいけないから、だいぶ距離を詰めないといけない。
正直気恥ずかしいが、仕方ない。
きっと私よりもお父様の方が気まずいだろうし。
「これ、ちょっと照れるな」
『全然照れてる顔してないけど』
「そうか?俺、顔に出ないタイプだし」
『なるべく大きく目を開けて』
「よしきた、任せろ」
ぐっとオスカーが目を見開く。
羨ましいほどの瞳の大きさだ。
「これに一体何の意味……が……?」
困惑の声を上げたお父様が、途中で言葉を詰まらせる。
どうやら実験は成功したらしい。
「子爵?」
「リ、リア……」
「へ?」
「リア!!!!!」
「うわっ、ちょ!」
「あれ?見えなくなった?」
勢い余ったお父様が、私の身体をすり抜け、オスカーの肩を掴む。
すり抜けられるように意識していなければ、お父様に押された私はオスカーに激突していただろう。
我ながら良い判断をした。




