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89.髪

 すぐに両親の部屋を訪ねたが、すでに父は仕事に出たあとだった。

 今日は朝から会議があるとかで、早い時間に家を出たらしい。

 昨日からの変化をお母様に軽く報告し、私もセオルとともに魔法省へ向かった。


「や、リアちゃん」


 私の姿を見るなり、フィリーおじさまが声をかけに来てくれた。


『フィリーおじさま、ごきげんよう』

「具合はもういいのかい?目覚めなくなったと聞いて、心臓が止まるかと思ったよ」

『ご心配をおかけして申し訳ありません、もう大丈夫です』


 ほっと息をついたおじさまが、チラリと私の髪に視線を向ける。

 どう話を聞けばいいのか気遣わせているのかもしれない。

 こちらから切り出そうと口を開いたとき――


「あ!!!!リア!!?」

『お、オスカー?』

「あぁっっっ!!!髪が!!!」


 勢いよく飛んできたオスカーが、私の髪をわしづかみにする。


『ちょっ、ちょっと』

「どうしたこれ!お前、髪は大事にしねーと!……ってか綺麗に染まってんな。どーやったんだ、これ?」2

『自分で染めたわけじゃないってば!勝手にそうなってたの!』

「こ、こらオスカー!レディ相手に乱暴なっ」

「あ わりぃ」


 おじさまに注意され、オスカーが私の髪を離す。

 ほっとしているとぐっと顔を覗き込まれた。

 至近距離で見るルビー色の瞳は、引き込まれそうな美しさだ。


『な、なに?』

「心配したんだからな」

『うん。ごめん』

「元気なんだよな?」

『うん、元気』


 私が答えると、オスカーは「よし」と頷いた。

 それから次は優しく私の髪を掬い取る。


「この髪、触ってもいいやつ?」

『多分?』

「じゃあ可愛くしてやる」

『へ?』


 いきなり何を言っているのか。

 突拍子のない発言に戸惑っていると、ここに座れとセオルの席に腰かけさせられた。


「まとめる?」

『えっ?ま、まとめる』

「ハーフ?全部?」

『……ハーフ?』

「おっけ。編み込んでもいい?」

『うん』

「よし、任せとけ」


 言い終わるやいなや、オスカーの長い指が忙しなく動き、サイドの髪から編み上げていく。

 相変わらず器用だ。

 私が自分でやろうとしても、同じようにできる自信はない。


「へえ、上手いもんだね」


 感心したようにセオルが言う。

 オスカーも「まあな」と自慢げだ。


「あ、婚約者の髪に触れるなとか言う?」

「普通はね」

「やめとく?」

「いや、いいよ。リリー嬉しそうだし、可愛いリリーの姿なんていくらでも見たいし」

「おー、寛容」


 ケラケラとオスカーが笑う。

 その間も手は止まらず、動き続けている。


「いや……ちょっと待て」


 制止したのはフィリーおじさまだった。

 オスカーが手を止め「ん?」と不思議そうに声を漏らす。


「お前、なんとも思わないのか?」

「は?なにが?本人にも婚約者にも許可取ってるけど」

「いや、そうじゃなくて……え?俺がおかしいのか?」

「いやご子息が変っスね」

「だよな?!」

「は?俺?」


 ランスさんから同調を得たおじさまに、オスカーが不機嫌そうな声で返す。

 上の世代の人からすると、了承を得たとしても、家族でも恋人でもない相手の髪に触れるのは看過できないものなのだろうか。


『オスカー、やめとこ』

「えぇ?せっかくここまで編んだのに」

「もったいないな。あとちょっとでしょ?やりきってもらいたいところだけど……課長ってそんなにお堅いタイプだったっけ?」

「頭は柔らかい方だと思ってたんだけどな」


 深々とオスカーがため息をつく。

 確かにここでやめるのはもったいない気がするけど、おじさまの気分を害してまでやることではない。


「いや、論点はそこじゃなくて」

「は?」

「髪は……やってあげたらいい。そんな残念そうな顔されたら止められない」

「じゃあ、何が……」


 困惑するオスカーの声を聞いて、はたと気づいた。

 そういえば、大事なことをまだ報告できていなかった。


『あの、そういえば、私、触れるようになったんです』

「だよね???」

「え?あ、まじだ!!」

「今は精神体ってことでいいのかな?」

『はい。すり抜けることもできます』

「何それっ!?」


 おじさまの困惑ぶりにも納得だ。

 実体を持たないはずの私の髪に、ごく当たり前のようにオスカーが触れてアレンジしているなんて、そりゃあ驚くだろう。

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