86.寝かしつけ
「朝まで時間もあるし、そろそろ寝よっか」
『そうね』
「俺は部屋に戻るよ。ずっとここにいたいけど、子爵にいい顔されないだろうし」
『うん。おやすみなさい』
「ん。でも心配だから、いっしょに寝よ」
『は?』
「お願い」
子どものおねだりのようにかわいくお願いされても、さすがにそれはまずいだろう。
『いや、結婚もまだだし』
「何もしないよ?」
『そういう問題じゃなくて』
「でもリリーもさ、俺が近くにいた方がいざというとき安心じゃない?俺、それなりに強いし」
ね?と首を傾げられる。
確かに魔法省のエリートは実力もあるだろう。
それはわかっているが、それはまた別の話だ。
『私は眠くないから大丈夫。朝まで起きてるし、何かあったら起こしに行くから』
「そーなの?じゃ、このままおしゃべりしとこ」
『いや、そっちは寝ないと。明日も仕事でしょ』
「リリーがそばにいないと不安で寝れないー」
『真顔で嘘をつくな』
あまりにも棒読みでいうものだから、つい笑ってしまった。
セオルは頬を緩めた私を見て目を細め「それにさ」と続ける。
「気になってたんだよね」
『何が?』
「その状態でもリリーは眠れるのかどうか」
『その状態?』
「うん。今までさ、眠くなったら身体に戻ってたでしょ」
『そりゃまぁ』
「精神体のままで眠るかどうか、確かめてみない?」
『……それ必要ある?』
気にならないと言えば嘘になる。
でもわざわざ調べるメリットが浮かばない。
「リリーは精神体のままずっと起きてられる?」
『……多分無理』
「どうして?」
『この身体で動き回ったあと、肉体に戻ると強い倦怠感があるから……多分、精神疲労が肉体疲労として現れるんだと思う。精神体のときは疲労感はないけど、肉体の体力が限界を迎えたらヤバい気がする』
「そうだね。強制的に肉体に戻ることになるか、あるいは――」
『身体の方が死んじゃうかも』
「……言わないでよ。言葉にしたくないから濁したのに」
『え、ごめん』
拗ねたような目で見られて、とっさに謝る。
でもこういうことはちゃんと言葉で確認しといた方がいいと思うんだけど。
「ま、とにかくリスクがあるわけでしょ?でも精神体のまま休息をとることができれば、すぐに肉体に戻れないときに体力回復に努めることができる。いざというときに備えて、必要な検証だと思わない?」
『まぁ……そーかも?』
「もしかしたら、眠った瞬間肉体に戻っちゃうかもしれないし」
『あぁ、それもあり得るか』
「なんにせよ、備えあれば憂いなし。いい機会だから試してみよう」
そう言ったセオルが私の手を握った。
そのままぐいぐいと手を引かれる。
『ちょ、待って?寝るんでしょ??』
「うん、俺の部屋でね」
『なんでぇ??自分の部屋で寝るって』
「そしたら何かあっても気づけないじゃん。いっしょに寝るのは絶対だよ。問題は場所だけ」
『いつのまにか話が進んでない?!』
抗議の声をあげながらも、腕をひかれるまま、セオルの部屋に連れてこられてしまった。
はいどーぞ、とベッドを示されたところで、眠れるわけがない。
「しょうがない。寝かしつけてあげよう」
『は?ばかなの?』
「トントンする?子守り歌?腕枕もいいね」
全然よくない。
それなのに、先にベッドに入ったセオルに腕を引かれ、腕の中に倒れこんでしまった。
近い、やたらと近い。




