83.攻防
セオルの指が、そっと私の頬に触れる。
顔をあげると、セオルが目を細めた。
「……触れる」
『うん……』
「わかんないことは多いけど、でも、嬉しい」
『――うん』
漆黒の瞳にうつる私は、泣きそうな顔をして笑っていた。
だんだんと近づいてくる瞳をぼうっと眺める。
眺める、けど――さすがに近くない?
『ちょっ……と!』
「んー?」
『さすがに距離が』
「うん」
苦言を呈したつもりなのに、なぜか離れるどころか、さらに距離を詰めてくる。
視界いっぱいにセオルの整った顔が広がって、私は思わず腕を突っぱねて距離を確保した。
「あ、とめられちゃった」
『はっ?!』
「残念」
ふっとセオルが笑って、かっと顔に熱が集まった気がした。
『な、何しようとしてんの』
「ちゅー」
『は?』
「だってさ、触れる。感覚もある。だったらやることは一つでしょ」
『へ?な、なに言って』
「ちゅーしよ」
『そうはなんないでしょ!』
さっきから真面目な顔で、何をふざけたことを言っているんだ、コイツは。
でもセオルは意外そうに目を丸くして「えぇ?」と首を傾げる。
「だめだった?」
『だめに決まってるでしょ!ばか!どさくさに紛れてっ』
「紛れたつもりはないけど」
きょとんとした顔でよくものうのうと。
『あ!!』
「わ、びっくりした」
思い出した。
『さっき!!ほっぺた!!』
「え?ほっぺ?」
『口当てたでしょ』
「うん」
『うんじゃなくて!』
「リリーって、いつも甘くていい匂いがするからさ、涙も甘いのかな~って思ったんだけど、しょっぱかった」
『え、きもっ』
「さすがにひどくない?」
勝手に頬にキスしてきて、味の感想とかどういう神経してんだ。
変態か。
「でもおいしかったよ」
『は?』
思い切り睨みつけてやったのに、セオルは嬉しそうに笑うばかりだ。
それどころか、ぐっと距離を詰めてくる。
「かわいいね、リリー」
甘ったるい視線を向けられてそんなことを言われたら、顔から火が出そうだ。
さっきみたいに突っぱねてしまいたいのに、いつの間にか両手を捕まえられている。
至近距離まで顔が近づいてきて、焦りばかりが増していく。
『ちょ、やだって』
「んー、やなの?」
『や、やだ』
「俺のことやだ?」
上目遣いでそんなことを訊ねられても困る。
『そ、そーじゃない、けど』
「けど?」
『わ、わかるでしょっ』
「わかんない」
『~~~っ!恥ずかしいの!察しろよ!!』
勢い任せに怒鳴りつけたけど、依然距離は近いままだ。
吐息を感じるほどの距離に、頭が真っ白になりそう。
「でもさ、それじゃいつまで経ってもちゅーできないじゃん」
『……ちゅーって言うのやめて』
「え~?じゃあ、キスしたい」
『……もっとダメ』
「うぅ~ん……じゃあ口づけ?接吻?」
『と、とにかくだめ!』
言い方の問題じゃないと察してくれはしないだろうか。
正直、小説なんかでこういうシーンはたくさん目にしたことがあるけれど、物語を読むのと自分が経験するのではまったくの別物に思える。
恋愛小説を読んでいるときは、こういうシーンに憧れたものだけど、現実では刺激が強すぎる。
「じゃあ……ほっぺは?」
『は?』
「それかおでこ」
『は??』
「んー、じゃあ手」
急に何を言ってるんだ、コイツ。
若干パニックになりながら、視線をうろうろと彷徨わせる。
正直距離が近すぎて、どこに視線を向けてもセオルしか見えない。
まっすぐ目を見るのはどうにも恥ずかしくて、視線を落とすと、唇が目に付いてどぎまぎした。
「譲歩してるんだけど」
『じょ、譲歩?』
「リリーが気持ち悪いからやだっていうんなら、我慢する。無理やりして嫌われたくないから」
『う』
「でも、そうじゃないなら許してほしい。……だめ?」
私の顔を覗き込むように首を傾けたセオルと、目が合ってしまった。
そんな可愛い顔して、上目遣いで――なんていうか、断れない空気だ。
『そ、そんな甘えた顔でみられても』
「お願い」
『~~~~もうっ!く、口はダメだからね』
耐え切れなくなってそう叫ぶと、セオルは口元を綻ばせて「やった」と小さくつぶやいた。




