82.静電気
『は?え?』
「あ、今気づいたの?」
間抜けな声を漏らした私の顔を覗き込むようにして、セオルが言う。
『千里眼で抜け出してきたから、多分、精神体。壁もすり抜けたし』
「すり抜けてきたの?」
『うん』
「つまり、すり抜けたり触れられたりするようになったってこと?ちょっとこれ、持ってみてくれる?」
セオルが枕を差し出す。
恐る恐る手を伸ばすと、ふかふかと柔らかな感触に触れられた。
「じゃあ、すり抜けられる?」
すり抜ける……って、どうやって?
ぎゅっと抱きしめた枕を見てしばし考えるも、今まで意識せずにすり抜けてきたので、やり方がわからない。
とりあえず、念じてみるか?
すり抜けろ、すり抜けろ~~
『あ』
ぽふっと軽い音を立てて、枕が転がった。
その一部は、すり抜けた私の膝に重なっている。
「もう一回持てる?」
『……やってみる』
自分と重なっている枕を持ち上げるって、変な感じだな。
そう思いながら枕に手を伸ばす。
『あれ』
「ん?できない?」
『いや、多分持てる。けど』
「けど?」
『自分に重なってる部分は触れない』
「どういうこと?」
『自分の身体をすり抜けることはできないってこと』
さわさわと枕に触れる。
枕の感触に確かに触れることができるけど、膝に重なっている部分は自分の身体に阻まれて触れられない。
膝と重なっていない部分をつまみ上げるようにして持ち上げると、枕はまたすんなりと私の腕の中に納まった。
「確かに触れてるね」
『うん』
「感触もあるんだよね?」
『うん。多分、匂いとかも感じるようになってる』
「匂い?……え、あれ、もしかして俺、くさい?お風呂はちゃんと入ったんだけど」
『へ?いい匂いするけど?』
「うっっっ」
また胸を押さえた。
セオルってこの仕草よくするな、なんて思いながら、ベッドチェストに置いてあった水差しに触れてみる。
ガラスの滑らかな感触とひんやりとした温度が心地いい。
『多分』
「……ん?」
『混ざったせいだと思う』
「混ざった?」
『うん。ラナと』
さっき見た夢を思い返しながら呟くと、セオルは「また会ったの?」と目を丸くした。
こくりと頷いて、ラナの姿を思い浮かべる。
『小さくなってた』
「小さく?」
『うん。前は大人の姿だったのに、子どもになってた。でも、ラナだって言ってた』
「本人が?」
『ううん。ラナといっしょにいた男の子』
「……そいつ、何者かわかった?」
『や、わかんなかった』
少なくとも、普通の子どもでないことは確かだ。
彼の言動は幼い子どものそれではなかったし、不思議な気配がした。
「それで、混ざったって言うのは?」
『あ~~っと、ラナが急にしがみついてきて』
「うん」
『すっごく熱くて、離れようとしても離れられなくて』
「え」
『そしたら男の子が、混ざっちゃうって叫んで』
思い返してみても、ただ熱くて、苦しかったことしか思い出せない。
本当にラナと混ざってしまったのかも定かでないと告げると、セオルが小さく舌打ちをした。
「なんなのそいつ、俺のリリーに何してくれてんの」
吐き捨てるようにセオルが言った瞬間、パチッと何かが弾けるような音がした。
なんだろう、静電気?
『あ、それで髪も』
そう言って、自分の髪の毛先をセオルに見せる。
相変わらず毛先だけが、黒いインクに浸したように染め上げられている。
「は?!なにこれ、リリーのきれいな髪が……っ!ほんと何してくれてんだ、そいつ――っっっ!?」
セオルが言い終わるかどうかのタイミングで、またパチチッと音が鳴り、セオルが顔を顰めた。
「いった……」
『え?何?』
「なんかパチッと来た。リリーは?大丈夫?」
『うん』
何かが弾ける音は聞こえたけど、痛みは感じなかった。
でも、これが2回続けて――偶然にしては、何かがおかしい。
『もしかしたら、ラナが怒ってるのかも』
「は?……あ、悪口言ったから?」
『うん。だって文句言ったタイミングだったし』
「は?俺のリリーに手を出しといて……うっざ」
バチッ!
また強い音が鳴って、セオルが眉を寄せた。
当たりだ。
さすがに3度目ともなれば、断定してもいいだろう。
「意味わかんないんだけど。腹立つ」
パチチッ。
『ちょ、何で煽ること言うの?』
「むかついたから」
パチッ!
『やめてってば!』
「え、やっぱリリーも痛い?ごめん」
『いや、痛くはないけど』
「そうなの?じゃあいーじゃん」
『よくない!だめ!』
「えぇ?……わかった」
不満そうに唇を尖らせて、セオルが口を噤んだ。
忌々しそうに寄せられた眉を見ていて、なぜか胸の奥の奥がチクリと痛んだ気がした。
傷つくことなんてひとつもなかったのに、なんでだろ。
気のせい?
首を傾げながら、私は枕をぎゅっと抱きしめた。




