表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/107

81.変化

 目を覚ますと、窓の外はまだ暗いままだった。

 まだあの熱が身体を支配しているような気がして、身を震わせる。


( 千里眼 )


 熱から逃げるように、肉体から抜け出す。

 そのとき、違和感に気付いた。


『あ、れ……』


 ふわりとたなびく自分の髪。

 菫色のその先端が、黒く染まっている。


『え、な、なにこれ、なにこれっ!』


 毛先の15cmほどだろうか、夢に見たラナの髪のように黒い。

 慌てて生身の自分の髪を確認すると、そちらは菫色一色のままだった。


 なにこれ、え、《《まざっちゃう》》――って。


 男の子の言葉を思い出す。

 溶けるように私にくっついたラナを思い出す。


『え、ほんとに、混ざった……の?夢じゃなくて?』


 問いかけても誰も答えてはくれない。

 あれは夢だったはず。

 そのはずなのに――


 恐ろしくなって、私は部屋を飛び出した。

 そして一目散に、《《2つ隣の》》客室に入り込んだ。


 ベッドの中では、セオルが規則正しい寝息を立てていた。

 私はその肩を必死に揺すって、切羽詰まった声で何度も名前を呼ぶ。


『せ、セオル、セオルっ、起きて、ね、起きてっ』

「うぅ~~ん」

『セオル、セオルってば』

「う、ん……?リリー……?」


 眠い目をこすりながら、セオルがうっすらと瞳を開ける。

 どしたの、と柔らかな声で問いかけられて、私は思わずその胸の中に飛び込んだ。

 そのままぴったりとくっついて、胸元に顔をくっつける。

 とく、とく、とくと穏やかな心臓の音が聞こえてきて、少しだけほっとした。


 なんだか、ミルクのような甘い香りがする。

 こんなにくっついたことはなかったから、彼の匂いに包まれているのは不思議な感じだ。


「リリー?!」


 さっきまでのぼんやりしたものとは違う、はっきりとした声。

 どうやら完全に覚醒したらしい。


 そういえば、今は何時なのだろう。

 安眠を妨害してしまったことに罪悪感を覚えたけれど、今はもう少しだけ、こうしてくっついていたい。


「え、ちょ、え?えぇ???リリー?」


 ……ちょっとうるさいな。

 空気を読んで優しく抱きしめてはくれないものだろうか。

 ちらりと見上げると、セオルは両手をあげて、目を白黒させている。


「え、なにこれ、夢?妄想?リアリティありすぎじゃない?」

『うるさい』

「うわ、なに、かわいいんだけど。え、なに?ほんとなに?俺死ぬの?」


 意味不明なことばかり言っているセオルを無視して、額をぐりぐりと押し付ける。

 さっきまで眠っていたせいか、温かくて心地いい。


 そうっと、セオルの手が私の頭に触れた。

 壊れ物を扱うように、優しく撫でられるのが気持ちいい。

 もっと撫でてほしいのに、その手はあえなく離れて行ってしまう。


 じわ、と視界が滲む。


『なんでやめるの』

「え、え?何を?」

『いじわる』

「え?!い、いじわるしないよ!えっと……?」


 恐る恐る、といった様子で、セオルの腕が私の背中に回された。

 そのままきゅっと抱きしめられて、私は息をついた。

 撫でられるのもいいけど、こっちも好き。


 耳を澄ませれば、セオルの心臓の音が聞こえてくる。

 さっきまで落ち着いた音だったのに、今は早鐘を打つように忙しない。


『え、死ぬの?』

「え、やっぱり俺死ぬ感じ?」

『死なれたら困るけど』

「いや、でも」

『これ人間の心臓の音として大丈夫なやつ?』

「えぇ、でも、こんな……えぇ~~」


 さっきから意味をなさないことばかり言うセオルに首を傾げる。

 見上げたセオルの顔は暗くてよく見えないけど、どこか困ったような表情に見えた。


『……やだったってこと』


 腑に落ちて、私は唇を尖らせる。

 涙が溢れそうになって、隠すようにうつむいたら、雫がこぼれた。

 腕を突っぱねて離れようとしたら、引き留めるように背中に回された手に力がこもった。


「いやなわけないじゃん」

『うそつき』

「嘘じゃないって。ただちょっと、びっくりしてるっていうか、戸惑ってるっていうか」

『なにそれ』

「だから泣かないで。かわいいお顔見せて」


 そのまま頬を両手で挟まれて、優しく上を向かされる。

 漆黒の瞳に映る私は、迷子の子どもみたいな情けない顔をしていた。


「一個だけ、聞いてもいい?」

『……なに』

「今のリリーはさ」

『……?』

「生身のリリー?それとも、精神体のリリー?」


 は?生身なはずないじゃん。

 そう言おうとして、気づいた。


 温かい体温。

 背中に回された力強い腕の感触。

 甘いセオルの匂い。


 頬を伝う涙を拭うように、セオルの唇がくっつく。

 少しかさついた柔らかなそれ。


 そのどれもが、今の私が《《感じることのできないはずのもの》》だと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ