79.別人
『神殿……行ってみようかな』
ぽつりと呟くと「ダメ」と瞬時にセオルが返答した。
突然の言葉に驚いたお父様とお母様にセオルが私の発言をそのまま伝えると、二人からも反対の声が上がる。
「リリー、神殿にも魔力量の多いやつはいる。そもそも犯人だっているのかもしれないのに、危なすぎるよ」
『でも』
「リリーを助けるために情報が必要なのに、リリーが危ない橋を渡ってたら本末転倒でしょ。一番大切なのはリリー。それだけは忘れないで」
大切なもの。
そのフレーズに、またあの夢のことを思い出す。
間違えないで、と確かに言った。
あの人の示す「大切なもの」っていったい何なんだろう?
少なくとも、自分の身を大事にしろと言われているようには思えなかったけれど。
そもそも、彼女は本当にラナなのだろうか?
クレイオスが仕えた聖女?
『ねぇ、聖女様の肖像画って、神殿に残っていないのかな?』
「聖女の肖像画?どしたの、急に」
『あ~、実はさっき』
夢かどうかわからない、あの不思議な場所でのことを話した。
お父様とお母様には、セオルが私の話をそのまま伝達してくれる。
「……聖女様の肖像画なら、確か倉庫の中にあるはずだが」
ポツリとお父様が呟く。
『倉庫?』
「なぜまたそんなところに?」
「聖女様がご健在だったころ、その姿絵が多く流通していたのです。小さなものは比較的安価で、我が家でも手に入れることができたそうで」
当時、貴族ならば聖女様の姿絵を1枚は有しているのが一般的だったそうだ。
あくまで美術品としての販売ではなく、神殿への寄付の返礼品として配布されたものらしい。
お父様の案内で、倉庫へ向かう。
古めかしい古美術品が多数納められたその部屋に足を踏み入れるのは、初めてのことだった。
「こちらです」
奥の方からお父様が小さな箱を取り出す。
手のひらほどの大きさのその箱を開けると、紫紺の布がでてきた。
それをめくると、女性が淡く微笑む絵が納められている。
『……違う』
絵にうつっていたのは、桃色の髪のふんわりと可愛らしい雰囲気の女性だった。
夢に見た彼女の髪の色は黒、根本は私に似た紫。
涙に暮れていたけれど、可愛いというよりもきれいという言葉が似合う人だった。
『やっぱりただの夢だったのかな』
「……どうだろう、もしかしたら、もっと前の聖女なのかも」
『でもラナって言ってたし』
「同じ名前の聖女が、過去にいなかったとは言えない」
さすがに無理があるだろう。
そうは思ったけれど、どちらにせよ断言はできない。
「うちにも、聖女の姿絵は残っていると思う。そっちも確認してみよう」
『さすがに違う人が描かれてるってことはないんじゃない?』
「そうかもしれないけど、何か感じることがあるかもしれないでしょ」
『じゃあ、さっそく』
「でも今日はダメ」
『なんで?!』
「リリーにとっては一瞬の出来事だったかもしれないけど、1週間意識が戻らなかったんだからね?今日はとにかく健康チェック。徹底的にやるから、覚悟しててよ」
『えぇっ?!』
徹底的な健康チェックってなんだ!
そう突っ込んでやりたかったけど、セオルの瞳があんまり真剣だったから思わず頷いてしまった。
お父様とお母様も心配そうな顔をしているし、仕方がないだろう。
「じゃあ、部屋に戻ろうか」
そう言ってセオルが私に手を差し出す。
だから、触れないんだってば。
唇を尖らせながら、差し出された手に自分のそれを重ねる。
セオルは目を丸くして、それから嬉しそうに目を細めた。
嬉しそうな顔、可愛い。
気づけば頬が緩みそうになって、ふいっと顔をそらした。




