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78.目覚め

 目が覚めると、私は自室のベッドの中にいた。

 動かない身体……実体の中にいるらしい。


 うっすらと開いた瞳で周囲を見渡すと、枕もとに誰かが座っていることに気が付いた。

 うなだれていて顔は視えないけれど、このふわふわの髪はセオルだろう。


( 千里眼 )


 ふわりと浮上する私を追うように、セオルが顔を上げた。

 血の気の引いた顔、少し赤くなった目元。


『え?ど、どしたの?』


 思わず顔を覗き込むと、セオルが小さな声で私の名前を呟いた。


『ん? なに?』


 こてんと首を傾げると、セオルの瞳から雫がこぼれ、シーツに丸いシミを作った。

 私は困惑したまま、茫然とセオルを見つめる。

 泣き顔、初めてみた。


『な、なんで泣いて』

「リリー……急に消えちゃって……どこにもいなくて、目を覚ましてくれなくて」

『え?あ、あれからどうなってたの?』

「わかんない。リリーにもう会えないんじゃないかって、怖くて、俺」

『どのくらい時間たった?』

「一週間……一週間、ずっと起きなかった」


 体感としては、ほんの数時間程度の感覚だったのに、そんなに時間が経っていたなんて。

 とめどなく溢れる涙をぬぐうこともせず、幼い子どものようにたどたどしく喋るセオルが愛おしい。


『ごめんね』

「うん」

『よしよし』

「……撫でれてないよ」

『仕方ないでしょ』


 そう言って口を尖らせると、ようやくセオルの表情が和らいだ。

 セオルは涙を乱暴に拭って立ち上がる。


『どこ行くの?』

「子爵のとこ。いっしょに行こ」

『お父様?』

「心配してる」


 ズビ、とセオルが鼻をすすった。

 拭いきれない涙が袖を濡らしているのを見て、胸がいっぱいになる。


 あぁ、愛されている。

 セオルの執着は存分にわからされていたが、そう実感したのは初めてのことだった。


 大切なものを絶対に間違わないで。

 ふいにさっきの夢のセリフが甦る。

 いや、あれは本当に夢だったのか――それとも?


「リリー?」


 いつの間にか、お父様の執務室の前についていた。

 ついつい深く考え込んでいた私を、不安げにセオルが覗き込む。


「大丈夫?気分悪い?」

『ううん、ちょっと考えごとしてただけ』

「本当?」

『ん。ノックして』


 そう促すと、セオルは心配そうな顔のまま扉を叩いた。


 私が目を覚ましたことを知り、お父様はすぐにお母様を呼んでくれた。

 顔色の悪いお母様は、少し痩せたみたいだ。


「リリーの姿をおふたりにもお見せしたかったのですが」

「いや、結構です」

「ええ。また目を覚まさなくなっては、心臓がいくらあっても足りません」


 聖女の指輪を使えば、両親と直接話ができるのに。

 そう思わないわけではなかったが、お母様が言うように、また数日間意識を失ってしまってはたまらない。

 それに、次も目覚められるという保証はないのだ。


「それで、調査の件なのですが」

『調査?』

「ああ。周囲の人間に、聖女や神殿関係者とつながりのある人はいないか調べてもらっていたんだよ」

「……ひとりだけ」

「見つかったんですか?」

「ええ。騎士のレイドという者の妹が、高位神官と婚姻関係にあることがわかりました」

『レイドって……』


 前に、裏門でロザリーと話をしていた男だ。

 やっぱり二人は、呪いに関係があるのだろうか。


「取り調べますか?」

「……証拠に欠けますね。もう少し情報が必要です」


 苦虫をかみ殺したような顔で、セオルが言う。


 お嬢様、と笑うロザリーの顔が頭をよぎる。

 陽だまりのような優しい笑顔の裏で、私を貶めようとしていたのだろうか?


 あれから、屋敷内で私はロザリーのことを観察するようにしていた。

 覗き見ていることに罪悪感は覚えたけれど、疑惑を払拭するためだと自分に言い聞かせて。

 働き者のロザリーは、私の世話のほか、屋敷の雑務に忙しなく動き回っていて、不審な動きはしていなかった。

 あれ以来レイドと会話しているところも見かけなかったし、怪しい動きは一切見せていない。


 ただ、一点だけ気になることがあった。

 時折、思いつめたような顔をしてぼんやりと遠くを眺めていることがあるのだ。

 もしかしたら、罪の意識に苛まれていたのだろうか?

 それならば、思い直してはくれないだろうか?

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