73.書庫
書庫の一番奥まで進むと、鍵のついたドアがあった。
この先には、とくに貴重な本が収蔵されているらしい。
そんなところに入ってもいいものかと悩んだが、お義父さまが手招きするからきっといいのだろうと判断して足を踏み入れる。
書斎程度の広さの部屋の中には、見るからに古そうな本や、装飾に宝石が使われている本などが並んでいる。
また別の一角には、帳簿など、おそらく伯爵家の重要な文書が納められていた。
「あった、これだ」
お義父さまが、一冊の本を手に取った。
クレイオス・ラース・グレイ。
それが、聖女に仕えた騎士の名前。
『愛しの《《ラナ》》に捧ぐ?』
「あぁ、クレイオスは聖女様を大層慕っていたようでね」
『ラナ様というのが、聖女様のお名前なのですか?』
「おそらく、聖女として選ばれる前の名だろう。聖女様は神殿に入る際、世俗とのかかわりを絶つために名を変えられるから」
そして二度と、元の名で呼ばれることはない。
それが神様から与えられた使命だとしても、元の名を捨てて神殿に入った聖女様は、どれほど心を痛めたことだろう。
想像するだけで、胸が苦しくなる。
孤児として生まれ育った聖女様には、もしかしたらそれまでの人生に未練はなかったのかもしれない。
それでもきっと、孤児院でともに育った家族と離れ離れになるのは、つらかったはずだ。
『クレイオス様は、どうして聖女様のお名前をご存じだったのでしょう?』
「幼馴染だったからだよ」
『幼馴染ですか?』
孤児だった聖女様と、伯爵家の子息。
一見接点はないように思えるけど、どういうつながりがあったのだろう?
「当時の当主夫妻は奉仕活動に熱心だったようでね、子どもたちを連れて、頻繁に孤児院へ足を運んでいたらしい。そこで聖女様に出会ったのだろう」
「と、手記に書いてありましたよ」
『お義母さまも読まれたのですか?』
「ええ。義母に勧められたのですけれど、すっごく面白くて」
「そうなのか?」
「あら、あなたは読んでいらっしゃらないの?」
うっとりと話すお義母さまに、お義父さまが目を丸くする。
直系であるお義父さまが読んでいなくて、お義母さまが読んでいるというのは、いささか不思議な話だ。
でも、それより気になることが――
『そんなに面白かったのですか?』
「ええ。アメリアちゃんがお嫁にきたら、ぜひおすすめしようと思っていたほどですよ」
この話しぶりから、おおよその内容を察する。
聖女と護衛騎士の禁断の恋――確かにすごく興味をそそられる。
「とりあえず読んでみようか」
セオルがそう言って、表紙をめくる。
私が横から覗き込むように顔を寄せると、見やすいように本をこちらに向けてくれる。
「じゃあ、こちらはほかに資料がないか探してみよう」
「お願いします」
「――セオル」
「はい?」
「読み終わったら、貸してくれ」
お義母さまの話を聞いて、お義父さまも好奇心をくすぐられたらしい。
先に読む権利はお義父さまのほうにあるはずなのに、自然に譲ってくれるのがありがたい。
『ありがとうございます』
そう声をかけると、お義父さまは穏やかに目を細めた。




