72.聖女の魔力
「不思議なものだね」
あれから、執事を呼んで実験をした。
執事の魔力は平均並み、もちろん私の姿は視えない。
それを確認したうえで、指輪を装着してみる。
すると執事の目にも私の姿が視えるようになったし、会話もできるようになった。
ちなみに、突然そこにいなかったはずの私の姿が視えるようになっても、執事は軽く目を見開いただけでたいして驚かなかった。
本人曰く十分驚いたそうだが、さっきまで素っ頓狂な声をあげていたお義父さまとは大違いだった。
「聖女の魔力に反応しているのかな?詳しく調べてみないことにはわかんないけど、呪いの発信源が聖女ゆかりの者なのかも」
『聖女様の?』
「うん。何か心当たりある?」
『そうはいっても……』
聖女の顕現するペースには規則性がなく、同時期に複数の聖女が顕現することもあれば、数百年顕れないこともある。
実際、先代の聖女は指輪を残した例のお方で、それ以降新たな聖女は誕生していないはずだ。
少なくとも、私の知っている歴史の上では。
聖女様は結婚されなかったから、子孫はいない。
孤児院のご出身で親族もいなかったから、血縁者の可能性も低いだろう。
聖女を管理する神殿関係者にも知り合いはいない。
『やっぱり何も思いつかない』
「そっかぁ」
指輪は、身体の一部が触れてさえいれば効果を発揮するらしい。
髪や爪の先でも大丈夫、精神体では衣類さえ肉体の一部と認識されるのか、ドレスの袖口に触れるだけでも効果があった。
ただ、相手の魔力を問わず視えて、話せるようにはなるけれど、触れることは相変わらずできないままだ。
感じられる感触は指輪のそれだけ。
恐る恐るといった様子で私に手を伸ばしたセオルの落胆はすごかった。
「よかったね」
唐突にセオルが言って、私は『へ?』と首を傾げた。
「だってこれで、ご両親に元気な顔が見せられるでしょ」
『あ……』
「指輪については、魔法省でも詳しく調べてみるね。父上、いいですよね?」
「そうだな。聖女様は魔法省とも関わりがあったようだし、何か記録が残っているかもしれない。神殿の方にもあたってみよう」
『あ、ありがとうございます』
「こんなことならいくらでも。あと、念のため元の持ち主についても調べておこうか。確か書庫に手記があったはずだ」
行ってみようか、と促され、立ち上がる。
立派なお屋敷の立派な書庫。
目的が手記なのは重々わかっているけれど、ちょっとわくわくしてしまう。
そわそわしながらお義父さまの後ろについていっていると、お義母さまが近づいてきてそっと耳打ちをした。
「……アメリアちゃん、恋愛小説とか読むかしら?」
『はい、好きです』
「本当?秘蔵のコレクションがあるんですよ。いつでも読みにいらっしゃい」
『よろしいのですか?』
「もちろんです。感想を聞かせてくださいね」
『はい、ぜひ』
どういう系統のお話が多いのだろう?
こっそりとタイトルをチェックしてみよう、なんて思っていると、お義父さまが立ち止まった。
どうやら書庫に着いたらしい。
開かれた扉の先には、我が家の書庫の何倍もの大きさの空間が広がっていた。
中庭に面した壁は一面ガラス張りになっていて、穏やかな日の光が室内にあふれている。
ここで過ごす読書の時間は、きっと幸福に満ちたものになる。
そう思わせられるような空間だった。
「リリー、こっちだよ」
思わず見惚れていると、セオルに呼びかけられた。
気づくと、お義父さまたちは書庫の奥の方へ歩みを進めている。
「また今度、ゆっくり案内するからね」
私の考えていることなどお見通しだというように、セオルが微笑む。
でも、身体が動くようになるまでは、読書はできないしな。
そんなことを考えていると――
「ちゃんと読み聞かせしてあげるから、安心して。恋愛小説でも、なんでも」
なんて囁かれた。
読み聞かせ?
恋愛小説を……?
『っっっ?!ばっかじゃないの?!』
想像するだけで恥ずかしいやつじゃないか!
私は赤くなった顔を隠すかのように、慌ててお義父さまたちのあとを追いかけた。




