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70/110

70.由来

「誤解!誤解だって!!」

「あなた、空気を読んでください」

「へ?空気?」

「今いいところなんですから、少しお口にチャックしててくださいな」

「え?わ、わかった」


 お義母さまの言うことをきいた伯爵は、大人しく口を結んだ。

 多分よくわかっていないはずなんだけど、黙って言うことに従うところを見ると、この家のパワーバランスが見て取れるようだ。


「で、今ってどんな感じ?」

「婚約者の嫉妬にときめいてるシーン」

「おお、いいな」

『……お義母さま』

「あら、ごめんなさいね。お邪魔しちゃって」


 こそこそ話が全然隠れていなくて、思わず声をかけてしまった。

 お義母さまは楽しそうに笑って、伯爵とともにまた口を閉じる。

 いや、そういうことじゃないんだけどな。


「で、その指輪はなんなの?」


 芯まで冷え切った声で、セオルが訊ねる。

 伯爵は慌てたように、小箱に手をかけた。

 その指先が震えているように見えたのは、きっと気のせいだろう。


「これだよ」


 パカリと開かれた小箱の中には、大ぶりの紫の宝石があしらわれた指輪が鎮座していた。

 すごくきれいだけれど、見るからに高そうな指輪だ。


「あっちの魔石はダメでも、こっちならいいんじゃないかと思ってな」

「ああ、これか」

「だから誤解だって言っただろ。ちゃんと話を聞きなさい」


 気の抜けたようなセオルの反応に、伯爵が深く息をついた。

 散々圧をかけられたにもかかわらず、謝ってすらもらえないのが不憫だが、普段通りなのか伯爵もお義母さまも気にしていないらしい。


 この指輪は、伯爵家の5代前の当主の弟が、当時の聖女に下賜されたものだという。

 聖女の護衛騎士を務めた彼は、聖女を一番に守り続けるため、生涯独身を貫いたそうだ。

 その誠意と功績を称え、指輪には聖女の魔力がふんだんに内包されており、邪なものから身を守る力を宿しているとかいないとか。


 彼の死後、指輪は一番近い親類である兄の家で代々受け継がれてきた。

 ただ、長い年月を経て、今も聖女の魔力が残っているかは不明だという。


「これをアメリア嬢に預けようと思ってね」

『え、わ、私にですか?』

「あなた、アメリアちゃんが戸惑っていますよ」

「そうだな、確かに高価なものを預けるといきなり言われても戸惑うと思う。しかし、君の命より大切なものなんて」

「その件はもう済ませましたよ」

「へ?」

「だから、それはすでに私が伝えましたから。二度目はくどいですよ」

「待って??なんで先に言っちゃうの?俺だっていい感じのこと言いたいのに」

「早い者勝ちです」

「えぇぇぇぇ?帰宅前に済ませちゃうのはずるくない?」


 さっきからまったく格好のつかない伯爵が、子どものような駄々をこねている。

 それを華麗にスルーして、セオルが指輪を手に取った。


「ほら、リリー。手を出して?」

『え?今?なんか揉めてるけど』

「気にしない、気にしない。……絶対に会うと思うよ」

『でも触れないし』

「いーからいーから」


 ね、と目を細められてしまえば、断れない。

 正直そんな由緒正しい指輪に触れるなんて恐れ多いけど、どうせすり抜けてしまうのであれば、汚したり壊したりする心配もないから少しは気が楽だ。


 そっと手を差し出すと、セオルが指輪を持っていない方の手を添えた。

 そしてそのまま、指輪を私の薬指のところへ持ってくる。

 いや、何で薬指?と突っ込むと負けな気がするので、黙っておく。

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