70.由来
「誤解!誤解だって!!」
「あなた、空気を読んでください」
「へ?空気?」
「今いいところなんですから、少しお口にチャックしててくださいな」
「え?わ、わかった」
お義母さまの言うことをきいた伯爵は、大人しく口を結んだ。
多分よくわかっていないはずなんだけど、黙って言うことに従うところを見ると、この家のパワーバランスが見て取れるようだ。
「で、今ってどんな感じ?」
「婚約者の嫉妬にときめいてるシーン」
「おお、いいな」
『……お義母さま』
「あら、ごめんなさいね。お邪魔しちゃって」
こそこそ話が全然隠れていなくて、思わず声をかけてしまった。
お義母さまは楽しそうに笑って、伯爵とともにまた口を閉じる。
いや、そういうことじゃないんだけどな。
「で、その指輪はなんなの?」
芯まで冷え切った声で、セオルが訊ねる。
伯爵は慌てたように、小箱に手をかけた。
その指先が震えているように見えたのは、きっと気のせいだろう。
「これだよ」
パカリと開かれた小箱の中には、大ぶりの紫の宝石があしらわれた指輪が鎮座していた。
すごくきれいだけれど、見るからに高そうな指輪だ。
「あっちの魔石はダメでも、こっちならいいんじゃないかと思ってな」
「ああ、これか」
「だから誤解だって言っただろ。ちゃんと話を聞きなさい」
気の抜けたようなセオルの反応に、伯爵が深く息をついた。
散々圧をかけられたにもかかわらず、謝ってすらもらえないのが不憫だが、普段通りなのか伯爵もお義母さまも気にしていないらしい。
この指輪は、伯爵家の5代前の当主の弟が、当時の聖女に下賜されたものだという。
聖女の護衛騎士を務めた彼は、聖女を一番に守り続けるため、生涯独身を貫いたそうだ。
その誠意と功績を称え、指輪には聖女の魔力がふんだんに内包されており、邪なものから身を守る力を宿しているとかいないとか。
彼の死後、指輪は一番近い親類である兄の家で代々受け継がれてきた。
ただ、長い年月を経て、今も聖女の魔力が残っているかは不明だという。
「これをアメリア嬢に預けようと思ってね」
『え、わ、私にですか?』
「あなた、アメリアちゃんが戸惑っていますよ」
「そうだな、確かに高価なものを預けるといきなり言われても戸惑うと思う。しかし、君の命より大切なものなんて」
「その件はもう済ませましたよ」
「へ?」
「だから、それはすでに私が伝えましたから。二度目はくどいですよ」
「待って??なんで先に言っちゃうの?俺だっていい感じのこと言いたいのに」
「早い者勝ちです」
「えぇぇぇぇ?帰宅前に済ませちゃうのはずるくない?」
さっきからまったく格好のつかない伯爵が、子どものような駄々をこねている。
それを華麗にスルーして、セオルが指輪を手に取った。
「ほら、リリー。手を出して?」
『え?今?なんか揉めてるけど』
「気にしない、気にしない。……絶対に会うと思うよ」
『でも触れないし』
「いーからいーから」
ね、と目を細められてしまえば、断れない。
正直そんな由緒正しい指輪に触れるなんて恐れ多いけど、どうせすり抜けてしまうのであれば、汚したり壊したりする心配もないから少しは気が楽だ。
そっと手を差し出すと、セオルが指輪を持っていない方の手を添えた。
そしてそのまま、指輪を私の薬指のところへ持ってくる。
いや、何で薬指?と突っ込むと負けな気がするので、黙っておく。




