69.指輪
「ボーダーがはっきりしましたね」
「ええ」
「待って、まって!そんな冷静に分析しないで!すごい楽しみに帰ってきたのにっ」
必死に叫ぶ伯爵を無視して、セオルとお義母さまは頷きあう。
なんだか申し訳なくなって、聞こえないと知りつつも『なんかごめんなさい』と伯爵に告げる。
「あら、アメリアちゃんが謝ることありませんよ」
「そうだよ、視えない父上が悪いのであって、リリーには何の落ち度もないよ」
すかさずそう言ったお義母さまとセオルに、伯爵が目を丸くする。
「待って、アメリアちゃんってなに?急に距離縮めてない?」
「お義母さまと呼んでもらうことになりました」
「なんでっっ、ずるい!!!」
まるで子どもみたいにだだをこねる伯爵に、若干引く。
正直、中年男性のだだこねって破壊力がすごい。
「あら、あなたもお義父さまと呼んでもらえばいいじゃないですか。優しいアメリアちゃんは、あなたが頼めば聞いてくれるかもしれませんよ」
「そうか、ではさっそく――」
「あぁ、でもいいのかしら?あなたにアメリアちゃんは視えない。つまり初めてお義父さまと呼ばれたその瞬間を目に焼き付け、可憐な声を耳にすることは叶わないのですよ?」
「ぐはっっっ」
「さぁ、どうします?それでも今、読んでもらいますか?」
「……あ、あとの楽しみにとっておく」
「ですって」
『はぁ』
一体何の茶番なんだ。
緊張をほぐそうとしてくれているのかと思ってたけど、これ、多分素なんだろうな。
伯爵、涙目だし。
威厳のあるやり手の伯爵、というイメージがガラガラと音を立てて崩れ去っていく。
セオルにしろ、その両親にしろ、普段は相当分厚い猫の皮を被って過ごしているらしい。
その事実に呆れつつも、思わず頬が緩む。
だって、同じ家で生活するなら、きっとこっちのほうが楽しい。
「変な両親でごめんね」
こそっとセオルが耳打ちしてくる。
『大丈夫。この親にしてこの子ありって感じだし』
「え、それはそれで心外なんだけど」
げ、とセオルが顔を顰める。
「とりあえず、話の続きをしたいので、父上もかけたらどうですか」
「あぁ、そうする」
肩を落としたまま、伯爵がお義母さまの隣に腰かける。
そして上着のポケットから、小さな箱をひとつ取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは?」
「アメリア嬢がうちに来ると聞いて、慌てて取ってきたんだ」
「……このサイズの小箱……まさかとは思いますけど、指輪じゃないですよね?」
「ん?指輪だが?」
「はぁ゛?」
「え?え??なに、怖いんだけど」
すごむセオルに、伯爵が肩を揺らす。
顔が随分青ざめていて不憫だ。
「は?息子の婚約者に指輪を――?」
「あなた、それはさすがに」
「は?!違う違う違う!!!」
「覚悟はいいですね?」
「だから誤解だって!!!アメリア嬢助けて!!!」
『へ?え?っ……と、落ち着いて、とりあえず話を』
「気安くリリーに話しかけるな」
「いや、話しかけるだろ!」
『いいから落ち着きなさいってば!』
ピキピキと青筋を立てて伯爵に詰め寄るセオルを一喝すると、むっと口を尖らせて視線を向けられる。
「父上を庇うの?」
『庇うとかじゃなくって、そもそもなんでそんなに怒ってんの?』
「え?指輪だよ?リリーがうちに来るから取ってきたってことは、絶対リリーへのプレゼントじゃん」
『え?え??』
「父上でも、さすがに他所の男が俺の婚約者に指輪を贈るところなんてみたくないんだけど」
ストレートな嫉妬に、思わず押し黙る。
お義母さまがなぜかキラキラした眼差しを向けてくるのがわかった。
まるで好きな舞台でも観ているかのような顔だ。
見世物じゃないんだけど、楽しそうだからそれはそれでいいのかもしれない。




