67.伯爵夫人
屋敷に入ったらすぐに、応接間へと通された。
なかにはすでに伯爵夫人の姿があり、私を見るなり目を見開く。
「あらあらあらあらあら、アメリア嬢!」
『は、伯爵夫人っ』
すごい勢いに押される。
そもそも普通に視えてるし、驚く素振りすらない。
「今回は大変なことで……でも、元気な顔が見られて安心しました」
『ありがとうございます。あ、すみません。ご挨拶が遅れてしまって』
「あぁ、庭園へ行っていたんでしょう?」
『はい、素敵なお庭で』
「喜んでもらえて何よりです。さ、おかけになって」
お言葉に甘えてソファに腰かけると、カチャリとティーカップが差し出された。
琥珀色の澄んだそれはきっとすごくいい香りがするのだろう。
香りを楽しむことすらできないのが、残念でならない。
「飲むことはできないでしょうけど、目で楽しめたらと思いまして。ごらんになって」
そっと差し出されたガラスのポットの中では、桃色の花が鮮やかに綻んでいた。
その傍らには、繊細な模様が描かれた焼き菓子が添えられている。
『わあ、素敵ですね』
「そうでしょう?遠方の国のお茶なのだけれど、香りも味わいも一級品ですのよ。お茶請けには、甘い豆のぺーストが入っていて、こちらも絶品で」
『へぇ。おいしそうですね』
「えぇ。元気になったら、同じものを用意しますからね。いっしょに頂ける日を楽しみにしています」
さりげない気遣いと優しさが胸をうつ。
穏やかに目を細めた伯爵夫人は美しく、とても成人した息子を持つ母親には見えない。
『あの。今回はご迷惑をおかけしてしまって』
「迷惑だなんて。あなたには何の非もないことでしょう」
「そーだよ、リリー。悪いことをしてないのに謝る必要ないよ」
迷惑をかけているのは確かなのに、否定する隙すら与えてくれない。
そっと手を握られて、泣きそうになる。
実際には触れられないから、触れるふりなのだけれど。
「まだセオルとアメリア嬢は婚約関係だけれど、私はあなたを本当の娘のように思っています。私たちで力になれることがあれば、遠慮せず何でも言ってくださいね」
『夫人……』
どれだけ涙腺を攻撃するつもりなのだろう。
これ以上優しい言葉をかけられると、号泣してしまう自覚がある。
夫人の前でみっともない姿を見せたくなくて、背筋をピンと伸ばし、自分を律する。
「お義母さまと呼んでもいいのですよ?」
緊張をほぐそうとしてくれたのか、いたずらっこく笑って夫人が言う。
私も思わず『さすがにまだ』と笑みをこぼした。
しかし夫人はぐいっと顔を近づけて捲し立てる。
「いいえ!早すぎることなんてありません。さあ!さぁ!なんならママと呼んでもよろしくってよ!」
ん、どうした?
なんだか急にぐいぐいくるな。
そう思いつつ、勢いに負けて戸惑いがちに呟く。
『お、お義母さま……?』
「っっっかわいい!!!!」
『へっっっ??!!』
急に大きい声で叫ぶものだから、普通にびっくりして淑女にあるまじき間抜けな声が出た。
社交界でのお義母さまはお手本のような優雅な所作で完璧と称されるような人なのに、ギャップがすごい。
ついでに鼻息もすごい。
怖い。




