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66.庭園

 伯爵家へ訪問するのは、いつぶりだろう。

 セオルとはうちの屋敷や外で会うことが多かったから、子どものころ以来かもしれない。


 広々とした敷地と大きな建物は我が家とは雲泥の差で、さすが伯爵家の中でも高位の家柄だ。

 庭園も我が家と比べて格段に華やかで、植えられている植物の種類も豊富。

 いつまでもこの庭園を眺めていられるくらい素敵。


「少し散歩していこっか」


 セオルからの魅力的な提案には惹かれるけれど、貴族の令嬢としては挨拶を優先させるべきだ。

 そう言ったら、セオルは「いーからいーから」と玄関とは別の方向に歩き始めてしまう。


「こっちにおいで。リリーの好きそうなお花がたくさんあるよ」


 手招きされて、仕方なくついていく。

 家人を無視して屋敷内に上がり込む方がずっと失礼だ、ということにしよう。


 セオルの進む先には、珍しい花がいくつも植えられていた。

 ハートの形の花が連なるように咲いているものや、オレンジ色の鐘のような形をした花、紫陽花のようにこんもりとした淡い緑と白の混ざり合ったような色の花。


「見てごらん」


 そう言って、セオルが人差し指を立てる。

 そして小さく「 細雨(さいう) 」と詠唱すると、優しい雨が花壇に降り注いだ。


『えっ?』


 思わず感嘆の声がこぼれた。

 雨に濡らされた白い花びらが、ガラス細工のように透明になったから。


『なにこれ、なにこれ?すごい、きれい、かわいい』


 壊滅的な語彙力がもどかしい。

 でもセオルはそんな私を嬉しそうに眺めて「花束にしてもらおうか」と言ってくれた。


『いいのっ?』

「もちろん」

『わ、絶対イレーヌに見せてあげようっと!ありがとう!』

「ぅぐっ……こ、こちらこそありがとう」

『何が?』


 相変わらず挙動が怪しいセオルに呆れつつも花壇を眺めていると、ふと既視感に襲われた。


 枕もとに飾られる花は、毎日替えられている。

 白薔薇、アネモネ、ラナンキュラス、ストックなどそんなに珍しい花ではないから、ずっとうちの庭師が用意しているものだとばかり思っていた。

 でも、違和感があったのだ。

 花の中には、うちの庭園には咲いていなかったはずの色のものも多かったし、時折見覚えのないものも混ざっていた。

 そしてそれは今、私の視界の中に――


 ぶわり。

 一気に頬が上気したのがわかった。


「どうしたの?」


 私の顔を覗き込んで、セオルが問いかける。


『え、えと』

「疲れちゃった?」

『ううん、そうじゃ、なくて』

「ん?」

『あの、もしかして……もしかして、なんだけど』

「なぁに?」

『――や、やっぱり何もないっ』


 頭に浮かんだ予想が真実か確かめたい衝動に駆られたけれど、合ってたところで恥ずかしいだけだ。

 さらに、万が一違ってたら無性に落ち込みそうだから、予想は予想のままにしておこうと決めた。


「えぇ?……ま、いいや。そろそろ行こうか」


 そう言って、セオルが手を差し出す。

 触れることなんてできないっていうのに、毎回毎回、律儀なことで。


 その手を取るのは恥ずかしいから、ふわりと近づいて頷いてやった。

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