109.真相
「そう。お嬢様はこちらにおいでです」
「神官長っ!」
さらりと肯定した神官長に、セオルが非難の声を上げる。
しかし、神官長は気にすることなく続ける。
「震えて泣くあなたを放っておけなかったのでしょう。お優しい方です」
「まさか、本当に?……お嬢様、お嬢様っ」
キョロキョロとあたりを見渡すロザリーは、流れる涙をぬぐうこともせず、手を伸ばす。
その手に指を伸ばすと、セオルが咎めるように私の手をとった。
お義父さまとお義母さまも厳しい顔をしている。
それでも子どもの様に泣きじゃくりながら私を呼んでくれるロザリーを、そのままにしておけなかった。
小さな声で『お願いします』と言って頭を下げる。
心配してくれるその気持ちを無下にしてしまう、そのことに罪悪感を抱きながらも、献身的に尽くしてくれたロザリーの姿ばかりが思い出されて堪えられない。
お義父さまとお義母さまは顔を見合わせて、仕方がないとでもいうように微笑んでくれた。
セオルはむっとした顔をしてしばらく私を見ていたが、やがて捕まえていた手を放してくれた。
ロザリーの手を両手でそっと包み込むように握る。
びくりと肩を揺らしたロザリーは、震える手で握り返してくれた。
「………お、お嬢様……申し訳ございません。わたし、私はっ」
たどたどしく話すロザリーの手を開かせて、そこに文字を書く。
一度目は伝わらなかったから、二度目はゆっくり、少しだけ力を強めて書いた。
”どうして?”
「……っ!お嬢様のこと、私、お目覚めになるまでおそばで、ずっと……なのに、私、できなくって」
”どうして?”
「子を……子を身ごもったのです……こんなときに、私、でも、諦められなくて」
『……えぇっ?!』
子?子って言った?今
え、妊娠?!?!
『ほんとに?おめでとう!!どうしてもっと早く言わないの!あ、あの状態じゃ言うに言えないか、いや、それはそれとして体は?体は大丈夫なの?!力仕事とかしてたじゃない!だめよ!お腹の子に何かあったらどーするの?!うちの屋敷では子を授かったら力仕事は免除されることになってるのに!ほんとにもうっ!』
「リリー、リリー。聞こえてないから」
『え?あ、そっか、と、とにかく』
”おめでとう”
言いたいことはたくさんあるけれど、一番に伝えるべきことはこれに違いない。
文字を書ききると、ロザリーはくしゃりと顔をゆがめて余計に泣いてしまった。
『もう、そんなに泣かないの~。赤ちゃんがびっくりするわよ――って聞こえないか。もうっ!セオル、代わりに伝えて!』
「え、さっきのも全部?」
『全部……はあれか。えっと、とにかくお腹の子のためにすぐに侍女長に報告して、負担を減らすようにしなさいって言って』
「うん」
『あと、おめでたいことなのに謝る意味がわからないって。ほかに悪いことしてないのなら、謝罪は禁止だって伝えて』
「おっけー」
セオルが私からの伝言をそのまま伝えると、ロザリーはさらに泣いてしまった。
泣き止んでほしくて頭をよしよしと撫でる。
それにしても、よく手の感触だけで私だってわかったな。
いくら熱心に看病してくれてたからと言って、さすがにおかしくない?
『なんでロザリー、私だってわかったのかな?』
「ね、なんで君はその手が自分の主人だってわかったの?姿は視えないんでしょ?」
ひとり言としてこぼれた言葉だったが、セオルが代わりに質問をしてくれた。
ロザリーはグスグスと鼻をすすりながら答える。
「お、お嬢様の姿は視えません。でも手の動きが、お嬢様そのものだったので」
「手の動き?」
「お恥ずかしながら、仕事を始めたばかりの頃、何をやっても失敗続きで……。よく裏庭で泣いていたんです。そしたらお散歩をなさっていたお嬢様がいらっしゃって、同じように涙を拭って頬を撫でて下さって」
そういえば、メイドとしてうちで働き始めたばかりの頃、ロザリーはよく裏庭でひとり泣いていた。
うちの使用人は古株ばかりで、新しく雇った使用人はロザリーだけだったから、余計につらかったのだろう。
ほかの使用人たちにつらく当たられていたわけではなさそうだが、悩みを相談できる相手もいなかったのかもしれない。
小柄な体を縮こませて泣いている姿が妹に重なって、姉心が溢れてしまったのだ。
時折泣いているロザリーを見つけては、慰めていた記憶がある。
しかしそれも初めの一ヶ月程度。
徐々に仕事に慣れてきたロザリーは落ち込んで泣くこともなくなった。
それなのによく私の手つきを覚えていてくれたものだと思う。




