107.神託
通された応接室では、先ほどの少女がお茶の準備をしていた。
室内には神官長と少女と私たちだけ。
神殿長は応接室の前で一礼し、どこかへ行ってしまった。
少女の淹れたお茶がテーブルに並ぶ。
そこには、私の分も。
にこりと少女に微笑みかけられて、断るタイミングを逃してしまった。
「神託があったのです」
何の前振りもなく、神官長が告げた。
その視線は、まっすぐ私に向けられている。
セオルをちらりと見ると、小さく頷かれた。
このまま会話をしてもいいということだろうと判断し、口を開く。
『神託、ですか?』
「ええ、近く愛し子が神殿を訪れるだろう。その力になりなさいと」
『愛し子とは?』
「神の寵愛を受けた者のことを言います」
神の寵愛?
そんなものを受けた覚えはないが、ここで否定しては話が途切れてしまうかもしれない。
いったん反論は呑み込んで、会話を続ける。
『愛し子というのは』
「もちろん、あなた様のことにございます」
『……どのようにお力を貸して頂けるのですか?』
「それはあなた様の抱えている問題がわからなければ、なんとも言えませんね」
一見、嘘を言っているようには見えない。
しかし微笑みを浮かべた神官長の顔はどこか作り物のようにも思えて、本心が読み取れない。
『神託では、具体的な行動を指示されたわけではないのですか?』
「ええ。ただ力になりなさいと、それだけです。私共にできることであれば、何でも協力いたしましょう。それが神の御意思ですから」
なんでも?
それならば――
『呪いを解いてください』
正直に呪いについて打ち明けてもいいものか迷ったが、単刀直入にお願いすることにした。
現状、呪いに神殿が関与している可能性は否定できない。
神官長が犯人の場合は難しいかもしれないが、彼のあずかり知らぬところで事が進んでいるのであれば、解決の糸口になるだろう。
仮に神殿が呪いと無関係だとしても、解呪の手がかりくらいは得られるかもしれない。
神官長が犯人なら、今は結構な窮地かもしれないけれど。
だからといって逃げて問題が解決するわけじゃない。
「呪い……ですか」
「あなた方がかけたものではありませんか?」
厳しい口調で問いただしたのは、セオルだった。
しかし神官長は首を横に振って見せる。
「はて、覚えがありませんね。私共が愛し子に呪いをかけて、どのような利があると?そもそも、どうして神殿と呪いなどが結びついたのやら」
「……レイドという男をご存じですか?本日こちらへ訪問を予定しているはずですが」
「ええ。存じておりますよ」
「彼は彼女の家の騎士です。メイドと共謀してよからぬことを企てているようですが、何か話を聞いてはいませんか?」
「よからぬこと?いいえ、覚えはありませんね」
のんびりとした口調で言うものだから、どこまで信用して話を聞いていいのか悩ましい。
神官長は少し考えるそぶりを見せてから、私に問いかけた。
「愛し子よ。レイドの勤める家の御令嬢ということは、あなたは」
『アメリア・ティールと申します』
「ふむ。ティール子爵令嬢。あなた様はどうお考えになりますか?」
『え?』
「レイドがメイドと共謀して悪巧みをしている。それは事実だと?」
『……正直なところ、レイドの人となりはよく知らないので、なんとも。ただメイドの方は、よく尽くしてくれる清廉な娘だと思っていました。今も、そうであってほしいと願っています』
レイドのことはよく知らない。
裏切ったと言われても、ショックではあるがさほど傷つきはしないだろう。
でもロザリーは違う。
慣れない手つきで、それでも献身的に私を支えてくれた優しい子。
毎日新しいお花を飾って、他愛のない話を聞かせてくれる――それだけのことに、どれほど救われてきたことか。
彼女が本当に私を騙していたとしたら、きっとしばらく立ち直れない。
「なるほど。……確かに彼らに秘密はあります」
『っ!そんな……』
「しかしそれが悪巧みだとは断言できません。人によってはそう捉えられるかもしれませんが、少なくとも私は彼らの力になると約束をしました」
ずいぶん遠回しな言い方だ。
意図がうまく読み取れずに眉を寄せると、神官長は穏やかに続けた。




