106.神官長
『え、なにこれ?特別演出??いつの間にこんな仕組みが』
「待って、リリー。そんな演出はないよ。毎年通ってるけど、初めて見た」
『は?なんでぇ?!』
「な、なんということだ……!」
混乱する私たちをよそに、神殿長が目を見開く。
そしてすぐに近くにいた神官に「神官長を呼んできなさい!」と叫んだ。
神殿のトップは神殿長だが、実務の采配を握っているのは神官長だ。
貴族出身者が務める神殿長は、対外的な代表者としての役割を務める。
慰問に訪れる貴族の歓待、公的な行事への参列など、貴族の礼が求められる場面で神殿の顔として振る舞う。
その仕事柄、神聖力の高さはさほど重視されない。
一方で神官長は完全な実力主義で選ばれる。
高い神聖力とそれを使いこなすことが必須条件であり、豊穣祭などの祭事や浄化の儀なんかを取り仕切るのは神官長の仕事だ。
貴族の中から実力者が出れば、神殿長が神官長を兼任することもあるが、それは稀なケース。
過去には孤児院出身者が選ばれることもあったという。
当代の神官長も一応貴族の出身ではあるが、実家は確か男爵家で、大した力は持たない。
ちなみに、神官長を輩出したからと言って、実家の格が上がることはない。
あくまで神殿に入るときは世俗との縁を断ち切る、ということになっているから。
ただし本当に絶縁するわけではなく、神殿での勤めを終えたらクレイオスのように実家へ身を寄せる者も多いそうだけど。
やってきた神官長は、想像よりも若い男性だった。
年は30前後と言ったところだろうか。
線は細いが背が高く、女性受けしそうな甘いマスクをしている。
神殿長とは対照的に慌てる様子は一切なく、私たちに視線を向けると軽く会釈し、にっこりと微笑んで見せた。
神殿長の側についていた少女が神官長のもとへ駆け寄り、何かを耳打ちしている。
おおかた事情を説明しているのだろうが、よほど信頼が厚いのか、神殿長が口出しすることもない。
話を聞き終えた神官長は、まっすぐに私を見据えた。
神殿一の実力者なら、私の姿を認識できるのは当然だろう。
これはあまりよろしくない状況かもしれない。
逃げるべきだろうか。
こちらへ歩み寄ってくる神官長から逃げるように後ずさりすると、セオルが私を背に庇うように間に立った。
「何か?」
咎めるような厳しい口調で、セオルが言う。
神官長はその場で足を止め、片膝をついて深く頭を下げた。
まるで、神に祈りを捧げるみたいな格好だ。
「お待ちしておりました」
顔を上げた神官長の視線は、まっすぐ私に向けられている。
少し下がった目尻に、同情の色が滲む。
「さぞかしご苦労をなされたでしょう。どうぞこちらへおいでください」
「待ってください、いったい誰に言って」
「それは皆さまおわかりでしょう」
神官長の言葉に、セオルとお義父さまが顔を見合わせる。
少しの思案ののちお義父さまが頷いてみせ、セオルが眉を寄せた。
案内に従って歩きはじめると、セオルが私の手をきゅっと握る。
大きな温かい手が心強くて、私も少しだけ力を入れて、その手を握り返した。




