104.湖の先
湖の水面が、エメラルドグリーンに輝いている。
湖畔には一面、シロツメクサが広がっていて、爽やかな緑の香りが鼻腔をくすぐった。
湖の奥は森になっているのか、密集した木々が穏やかに風に揺られている。
『素敵なところですね』
「そうでしょう?」
ふふ、とお義母さまが微笑む。
柔らかな日の光が心地いい。
「あの先の森は、実は伯爵家の領地なんですよ」
『そうなんですか?』
「ええ。何代か前に国王から褒賞として賜った土地だそうですけど、自然しかないような場所で。ほとんど手は入れられていないようだけど、確か中心の方に古いお屋敷が残っているとか……。そうでしたよね?」
「あぁ……あ、そういえばそこだ」
『そこ?』
「クレイオスが自害した場所は、そこだ」
お義父さまが、森の方を指さす。
クレイオスが、この森の中で?
「人の往来もないような場所だったから、発見までに相当時間がかかったそうだ」
「どうしてまたそんな場所で」
「それはわからないが……神殿を辞したあと、クレイオスが移り住んだのがあの屋敷だったそうだ。使用人も置かず、世捨て人のような生活を送っていたとか」
森の中の、古い屋敷。
そこで、クレイオスが。
「では遺品が残っているのでは?」
「いや、彼の死後、遺品はすべて本邸へ運んだと記録が残っている。ただもしかしたら、何か手がかりになるものがあるかもしれないな。調査を入れてみるか」
「ええ、お願いします。ね、リリー。……リリー?」
「アメリアちゃん?大丈夫?顔が真っ青よ」
セオルとお義母さまに顔を覗き込まれて、ハッとする。
胸のあたりが鷲掴みにされているような、変な感覚。
とっさに片手で胸元を押さえ、もう片手でセオルの服の袖口を掴んだ。
「自害だなんて恐ろしい話、嫌よね」
「ごめんね、リリー。父上が空気を読まなくて」
「え?え?そういうこと?申し訳ない。もう少し柔らかい表現を使うべきだった」
違う、そうじゃない。
そう言いたいのに声が出なくて、首を横に振る。
じわりと冷や汗をかいているような、嫌な感覚。
胸を焦がすのは焦燥感?恐怖心?
「リリー?」
セオルが私の背中をさする。
「馬車に戻る?」
問いかけられて、こくこくと頷いた。
そのまま抱き上げられて、首筋にしがみつく。
肩口に顔を押し付けるような形になりながら、セオルの足取りにあわせて揺れる感覚に身をゆだねる。
馬車に戻ったセオルは、私を膝に乗せて座席に腰かけた。
とんとんとゆっくり背中を叩く手つきが優しくて、次第に心が落ち着いていく。
『もう平気。ごめん』
「ほんとに?無理してない?」
『ん』
「ごめんね、うちの父上が」
『そうじゃなくて……多分、昨日の馬車で見た夢。あれのせい』
「夢……あぁ、森の中の古い洋館。そうか、条件ぴったりだね」
こくりと頷くと、おでこをコツンとくっつけられた。
「少なくとも今日近づくことはないから大丈夫」
『うん。……でも、お二人に悪いことしちゃった。せっかく連れてきてくださったのに』
「そんなことないよ。リリーが無理に我慢するほうが嫌に決まってる。それに、湖は気に入ってくれたんでしょ?」
『うん、素敵だった』
「じゃあ、全部解決したらピクニックにでもこようか」
『みんなで?』
「俺は2人がいいけど、リリーは父上と母上も一緒がいいんでしょ?」
『うん』
「じゃあ、いっしょに来よう。でも、それとは別に俺ともちゃんとデートしてね」
上目遣いでおねだりしてくるのが可愛くて、思わず笑みがこぼれた。
それを見たセオルが「やっと笑った」と嬉しそうな顔をする。
「そろそろ神殿へ行こうと思うけど、大丈夫そう?」
『うん』
頷くと、セオルがそばに控えていた騎士に声をかけた。
しばらくして、お義父さまとお義母さまも戻ってきた。
改めてふたりに謝罪すると、気にする必要はないと笑ってくれて安堵する。
ピクニックの約束も、快く了承してもらえた。




