103.神殿へ
翌朝、伯爵家の馬車がやってきた。
我が家の馬車より一回り大きく、豪奢な馬車だ。
馬車に乗り込むと、お義母さまがほっとした顔で迎えてくれた。
「アメリアちゃんっ、元気になってよかったわ」
『このたびはご迷惑を』
「迷惑だなんて。言ったでしょう。あなたを本当の娘のように思っているって。娘の願いを聞かない母がいますか」
そう言って、お義母さまが私の手を握る。
そしてほうっと息をつき「本当に触れるのね」と頬を綻ばせた。
その隣でそわそわしていたお義父さまが「どれどれ」と手を伸ばしてくる。
バシッッッ!!
しかしその手は無情にも、セオルの手によってはたき落とされてしまった。
お義父さまは涙目で手をさすり「なんでぇ?!」と嘆く。
「いきなり手に触れようとするなんて、無礼にもほどがありますよ」
「あ、それはそっか。アメリアちゃん、手に触れてもいいだろうか?」
『はい、もちろん』
「ダメ」
「『へ?』」
だめなんて言ってないけど?
戸惑いの声が漏れたのは、お義父さまも同じだったようだ。
「え?アメリアちゃん嫌だって?おじさんの手に触れられるの、抵抗あるのかな」
『そんなことないです!ちょっと、セオル、何を』
「リリーが良くても俺が嫌。俺以外の男がリリーに触れるなんて許しがたい」
『は?意味わかんない』
「邪な心なんて一切ないけど!?心狭すぎない??」
お義父さまが訴えるものの、セオルは冷たい眼差しを向けるだけだった。
無言で圧をかけるのが、余計に怖い。
「そ、そんな目で見るな。わかった。わかったから。諦めるから」
「よし」
「よしって……。お前には、親を敬おうって精神はないのか?」
「今更この子にそんなもの求めたって無駄ですよ」
「威厳のある父親になりたい……」
がっくりと肩を落とすお義父さまが不憫だけど、お義母さまも笑っているし、通常運転なのだろう。
苦笑しながら、お義父さまの手を握る。
セオルが抗議の声を上げたが『しーっ』と囁くと、なぜかうめき声を上げて黙ってくれた。
『お義父さまにありがとうございますって伝えて?』
「~~もう、ほんっとリリーは!……ありがとうございますだって」
「あ、アメリアちゃん~~」
握り返してくれる手が力強い。
視えない私からの接触を嫌がることもなく受け入れてくれる。
それがたまらなく嬉しかった。
「あ。レイドも家を出たようだよ」
セオルが言う。
レイドには、昨夜のうちにセオルが追尾魔法を施していた。
神殿内部では魔法を感知される可能性があるから、使えるのは神殿入り口までだろう。
「移動は馬か?」
「いえ、乗合馬車を使うようです」
「ならば到着はこちらよりいくらか遅くなりそうだな。神殿に不自然に長居しては怪しまれるかもしれない。少し時間をつぶしていこう」
「なら、あの湖畔に寄るのはいかがでしょう?景色も良いし、休憩によろしいのでは?」
「そうだな。そうするか」
そう言って、お義父さまが御者に声をかける。
神殿への道中、美しい湖の近くを通るらしい。
セオルが幼いころは、そこでたまにピクニックをしたという。
「それで、子爵は何か情報を得られたのか?」
「いえ、団長を呼び出して話を聞いたそうですが、何も。レイドについて話題に挙げたものの、めぼしい反応はなかったと言います」
「怪しい様子もなかったと?」
「ええ。子爵からすると、少なくとも団長が裏切るとは思えないと」
「そうか」
「あと、リリーを神殿へ連れていくことに反対してました」
「それは……そうだろうなぁ……」
そうこう話しているうちに、蹄の音がやんだ。
馬車から降りると、すでに同行の騎士たちが敷物を広げている。
今回伯爵家から護衛の任についている騎士たちは、みな魔力量が高く、私の姿を認識できているらしい。
香りだけでもと、私にもお茶を用意してくれた。




