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「どうしてもダメですかライシャさん」
「駄目だね。リンクス、あんたはただ魔族を殺したいだけだ」
いつものように冒険者たちの歓談で騒がしい青い紫陽花亭ではその場に似つかわしくない固い口調で、店の主人であるライシャとこの店に所属する冒険者リンクスが静かに言い争っていた。
話題の中心は先日国から募集があった魔属領への偵察依頼だ。
「それの何が悪いんです。魔族なんか根絶やしにするべきでしょう」
「任務をわかっているのかい? 偵察だよ? ただ殺すだけじゃ偵察にならない」
「偵察の任務は果たします。それなら――――」
「駄目だ。偵察ってのは必要によっては敵を見逃さなければならない場合もある。あんたにそれはできないだろう」
「それは……」
「大体他のパーティーメンバーとは話をしたのかい?」
「しました。みんな構わないと言ってくれました」
「なら、多くは言わないけどね、あんたに引っ張られていないわけじゃないだろう」
「……」
正鵠を射られて思わず黙り込む。口喧嘩は言い返せなくなった方が負けだ。
もっともライシャにとってはこの程度喧嘩でさえなかっただろう。
「わかったら戻りな」
「……わかりました」
さっと体を翻す。ボロボロの、しかし安物なのではなく使いこまれすぎた鎧が鈍い光を放っていた。
「リンクス殿。いかがでしたか?」
「いや……ダメだった」
まずリンクスに話しかけてきたのはこのパーティーのリーダーで最年長のジックだ。筋骨隆々のいかにも戦士という体格だが実は武器の扱いよりも魔法を得意とする。
「しょうがないんじゃないかしら? ライシャさんの言うことなら間違いはないでしょうし?」
ローブを羽織った女性のディネアは童話に出てくる魔女と言った風体だがジックとは反対に魔法は一切使えず、肉弾戦を得意とする戦士だ。半ば冗談で得手とは逆の格好にしてみれば相手は混乱するかもしれないと話したが、実際にやってみると面白いように敵ははまってくれた。
「じゃあ、いまからダンジョンに潜るっすか? 付き合うっすよ」
雑魚っぽい喋り方をするのはミクトで、こう見えてもどこかの貴族の御落胤……だと本人は自称している。事実かどうかを確認したことはないし、しようと思ったこともない。
「……そうだな、憂さ晴らしでもないが、これも仕事だ。何か依頼があるのか?」
今の仲間やライシャさんには本当に感謝している。命をすり減らすような日々を送っていた自分を救ってくれたのだから。
「あれが内の問題児ですか。ライシャさんも大変ですねえ」
誰にも聞こえないように、しかし必ず聞き取れる声でネモアはライシャに話しかける。
「何、あいつはあいつで役に立つのさ」
「でも色々聞きますよ? 任務をほっぽり出して魔族を討伐に行ったとか、味方のほとんどが撤退したのに突っ込んでいったとか」
「周りと同調するのが苦手なのは間違いないね。あれでも一応大分ましになったのさ」
「ふーん。でもその割にはあんまり悪評が無いんですよね」
「ああ、そりゃあいつの過去をみんな知ってるからね。二十年前の魔族の侵攻で家族を纏めて失ったって過去をね」
「だから魔族を恨んでいるんですね。ライシャさんに従順なのはそれが原因ですか」
ライシャは二十年前の侵攻の被害を食い止めるために重要な働きをしており、それゆえに英雄視されている。そのことを恩義に感じ、このギルドを訪ねてくる冒険者は後を絶たない。
「じゃあ、あまり煙たがれないのは同情ですか?」
「それもあるけど、みんな案外復讐者って奴が好きなのさ。理由がわかりやすいからみんな応援したくなっちまうんだろうね」
「なるほど。ところでその話をみんなが知ってるのは偶然ですか?」
「ああ。たまたま誰もが知ってるだけさ」
にやりと底意地の悪そうな笑みを浮かべながらうそぶいてみせた。
「ライシャさん」
「ダフト? どうかしたのかい?」
このギルドの真の一員の一人である。ダフトが不健康そうな顔つきで話しかけてくる。彼が他人に話しかけることは珍しいため思わず驚いた顔をする。
「こっちへ」
言葉少なに二階へ誘う。人に聞かせなられない話のようだ。
「頼むよネモア」
「はい、ライシャさん」
「で? 用件は何だい?」
「ここから東の村で魔族のスパイが見つかりました?」
「ほう?」
「たまたまその魔族を捕まえた冒険者がユミィのファンだったので、俺のところに情報が入りました」
「で? その魔族はどうなった」
「今現在この町に移送しているようです」
ふむ、とこめかみに人差し指を当て、思案にふける。しばしの沈黙ののち、結論を口にした。
「決めたよ。その魔族は私たちが助けるとしよう」




