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「ダフトさん? 入ってもかまいませんか?」
「かまわない」
そっけない態度だったが別に嫌がっているわけではなさそうだ。ネモア自身あまりダフトと話したことはない。……というかダフトが誰かと話していることを見かけたことがほとんどない。そんな人が何故アイドルなんかやっているんだろうか。
「では失礼します」
そう言って部屋に入ると、失礼ながら意外にも部屋は片付いていた。冴えない見た目の青年がそこにいた。
「オレ達の<アイレム>についての質問だな?」
「そうなりますね。どうしてわかったんですか」
「前任者がアイレムについて聞いてきた時とよく似てる」
ネモアも前任者がいたことは知っているが、一括りにされるのは面白くない。が、確かに誰であっても困惑する状況に置かれているのは確かだ。
「単刀直入に聞きますけど、なんでアイドルをやってるんですか?」
なんか、をつけなかったのは気分を害されても困るからだ。ダフトがトダイみたいな人だったら激高してもおかしくない。
「はじめはオレの理想の美少女を作ろうと思ったんだ」
唐突な自己語りが始まった。とりあえず突っ込むのは我慢する。
「そのため<ゴーレム作成>と<ゴーレム操作>のスキルレベルを上げたけど……納得いく娘が作れなかった」
「だから<幻影>で幻を浮かび上がらせて人のようにしたんですね」
「ああ。でも声が満足いくものじゃなかったから今度は<発声>を使って可愛らしい声を出すことに成功した。文句のない理想の美少女を作り出すことができた! さらに念話を使って遠く離れた女の子の体を動かすこともできた!」
ダフトの声音は徐々に熱を帯びていき、自分の世界に没頭しているようにも見えた。が、そこで急にトーンを下げた。
「けどな、それじゃ駄目だったんだ」
「何がですか?」
「オレが作ったものじゃ、オレが愛でることはできないってことに気付かなかった」
「いやそこ最初に気付きましょうよ」
天才というのはどこか抜けているらしい。
よっぽどのナルシストでもない限り自分が動かしている人形に酔っぱらうなんてことはできないだろう。まあ、そういう人結構いそうだけど。
しかもこの場合スキルの制御に必死で愛でる余裕なんてない。
「でも他人があの娘たちを動かしてもらえばオレも愛でることができるかもしれない。だからこの技術を何とかして他の人に広めてもらいたかった。そのためにライシャさんに協力を依頼した」
ネモアは耳を疑った。はっきり言ってダフトの技術は異常だ。スキルについての知識が豊富なネモアでさえ思いつきさえしない。この技術を独占すれば巨万の富を築くことも不可能じゃない。スパイや未踏ダンジョンの調査など、このゴーレムを使えば極めて安全に危険な任務をこなすことが可能だからだ。
それを他人に分け与える? 正気じゃない。利害を意識していない。
「幸いライシャさんが<念話>を広めてくれたおかげで町から町への往来を行わずにいろんな人と情報交換ができるようになっていたからな。時間をかけていろんな人たちが協力してくれるようになった。特にサフォルではゴーレム作りそのものが盛んになっているらしい」
その言い方だとアイレムとはいっぱいいるに違いない。若干引く。ネモアの内心には気付かず、いや興味がなく話を続ける。
「今ではたくさんの人が<アイレム>を応援したり、なったりしている」
恍惚とした表情で語るダフトはとても幸せそうだ。
「なのでライシャさんには感謝しているし、仕事はまじめにやる。しかしユミィのファンを傷つけるような仕事は絶対に受けん。君も自分の仕事はきちんとこなしているようだから不満はないけどそれだけは覚えておいてくれ」
「私としてもまじめに仕事をやってくれるなら文句は言いません」
二人の関係性に明確な境界線が引かれた。つまり仕事はやるからプライベートに口を出すな。お互いにとってお互いはいないと困るが感情的にはどうでもいい存在になることが決定した。
「最後に一つ聞いていいですか?」
「何だ?」
「どうして理想の美少女を作ろうと思ったんですか?」
「可愛い女の子を愛でたかったからだ。そこに理由は必要か?」
この日一番のいい笑顔でこう答えた。表情だけなら聖職者だといっても違和感がなかっただろう。表情だけなら。
さっきの場所に戻ると何も変わらずにライシャは薬草パイプを吸っていた。
「さてあんたはどう思った」
ふむ、と思案する。どうと聞かれると、
「ライシャさんは人を使うのが上手いですね」
「ほう?」
「多分ダフトさんだけならこんなブームにはならなかったと思います。商売には向いてませんからね。そこで実利と趣味を上手く両立させた手腕は見事だと思います。まあアイドルがあそこまで売れるのは誤算だったのかもしれませんけど」
「確かにね。物好きが何人か集まる程度だと思ってたよ」
この国の男たちの理想の女性像を求める執念には頭を抱えたくなる。
「しっかし大変ですね。ダフトさんも正体を隠しながらアイドル活動なんて。ホントはそんな人いないなんてバレたら人気なんて無くなっちゃいますもん」
ライシャはきょとんとした後、相貌を崩した。
「ライシャさん? どうして笑うんですか?」
「いや、あんたはやっぱりこの国の人間じゃないんだってね」
「はい? ええまあ確かにそうですけど……なんでそうなるんですか?」
「簡単だよ。ユミィはともかくとしてシシリィなんて人間は絶対にいないってことは初めからわかってるんだよ」
「………………え………………」
ネモアは今までダフトが正体をユミィがゴーレムであることをファンには隠していると思っていた。中身がおっさん一歩手前の冴えない男のアイドルなんて誰も見向きはしないと思っていたからだ。だが現実はいつだって空想よりも上を行く。……下を行くと言い換えた方がいいかもしれないが。
「シシリィはね、この国の童話の主人公の名前だよ。確か魔女に殺されたけど蘇ったんだったかな? アイドルの自己紹介の時にも自分でそう言ってたね。見た目は三十年くらい前の絵師が描いた絵をもとにしてるんだったかな。オーサムだったか……そんな名前だったはずだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! じゃあ、あのファンの人たちは中身がそこら辺のおっさんかもしれないとわかっててあんなに熱狂してるんですか!?」
「ああそうだよ。中には自分から正体をバラしてる奴もいるはずだよ?」
「前々から思ってましたけど、この国の人間大丈夫ですか?」
「安心しなよ。最近は冒険者の国防意識が上がってるって報告もある」
またどうせ何かろくでもない理由なんじゃないかと疑いの眼差しで見やるネモア。
それを見ておかしそうにライシャは笑っていた。
「聞いて驚きな。なんと冒険者が国同士の戦で命を賭して戦ったんだよ」
冒険者という生き物は基本的に個人主義、いやパーティー主義だ。故に国同士の戦で必死になることなどない。むしろすぐに逃げ出し、自軍の潰走に繋がるため冒険者を戦争に参加させるのを渋るのが普通だ。
「で? 今度はどんなくだらない理由なんです?」
「シシリィがその戦場にいたんだよ」
「はい?」
「で、それを聞いたシシリィのファンは大いに発奮したんだと。そいつが周りの冒険者にも伝播したようだ」
「いや、あの、それ、実質自分のファンを殺してるようなもんですよね!? なんでそんなことするんですか!? ファンからしてみたら自分が大好きなアイドルの前でいいとこ見せたいとか思ってるんですか!?」
「その辺はシシリィの設定を知ってるとわかるよ」
「遂に設定って言いましたねこの人!?」
「シシリィは復活した後勇者の魂を導く役目を背負ったと言われていてね。演じてる側からしてもファンからしてもその設定に忠実に従うなら死んでもシシリィと一緒にいられるってことさ」
「……つまり命よりもいるはずのない架空の人間の設定の方が大事ってことですか?」
「そうなるね」
「やっぱり頭おかしいですよ、この国の人間」
「かもしれないね」
アイドルを名乗る人々は徐々に増えており、そのファンはそれ以上の速度で増えている。誰もがアイドルになれる時代。恐らくそれは、近い。




