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青い紫陽花亭に戻ったネモアとライシャはそれからも報酬の振り分けなどの事後処理に追われていたが、夜更けになって一心地つくことができた。
二人きりになった店内でネモアはカウンターに両手を投げ出していた。
「疲れましたねー。結束祭でもこんなに忙しくありませんでしたよ」
「町中にダンジョンが出現するなんて滅多にないからね。どこもかしこも大騒ぎさ」
ぐにゃりと脱力しながらもネモアはライシャから目を離さない。
「あの依頼何か進展はありましたか?」
「キャンセルになったよ」
当然のようにまるですべて見透かしていたかのように結論を語る。裏側を少しでも覗いた人間ならあのアイドルのライブはライシャの手引きだと思うだろう。何しろあまりにもタイミングが良すぎる。
しかし解せない。ライシャにとってあまりにも得がなさすぎる。そのままにしていれば依頼を実行し、報酬を受け取ることもできたはずだ。なのにアイドルをわざわざ雇ってまで追放しなくてすむようにする理由がわからない。
追放屋の目的があくまでもギルドの正常な運営のためなら理解できなくもないが……やはり人気者を雇うだけの価値があるとは思えない。であるなら恐らくは、こちら側にアイドルを自在に動かし、なおかつトダイたちを利害抜きに仲たがいさせたくない人物がいるとしか思えない。
「一つ聞いてもいいですか?」
「何だい?」
「あのアイドル、ユミィとシシリィでしたか。あれ、ゴーレムですよね」
「そうだよ。どうして気付いたんだい?」
ライシャは何事もなかったかのように薬草パイプを吸っている。しかし口元に笑みを浮かべているのをネモアは見逃さなかった。……もっともあえてそうしているのかもしれないが。
「まばたきです。黒い女やメルはまばたきをほとんどしていませんでした。あのアイドルも歌の最中は一度もまばたきをしていません。トーク中だと何度か深いまばたきをしていましたけど」
「そうだね。今の技術だと目を閉じてすぐに開けるのは難しいらしい。ダフトの奴はそのうち解決すると息巻いていたけどね。他にも聞きたいことがあるんだろう?」
それは事実だ。しかし聞くことを躊躇われる話でもある。
ネモアは何とも形容しがたい、ぬかるみに落ちた小銭に手を伸ばすようなわずかな得にはなるが進んで行いたくはない、そんなことをしなければならないような表情を作った。
「あのゴーレムを操作してるのはダフトさんですか?」
「正確にはシシリィ以外は全部ダフトが<ゴーレム操作>のスキルで動かしてるね」
ゴーレム操作はその名の通りゴーレムを動かすスキルだ。もともとそれなりの思考力を持ったゴーレムをわざわざ動かす理由があまりないから使っている人は少ない。実際にネモアも知識でしか知らなかったが、仮に詳しく知っていたとしても多分この答えには簡単に辿り着かなかったに違いない。
だってそうだろう? 女のアイドルが実は男が動かしているゴーレムだなんて詐欺どころの話じゃない。
脱力どころか体の中から空気が抜けたようにグニャグニャになった体に力を入れて、それでも恨めしい目つきでライシャの顔を見据える。
「そうですか。メルや黒い女、そしてユミィが動いているときはダフト君を見かけなかったのはそう言うことですか。全部自動で動くゴーレムじゃなかったんですか?」
「そんなこと言った覚えはないね。あんたが勝手に勘違いしてたんじゃないか」
「そうかもしれませんけど……教えてくれてもいいじゃないですか」
「あんたがいつ気付くか気になってたのさ」
「うー。意地悪ですよう。そこも素敵ですけど」
くつくつと笑うライシャは童話に登場する魔女のようでもある。
「シシリィは誰が動かしてるんですか?」
「私も知らないね。多分ダフトも知らないんじゃないかい?」
多分と付け加えていることからダフトのように中と外がまったく一致していない可能性は大いにありうる。
「そもそもどうやってゴーレムを人と見分けがつかないようにしてるんですか? 前はそう思ってましたけど、ただ単にゴーレムの出来がいいわけじゃないですよね。そもそも<ゴーレム操作>はそんな遠くまで届くスキルじゃないはずです」
「どれだけゴーレムを人に似せても限界があるからね。<幻影>で体や服を誤魔化して、<発声>で声を誤魔化してるのさ。体温なんかが必要な時は<熱操作>を使うらしいね」
「無理です。そのどっちも離れている場所には届きません」
諸事情によりスキルに関する知識は人並み以上に詳しいネモアである。彼女の推測は的確だ。
「けどね、遠くに届くスキルだってあるだろう?」
「もしかして<念話>ですか? だとしても念話でどうやってスキルの適用距離を延ばすんですか?」
「あまり知られていないことだがね、<念話>は自分自身にも使用できるんだよ」
「……? それ、何か意味があるんですか?」
そもそも念話は他人と会話するためのスキルだ。自分自身と会話したところでただの独り言でしかない。だが同時にこの会話の流れに何も関係がないとも思えない。
「自分自身に念話を使うとスキル遠くまで届く……わけないですよね」
「的外れってわけでもない。自分自身ってのが自分の体の一部でも構わないってことがポイントかね」
「……もしかしてゴーレムに体の一部……髪の毛とか血とかを混ぜ込んでおけばゴーレムに<念話>を使えるんですか?」
「大体そんな感じだ。正確には自分自身の体の一部だった物にオーブを触れさせるとそこに念話が届くようになる」
「そのままなら意味はないですよね。髪の毛や血が何か考えるわけじゃないですから。でもそうすれば念話以外のオーブも使えるようになるんですね?」
ライシャは鷹揚に頷いた。
「その辺りの使い道に気付いたのは全部ダフトだけどね」
纏めるとこうだ。
まずゴーレムに人間の体の一部といくつかのオーブを埋め込む。そして操縦者が埋め込まれたオーブのスキルや<ゴーレム操作>を使用してあたかもゴーレムが本物の人間であるように振舞う。
「言葉にすれば簡単ですけど、かなり難しいですよね。同時にかなりのスキルを使わなくちゃいけませんし」
「一人でできるのはダフトくらいだろう。他は複数人で一人の<アイレム>を動かしているらしいね」
アイレムって何? ネモアはそう聞こうとしたが面倒になったのでやめた。大体予想できるし、どうせくだらない答えしか返ってこない気がした。
「ちょうどいい。いまダフトがそこにいるから色々聞いてきな。あんたにとって悪い経験じゃないはずだよ」
はあ。生返事を返しながらダフトがいる部屋へと向かった。悪い経験ではなくても良い経験にはならない気がする。そんなことを思っていた。




