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ブギーマン。この魔物がよく知られている理由は二つの厄介な性質を持つことだ。
子供を攫う……と言われているが実際には弱い人間を優先して狙うこと。この性質が子供へのしつけに使われることがある。
そしてそれなりに強い割に暗いダンジョンなら割とどこにでも現れること。特に難易度が低いダンジョンに出没すると駆け出しが命を落とすことも珍しくない、いわゆる初心者殺しだ。
むしろ暗がりや閉所での戦闘が多いトダイたちにとっては見慣れたお客さんでしかない。
言葉を発さずに隊列を組む。前列にラッカーとトダイが短剣を構えて。その後方にニッキが魔法の準備をし、最後尾にカズールが短弓を構えつつ横槍がないかを警戒する。彼らはあまり大振りの武器を好まない。いつも通りだ。その心情とは関係なく。
ブギーマンはゆらゆらした動きでトダイたちに迫る。
ラッカーに爪を振るうがさらりと躱す。人間では見慣れない動きだが、慣れてしまえばそう難しい攻撃ではない。続いて顔――に相当する部位から黒い靄を吹き出すがそれさえも当たらなければ何ということもない。
ラッカーに気を取られていたブギーマンに対してトダイが背後から斬りつけ、その腹から靄が噴出した。ブギーマンの靄には人の心を狂わせる力があるのでダメージを与えるときさえ油断できない。
素早く飛び退いたトダイに変わり、カズールの矢とニッキの魔法が突き刺さる。一人が敵の気を引きつけ他が攻撃する、パーティーの基本戦法だ。しかし、ブギーマンは何の痛痒も感じていないかのように不気味な攻撃を繰り返してくる。ブギーマンの傷は人間ならもうとっくに死んでいるはずだ。
駆け出しがブギーマンに殺される原因の一つがこのしぶとさだ。まるで不死身のように錯覚してしまい取り乱してしまうことがある。ブギーマンは靄が本体であるがゆえに全ての靄が霧散するまで攻撃し続ければいつかは倒せるのだが……知っていなければわからないことだ。
手馴れた四人は傷すら負わずにブギーマンを追い詰めていく。
後一撃、そう確信したトダイは踏み込ん「トダイ!」
ラッカーの叫びで横に飛んだトダイは間一髪横合いから飛び出した狼の噛みつきを避けることができた。
「グレイウルフまでいるのか……ブギーマンをすぐに倒す。それからウルフたちを仕留めるぞ」
その宣言通りに戦闘は推移し、ほどなく夜の森に静寂が戻った。
「俺に恩を売ったつもりか。ラッカー」
「…………」
ラッカーは答えない。それきりトダイも押し黙ったままだ。気まずい沈黙が続くがトダイにとってはこれがラッカーとの最後の仕事だと思っているので別に滅入ることはない。
そう時間が経たないうちに地面が揺れ、足元が溶けるような感覚が全員を襲った。
ダンジョンがクリアされたことの証だ。
外に出ると、元々野外だったので妙な言い方になったが、歓喜の声がこだましていた。
「思ったより速かったな」
「ダンジョンが予想よりも浅かったのかもしれませんね」
「ひ、被害もなさそうだし何よりだ」
ぐるりと辺りを見回す限りでは大怪我を負った冒険者はいない。が、明らかに場違いな、まるで役所の正装のようなピシッとした服装をした男を見つけた。
「冒険者のみなさん! お疲れさまでした! ダンジョンのクリアおめでとうございます!」
男のねぎらいの言葉に冒険者たちも歓声で返す。ああ、なるほど。領主の使いか何かが礼を言いに来たのか。だがその予想は間違っていた。
「つきましては皆さまのご健闘を称え、アイドル、ユミィが皆さまへの慰問ライブを行います! 短い時間ですがお金は頂きませんので是非、ご参加ください!」
「ゲ」
「リ」
「ラ」
「ライブだと!?」
何ということだ。ユミィちゃんのライブがダンジョンから出た直後に聞けるとは! しかも無料!? ああユミィちゃん! 君は一体どれほど天使なのか!
ニッキは放心したかの如く表情が落ちており、カズールに至っては涙を流している。
ラッカーは……まあ最後くらいこいつと一緒にライブに聞くのも悪くない。
しかし、真の衝撃は次の言葉だった。
「なお、このライブにはシシリィさんも参加致します! ユミィとシシリィさんのコラボライブとなります!」
トダイは人目をはばからず涙を流していた。
ユミィとシシリィの二人は地上に舞い降りた天使の如く光輝いており、その歌声は清流のように清らかだった。これを見て、聞いて、涙を流さずにいられる人間がいようか、いやいまい。
トダイは今までシシリィちゃんはユミィちゃんより格下だと思っていた。なんと愚かなことか。
仲睦まじくステージに並ぶ二人のどこにそんな差があろうか。いや、ない。
ニッキとカズールも感極まっている。いつの間にかラッカーが近くにいた。
「トダイ。わかってくれたか」
「あ、ああ。ユミィちゃんもシシリィちゃんもどちらも素晴らしいアイドルだ。俺は何てくだらないことにこだわっていたんだろう」
ホントにな。もしこの場で冷静な第三者がいればそう言っただろうが幸運にもそんな無粋な人間はいなかった。
「ラッカー、お前もしかしてこのことを知っていたのか?」
「まさか。オレはただユミィちゃんとシシリィちゃんにコラボをして欲しいというファンレターを送っただけだ。お前たちにもシシリィちゃんの素晴らしさをわかってもらうために。オレの願いを聞き届けてくれたわけじゃないだろうけど……これでシシリィちゃんの可愛さ、素晴らしさはわかってもらえたか?」
「も、もちろんだ。こんなことはじ、人生で初めてかもしれない」
「うん! 僕もそう思うよ!」
「俺もだ! これからはユミィちゃんとシシリィちゃんだけじゃない! もっともっといろんなアイドルを応援しよう!」
熱く抱擁を交わし合う四人。
おお何たる美しい光景か! 壊れかけた絆は二人の少女によって再び固く結ばれたのだ! このような奇跡はまさしく神の導きに違いない!
そしてその場に居合わせたネモアはユミィとシシリィ、二人の瞬かない瞳をじっと見ていた。




