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「それでライシャさん。この依頼受けるんですか?」
問いを発したのは追放屋、赤い紫陽花の一員であるネモアだ。
「今のところはね。少なくとも本人たちにとっては真剣な問題なんだよ」
答えるのはその主人であるライシャだ。
「それはわかりますけど……」
「何が大事なのかは人によって変わるからね。どれだけ馬鹿馬鹿しく感じてもそれによって仕事に支障が出ている以上追放屋の出番さ」
心情として納得していないのかネモアはハーっと大きなため息を吐く。ライシャ、いや赤い紫陽花としてはこのトラブルに介入しなくてはならない理由があるのでできれば納得してほしいところだ。
「了解しました。とりあえずラッカーさんの身辺調査を続行します」
「いい子だよ。次の作戦の反応次第では無駄になるかもしれないけど手は抜くんじゃないよ」
「次って……何するんですか?」
「そいつは見てのお楽しみって奴さ」
不敵に笑うライシャ。彼女にはすでにこの喜劇の落としどころが見えていた。
数日後。
ロタンの町は数年以来の喧騒に包まれていた。原因はこの町のど真ん中にダンジョンが突如出現したためだった。
ダンジョンがいつどこに現れるかを予想するのは困難で大抵は人のいないどこかにポツンと現れるがこうして稀に人里に現れることもある。一般人の被害が広がるのはそういった時だ。
「おい! けが人はこっちだ! <治癒>スキル持ちはすぐに来てくれ!」
「すみません! 子供を見ませんでしたか!? 六歳くらいの男の子です!」
「うちの店の中にはばあさんの遺品があるんじゃ! 取りに行かせてくれ!」
町中で地獄の窯が開いたような騒ぎが起こり、中には火事場泥棒のような小悪党が出没することが予想されたためこの町の兵士はそちらと街中に散らばった魔物の討伐に注力せざるをえなかった。
「つまりダンジョンの攻略は冒険者に任されたということだ」
今時間の空いていたこの町のギルドマスター全てが集まった場でライシャは口を開いた。彼女がこの場を仕切っていることに異論のある人物はいない。
「町にでた魔物を調べたところ、幸いダンジョンの規模はそう広くない。せいぜい七階だろうね。森林型のようだが見通しは悪く、ダンジョンの中では夜になっている。できうる限り暗視持ちが望ましい。領主からも金に糸目はつけないから一刻も早く解決することを望まれている」
そこで一度話を切り、ここにいる全員の顔を見渡した。若いギルドマスター程狼狽しているが古参の人間、特に二十年前の事件を知っているなら動じている様子はない。
「班を三つに分ける。荷物持ちで戦闘には加わらない後方支援、五階ほどでそれ以上先には進まない先鋒、最後にダンジョンを攻略することになる本命だ。最低でもギルドから一つのパーティーは出してもらうよ。何か質問は?」
「報酬はどうなります?」
「後払いだが、相場の倍は出るだろう」
「万が一にも死人が出た場合の賠償は?」
「領主が出すつもりのようだ」
その場のギルドマスターは驚きながらも頭の中で勘定をつけている。はっきり言えばかなり好条件であり、焦っている人間ほど金払いのいい奴はいないと皆わかっている。要するに稼ぎ時だ。
「話はここまでだ。各自自分とこの冒険者と話をしな。時間がくればこっちで<念話>を送る。できるだけ急いでくれよ」
全員がその場を去っていき、ライシャとネモアだけがその場に残った。
「ライシャさん。私が全力で手伝う必要はありますか?」
ネモアは本来一流の冒険者にも負けない実力を持っている。彼女が戦闘に加わればかなり順調に事が運ぶだろう。しかし、
「必要ないさ。この町の冒険者はそんなやわじゃない。この程度のトラブルならすぐに解決できる」
「その度胸と読みの深さは流石です。そういえばダフト君は? あの子もホントは強いんですよね?」
「あいつは戦わないさ。それに、今は忙しい」
どこか思わせぶりなセリフにネモアは首を傾げる。町中に出現したダンジョン以上に重要なことがあるのだろうか。
集まった冒険者の中には
「トダイ……」
「今回だけはお前にも協力してもらう。いいなラッカー」
口を開かずに首肯する。ニッキもカズールもラッカーと目を合わせようとしない。彼らの絆が壊れているのは一目見ればわかるだろう。
「俺たちは先鋒の内の一隊だ。攻略に直接参加はしないけど手は抜くなよ」
恐らくはこれがお前とする最後の仕事だ。心の中でそうごちながら声をかける。
「わかってる」
言葉少なく、ダンジョンに入る一団に加わった。これだけ大規模な依頼なら食事や酒の一つや二つ出るものだが今は時間がない。
必要なら形式だの礼儀だのは場合によってはそこらへんに捨ててくるのが冒険者だ。
隊列を乱さない程度に速足で駆ける。流石に抜け駆けしようとするパーティーはいない。この町の一部がダンジョンによって麻痺した状態で得をする冒険者はいないから……ということもあるがギルドマスターから提示された報酬金額が十分すぎるという身もふたもない事情からだ。
ダンジョン探索は極めて順調だった。優秀な冒険者が多いのももちろんだが、それ以上に魔物に全く出会わなかったためだ。
草原型などと違い、見通しの悪い森林型なら敵と出会わないことも少なくない。その割に次の階層への入り口が見つかったのは運が良かったからだろう。しかしそれも三階までだった。
『ト、トダイ」
『ああ、いるな』
カズールの警告を受け取るとトダイもそこに視線を集中させた。何かがいる。だが何かはわからない。少なくとも大型ではある。
選択肢は二つ。
全員で倒すか、一隊だけ残って他は進むか。
先鋒の部隊長を任された冒険者に念話を送るとトダイたちに魔物を倒すか足止めをしろという指示が返ってきた。部隊を止めることは避けたいらしい。場合によってはここに留まったり脱出しても、報酬は減らないとのお墨付きももらった。
『俺たちだけでやるぞ。ただし無理はしなくていいそうだ』
トダイたちだけがそこに留まり、ゆっくりと部隊は四人から離れていく。その姿や音が全く聞こえなくなると敵が姿を現した。
ゆったりとしたローブをかぶり、捉えどころのない動きでこちらに近づいてくる。一見すると人に見えなくもないが、その正体は……ない。というより黒い靄が詰まっているだけだ。この国の人間なら子供のころに一度どころか十度は聞いたことがある魔物。
「ブギーマンか」
その言葉を聞いてローブで見えないはずの顔が笑った気がした。




