6
黒髪の快活そうな少女が可愛らしい、ひらひらの衣装を纏い、ステージの
「今日は結束祭で忙しい中、わざわざ会場に来ていただいてとてもうれしいでーす! あまり時間はないけど楽しんでくださいねー!」
会場からはユミィの名を呼ぶ声や声にならない叫びが轟いているため誰が何を言っているかなどわからないが、不思議と彼女の声だけははっきり聞こえていた。
「まずは一曲目、『ほら吹き領主の恋物語』聞いて下さい!」
まだイベントは始まったばかりだというのに男たちの熱気は留まることを知らない。無理もない。このステージに参加するためにどれほどの艱難辛苦を乗り越えたのかは涙なしには語れないだろう。
ある者は国の反対側から、ある貴族は身分を隠して、ある官僚は転売屋組織を摘発し、またある冒険者はダンジョンから生還してここに辿り着いた。
トダイたちが出会ったのは今のようなイベントに参加しているときだった。ラッカー以外はまだ人気が出ていないころからファンだったため古参に分類されるが、それを鼻にかけないので尊敬を集めている。
周りから見ればただの変人の集まりでしかなかったが、もちろん彼ら自身は全く気にしていない。彼らにとって重要なのは自分の同志と語り合うこと、何よりも推しの笑顔さえあればそれだけで幸福でいられる。
「今日は来てくれてありがとーう! 皆さんと一緒にこの時間を過ごせてとても嬉しかったでーす! また会える日を楽しみにしてまーす」
ステージの幕が降りると、会場に集ったファンたちも名残惜しみながらも会場を去っていく。
「よかったな」
「ああ」
「そ、そうだな」
「うん」
言葉は少ないがそれは彼らの理解が共有されていることを意味する。真のファンは言葉を尽くす必要などないのだ。
「俺はこれからスタッフの方々と話し合ってくる。今回はトラブルがなかったけどまた面倒ごとが起こらないとは限らないしな」
トダイはスタッフとも顔が利くため問題のあるファンやトラブルの処理を任されることも多い。
「まあ、むしろ僕たちが面倒ごとに巻き込まれましたからね」
「や、やっぱり疲れたな」
「それじゃあ今日はここで解散だな」
四人はそれぞれの方向へと散っていく。お互いの絆を確信していた――――この時点までは。
(大分遅くなったか)
トダイが家路についたのはもう年の灯りすら消え始めた夜中になってからだった。
そこで何やら少女の声がかすかに聞こえた。確かあれは、
「シシリィ、だったか」
彼女もまた昨今のアイドルブームに乗って知名度を上げている一人だ。
確かに美しい金色の髪とグラマラスな体形はいかにも男受けしそうだが、所詮はユミィちゃんの二番煎じにすぎない。否。比べることさえおこがましい。
どうやら彼女のイベントも終わったらしい。帰宅するファンの波がこちらにも来ないうちに家に帰らなければ。
しかし、そこにいるはずのない人影を見かけた。目を擦ってみる。次に頭を振ってみる。そして頬をつねってみる。しかし、見間違いではなかった。
確かにラッカーがそこにいた。
静かに気配を消して忍び寄る。雑踏に囲まれているというのにその足は全く鈍らなかった。
「おい、ラッカー」
空気が裂けそうな声でその名を呼ぶ。ラッカーは体を強張らせながら後ろに振り向いた。
「……トダイ……」
もう間違いない。偽物でもそっくりさんでも見間違いでもない。
「何故ここにいる」
右斜め下に視線をそらしていたラッカーは間をおいて答えた。
「決まってるだろ。シシリィちゃんのイベントに参加していたんだ」
瞬間にトダイの顔が憤怒の炎に包まれる。今までに見たことのない形相にラッカーは思わず身を竦めてしまった。
「どういうつもりだ! お前は決してユミィちゃんしか応援しないと誓ったはずだ!」
それは彼が、パーティーに加わる時に自分自身で誓ったことだ。それにつられてトダイたちも同様の誓約を交わした。
それ以来ずっと彼らはユミィだけを応援してきた。そのはずだった。
「確かシシリィのイベントは午前にもあったはずだな。お前、依頼を受けることを渋っていたのはそれが理由か?」
「……その通りだ」
「くだらん。シシリィ如きのイベントで仕事を放り出そうとするとはな。冒険者以前に人間としてどうかしてる」
その言葉を聞いて今度はラッカーが火を噴いた。
「如きだと!? シシリィちゃんのイベントを如きだと!? 自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「わかっているとも! あんな品のないアイドルは応援するに値しない! そもそもあれはサフォルから始まったアイドルだろ!? ロタンの俺たちが応援する必要はない!」
「今度は品がないと言ったのか!? あの穏やかで清楚なシシリィちゃんのどこが品がないんだ!?」
「清楚とはユミィちゃんにこそ相応しい言葉だ! シシリィなんぞ魔族にでもくれてやったほうがましだ!」
「……オレのことは裏切り者でも無能者でも何とでも呼ぶがいい! だがシシリィちゃんの悪口は許さん!」
そういうとラッカーはトダイに飛び掛かり冒険者同士の喧嘩が始まった。お互いスキルを全く使わない辺り一応手加減するつもりはあったようだ。喧嘩は衛兵が制止するまで続いていた。
黒い女に今までの全てを話し終えたトダイは語気を鎮めた。だが怒りの炎はその瞳にくすぶっている。
「俺がラッカーを追放したい理由はこれがすべてだ。あいつは俺たちを裏切った。なのにまだのうのうと俺たちのパーティーにいる」
「何故、ラッカー様はパーティーを抜けようとしていないんですか? 貴方たちとは全くそりが合っていないのに」
「知らん。あれ以来奴とは会話していない。大方抜けると負けだとでも思ってるんじゃないか」
「では追放に際して損害を被らずに済ませた方がいい人や組織はありますか?」
「……それも必要なことなんだな? ……ギルドとラッカー以外のパーティーメンバーには迷惑をかけたくない」
「承りました。場合によっては協力していただくことがあるかもしれません」
黒い女は一枚の紙を取り出し、トダイに渡す。そこには追放屋との連絡手段が書かれていた。
「もしも依頼を取り消す場合もそちらの方法でご連絡ください」
「そんなことはありえんよ」
吐き捨てるように口を開く。彼にとってもはやラッカーは人以下の畜生であるのだろう。
事のあらましを聞いたネモアは、
「くっだらないですねー」
と呟いた。




