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路地裏で一人きょろきょろと辺りを見回していたトダイは真っ黒な服に身を包んだ女に声をかけられた。
「トダイさんですね?」
彼女が何者であるかはすぐに気づいた。聞いていた通りの格好だったからだ。
「あ、ああそうだ。あんた、追放屋か?」
黒い女性はにこりともせずに無言で頷いた。
息を呑む。トダイ自身もそんなものが実在するとは思っていなかったが、藁にも縋る思いで孤児院に特定の金額を寄付すれば追放屋と接触できるという噂話を信じたのだ。
そして彼の切なる祈りは聞き届けられた。
「どうしても追放してほしい奴がいる! どうしてもあいつを許せない! 金ならいくらでも出す! あいつを、ラッカーをパーティーから追い出してくれ!」
彼の顔は真っ赤になり、今にも火を噴かんばかりの怒りで満ち溢れていた。一体何があれば人間がこれほどの怒りに身を包めるのだろうか?
「依頼を受ける前に理由を説明して頂いても構いませんか?」
「どうしてそんなことを……いや必要なことなんだな? わかった。説明しよう」
彼は滔々と説明し始めた。彼のパーティーに何があったのかを。
結束祭。
冒険者たちにとって最大の祭りであり、このロタンの町では国中を見渡しても盛大な祭りとなっている。
その結束祭が始まる一日前。誰もが今だけはお祭り気分に浮かれていた。トダイがリーダーを務めるこのパーティーも例外ではなく、いや他のパーティー以上に気分が高揚していた。
祭りは始まる前が楽しいという言葉通り、今日という日の為に行ってきた準備をお互いに確かめ合っていた。全てにおいて不備がないことを誰もが確信していた。
しかし、不測の事態とはそういう時に限って起きてしまう。
「トダイ! どういうことだよ! 今になっていきなり依頼を受けるなんて!」
怒りのあまり椅子から立ち上がるラッカー。
ラッカーの言うことはもっともだった。結束祭前日の日に突然依頼を受けたがる冒険者はいない。だからこそ彼らにお鉢が回ってきた。
「確かにその通りだ。でも今動けるのは俺たちしかいないんだよ。誰も彼もが忙しいし、仕事をしたがらない」
「だったら――――」
「しかし、俺たちは今日の為に入念な準備を行ってきた。今日一日潰れても何とか間に合うだろう?」
ラッカーは俯いて納得いかなそうな表情を作る。
まだ年若く、今年になってこの町に来たラッカーにとって初めて迎える結束祭は特別なものだからこそ誰よりも思い入れが強かった。
「依頼を詳しく教えてもらってもいいですか?」
冷静な口調で質問してきたのはニッキだ。その穏やかさに見合う風貌から学者のようだと言われることもある。ラッカーに会話を続けさせていては進展がないと判断したのかもしれない。
「北東の山の麓にあるダンジョンに鉱石を採取しに行った別のギルドのパーティーの救出だ。ダンジョンは洞窟型で<暗視>持ちのパーティーでないと救出が難しい」
洞窟型のダンジョンはほぼ光が差さないためやや難易度が高く、独特な魔物が生息していることも多い。しかし、貴重な鉱石などが採れる場合もあり、そこそこ重要度は高い。
「し、しかしどうしてわざわざ救出に向かわなければならないんだ? じ、自分たちの尻ぬぐいぐらい自分たちでさせればいい」
噛みながらも会話しているのはカズール。社交的じゃないが、耳と鼻が鋭くパーティーの歩哨を務めることが多い。
彼の言葉は冷酷だが真理でもある。自分たちのギルドのパーティーの失敗は自分で何とかするのが冒険者の義務だ。
「そいつらの責任じゃないんだよ。ダンジョンの階層が予想より大きかったんだ。成長したのか結合したのか、それとも単なる見落としかはわからないけどな」
本来ならダンジョンの規模は入念に調査され、攻略するか、ダンジョンを残したまま探索を続けるかが決まる。今回のダンジョンでは実入りが良かったため魔物の湧きつぶしを行いつつ探索が続けられていた。
しかし、まれにダンジョンの規模が変動することがあるし、規模を見誤ることもある。
ダンジョンは突然階層が深くなることがありそれをダンジョンの成長という。確率は低いが、近い種類のダンジョン同士がくっつくことを結合と呼ぶ。どちらも急激に難易度が変化するため熟練冒険者でさえ命を落とすことがある。
このどちらかならここのギルドが動く理由にはならない。
「何か見落としがあったと?」
眼鏡の位置を調整しながらニッキは訝しむ。
「かもしれない。そうじゃないかもしれない」
ダンジョンの規模の調査を行うのは冒険者だがそこから得られた情報を整理し、他の冒険者やギルドにダンジョンの情報を売るのは基本的にギルドだ。そして今回の調査を担当したのはトダイたちが所属するギルドだ。そのダンジョンの規模を間違って伝えていれば信頼を落とすことに繋がる。
ダンジョンの調査は浅い階層で行われるため偶然浅い階層に弱い魔物しかいなければそういうこともあり得る。青い紫陽花亭のライシャ辺りなら近間違いを犯さないかもしれないが、うちの店主はあれほど優秀じゃない。
「つ、つまりもしも被害が出てしまえばうちのギルドの、せ、責任になってしまうかもしれないのか?」
「そうなるな」
「結局尻ぬぐいかよ……」
ラッカーは不満そうだが、納得してもらうしかない。
うちのような弱小ギルドはちょっとした風聞で依頼が激減することもありえる。今ならまだ最小限の被害で済む。
「幸い今から行けば、結束祭の午後には間に合うだろう。本番のイベントは午後からだ」
ニッキとカズールは無言で頷いた。ラッカーはまだ渋面を作っている。
「ラッカー。もしまだ準備が不十分なら俺たちが手伝う。協力してもらえないか?」
ラッカーは押し黙っていたが、やがて頷いた。
賛同は得た。ならば、
「すぐに行くぞ。時間との戦いだ」
だがこの時にもっとよく考えておくべきだった。何故ラッカーがあれほど依頼に難色を示していたのかを。




