14
奇怪な八本の足を蠢かせて蠍はこちらに向かってくる。間違いなくこちらを攻撃するつもりだ。
「くそ! <頑強>!」
スキル頑強を発動させて迎え撃つ。別にスキルの発動に発生は必要ないけど連携をとるには自分が使っているスキルを声に出していた方がいい。長年の習慣として声に出してしまった。
頑強は自身の肉体や装備品の硬度を上げるスキルで守り向きだが、下手に使うと体が固まってしまい動けなくなるデメリットがある。
スキルレベルが上がれば効果の対象を正確に選べたり、ダメージを受ける瞬間だけ硬化させることも可能だがあいにくそこまでのレベルじゃない。
どうにか蠍の突進を食い止めたが、こいつの厄介なところは手数の多さだ。
(盾を鋏に取られた!)
ツインスコーピオの基本的な戦術はどいつも変わらない。鋏で獲物を押さえつけ二本の尾についた毒針で突き刺す。
間一髪頑強を解き、盾を離して攻撃から逃れる。追撃を避けるために必死で後ろに下がる。
そこに白い光の矢が突き刺さった。恐らく妹の魔法だろう。光魔法の使い手らしい。だが全く効果はない。いや、足を止めてこちらを観察しているところを見ると多少のダメージは与えたようだ。
おかげで冷静に思考を巡らせる時間ができた。
(なんでツインスコーピオなんかがいる!? あいつは草原型のダンジョンにはいない! それにあの大きさは少なくとも三十階以上のダンジョンじゃないといないはずだろ!?)
ツインスコーピオは厄介な魔物で、特に戦士には対処しづらい敵だ。鋏で体や武器をからめとられると、よほどの剛力でない限り脱出は困難であり、尾の毒も強力で解毒薬は存在しない。
もっとも簡単な対処方法は近づかれる前に倒しきることだ。幸い飛び道具はなく防御力もそこまで高い方ではない。だがこの面子にそれを期待するのは無理だ。どうにかして逃げるしかない。
「おい! ユッカ!」
兄貴の罵声が響く。気が散るから静かにしてほしい。だが次に続く言葉には耳を疑った。
「お前、あいつを足止めしろ」
あまりの暴言に思わず後ろを振り返る。少女の表情は俯いていてわからなかったが、兄貴の方はこれ以上ない妙案を思いついたとばかりに輝いていた。
「お前正気か!? その娘があいつと戦って勝てると思っているのか!?」
「知らねーよ! 俺が生き延びるためには盾が必要なだけだ!」
「兄妹だろう!? どうしてそんなことができる!?」
自分でも何のために怒っているかはわからなかったが、こいつの言うことは否定しなければならない気がした。
「俺とこいつは血がつながってるわけじゃない! こいつが勝手にそう呼んでるだけだ! もともとこいつは食い物を恵んでやったただのガキだ! ここまで育ててやったんだから俺がどう使おうと勝手だろうが!」
あまりにも身勝手な言葉の数々に言葉を失っていると、少女は一歩前に進んだ。
「そうだよ。お前はそれでいいんだ。俺が逃げ切るまで必ず戦っておけ! いいな!?」
そう言い捨てると脱兎の如く駆けだした。後にはオレと彼女の二人だけが残された。
再び蠍と対峙する。こちらの人数が減ったせいかじりじりと距離を縮めている。
「……貴方も逃げていいですよ」
彼女に話しかけられたのは初めてだ。よく見ると、彼女は震えていた。
そして願ってもない提案だった。このまま二人で戦えば必ず死ぬ。ツインスコーピオはやや慎重な性格をしているためなかなか襲ってこないが、いざ行動に移れば迷わない。逃げるなら今しかない。
(逃げていいのか?)
この状況で逃げ出すことは恥じゃない。全滅を避けるために殿をおくのは間違いではない。あの兄貴は決して間違った判断をしていない。
(なら何故足を止める?)
不意に――昔の記憶を思い出した。あれは誰に言われたのか?
『お前は何故冒険者になりたいんだい?』
何故? 何故? 何故――――?
過去を思い返す。
泣いている人がいた。兄を魔物に殺されたらしい。
怒っている人がいた。父を魔族に殺されたらしい。
絶望している人がいた。もう二度と歩くことができなくなったらしい。
オレはそんな人たちがいなくなればいいと、助けを求める誰かを助けたいと思って冒険者になった。いつの間にかその気持ちを忘れていた。
自分のことしか考えられなくなっていた。助けを求める誰かの声を聞くことを忘れていた。
彼女の姿をみてそれを思い出した。
だったら今度こそ聞かないと。もう間違えないために。同じ過ちを繰り返さないために彼女の本当の願いを聞かないと。
だってオレにはいつもこの子が助けを求めているように見えていたから。
「君はどうしたい」
「……え?」
その質問はあまりにも予想外だったに違いない。呆けた顔でこちらを見返していた。
「君はこのままでいいのか? 兄の言いつけだけを守って死んでしまってもいいのか」
「……あの人しか私を助けてくれませんでしたから……」
それだけ聞ければ十分だ。彼女は死にたいわけじゃない。他の生き方を知らないだけだ。
「だったらオレが君を助ける」
少女は大きく目を見開いていた。どこか怯えているようにさえ感じる。オレが身を犠牲にすると思ってしまったのかもしれない。
「勘違いしないでほしいけどオレは死ぬつもりはない。君も死なせない。だからついて来てくれるかい?」
少し戸惑っていたが、やがてこくりと頷いた。
「なら――――」
オレの提案を聞いた彼女はもう腹を括っていたのか、すぐに頷いた。
ツインスコーピオはもう十歩もない場所に迫っている。
覚悟を決める。
剣を振りかぶって、投げた。騎士なら絶対にしない行為。あいにくプライドなんかない冒険者だ。生き延びるためならそんな物捨ててやる。
ツインスコーピオは驚いたのかわずかに後ずさった。
「走れ!」
一斉に駆けだしたその先にあるのは――――ダンジョンの入り口だった。




