13
ただ淡々と魔物を狩る。
少し前なら一向に成長しない自分への焦りがあった。
もっと前なら強くなる自分への喜びがあった。
さらに前、冒険者になったころには恐怖で頭がいっぱいだった。
今はもう何も感じない。息をするように、瞬きをするように自動的に敵を狩り続ける。
それでも任務は果たす。当然だがダンジョンに近づくと魔物と遭遇する可能性は高くなる。故にどの場所で何度魔物と戦ったかを記憶すれば大体のダンジョンの位置は自ずと明らかになる。
それでも森の中にあるダンジョンの入り口を見つけるのは難しく、経験よりも運が必要になる。
だからあの兄妹二人を見た瞬間運はあちらに味方したことを悟った。穀潰しの兄貴が外に出てくるなんかそれ以外に考えられない。
オレの姿を見た途端兄貴は汚物を見るような表情になった。
「何だ? 何か用かよ」
「別に。たまには一緒に行動しようと思っただけだ」
しばしの間オレを睨みつけていたが、チッと舌打ちすると妹に前を歩かせた。
変に争うよりも面倒ごとを避けたい心理が勝ったようだ。
森を進むとほどなく光を呑むような、しかし不気味な光を放つ黒い球体を見つけた。あれこそがダンジョンの入り口だ。
隣を見ると妹は無表情だったが兄はどこかおびえているようだ。まさかこいつダンジョンに入ったことがないのか? だとしたらフリーの冒険者ですらない。
すたすたと入り口近くまで歩く。
「お、おい。何するんだよ」
「ダンジョンに入る。どんなダンジョンかは見てみないとわからないからな。お前たちはどうする?」
兄貴の頬にさっと赤みがさす。侮辱だと受け取ったらしい。そんなつもりはなかったが。
「行くぞ! ユッカ!」
妹の方は何か言いたげだったが口を閉じたまま兄貴の後に従った。
入り口に触れる。すると揺れるような、持ち上げられるような不快感が体を襲った。ダンジョンへの移動を開始したようだ。
外から見ると黒い球体の一部が膨れ上がり人を食べたように見えるから最初にダンジョンに入る時は心の底から怯えていた。今では忘れたい過去の一つだ。
目に入ったのは日の差す辺り一面の草原だった。遠くに湖も見える。爽やかな風が吹き抜け、一瞬今どこにいるのかを忘れた。ダンジョンには天候があり、自然もある。
ダンジョンはもし魔物が普通の生物だったらそこに生息していそうな環境になることが多い。この光景は予想の範疇だった。
一流の冒険者なら数度外に出ている魔物と戦うだけでダンジョンの構造を言い当てることができるらしく、実際にライシャさんは話を聞いただけでそこにいる魔物や環境をほぼ完璧に推測してみせた。
オレもこの辺りの読みは得意だった。ライシャさんの教え方が上手かったに違いない。その期待に応えられなかったことは後悔している。
「うおっ!?」
「……」
兄貴は驚きながら、妹は黙したままダンジョンに入ってきた。辺りをきょろきょろ見回しているところを見ると本当にダンジョンに入ったことがなかったようだ。
ダンジョンの出口は入り口とは反対に白い球体になっており、どこか神々しい。
「で? どうするこのまま進むか?」
下卑た視線を送ってくるが心の中では呆れてしまう。今どういう状況なの全く理解していない。
奥に潜る場合はこのフロアのどこかにある黒い球体を探さなければならないが、そこまでするつもりはない。というか許可なくダンジョンを進むと犯罪になってしまう。さらに草原型のダンジョンは広いため攻略に時間がかかるくせに希少なものが手に入り辛い。
一番有効な利用方法は農業を行って作物を収穫することだが時間も設備もない。恐らくケリーもそう判断するだろう。さっさと戻って本当にギルドに報告するのが一番だ。
未発見のダンジョンを発見した者には懸賞が出るためそこで満足するはずだ。
「戻ろう。あまりいいダンジョンじゃない」
逆らうかと思いきや素直に従った。妙なところで聞き訳がいい。それとも逆らうのは危険だと本能でわかっているのか?
三人ともダンジョンから出ると突如として乾いた足音と、複数の金属がこすれ合うような耳障りな音が聞こえた。
知っている。オレはこれを知っている。何度か戦ったことがある。兄妹も異変に気付いたらしい。三人がゆっくりと背後を振り返る。
そこにいたのは今まで見た中では最も巨大な蠍だった。
人の胴体を挟み込めるほどの鋏に不気味な目。そして何よりも二又に分かれた尾。間違いない。こいつは――
「ツインスコーピオ……」
珍しく妹が口を開いたが驚いている暇はない。このダンジョンには絶対にいないはずの強敵がこちらに向かってきたのだから。




