#8 悲劇の少年(2)
俺は自分の名前が分からない、何と呼ばれていたのか……そしてあの記憶の中に出てきた人たちは?
とても親しい人達だったのだろう。その人達の名前もわからない。
俺は頭が痛くなった……
「大丈夫ですか?今日は質問の量が少し多かった様です。負担なら拒否して構いませんからね」
正直辛い、だが辛いからといって向き合わない事も少し考えものだ。何せ自分が誰か分からないのだから。
「しりたい…おれ……しりたい。自分…しりたい」
「分かりました。貴方がそう言うのならば希望に添いましょう。 それならば彼から聞いたほうが良さそうですね」
タハン医師はランドさんを指差しながら言った。
「わかった。少年、聞いてくれ。俺はソドン村へ続く街道を進んでいたその時に、少年を見つけたのはもう話したな。何故ソドン村へ行く途中だったかと言う話はしていなかったかな?
昔にな、アレクという人にお世話になったんだ。当時俺はやさぐれていて、日々食べるものに困って居たんだ。ある日、俺は出来心でアレクが乗っていた馬車を襲ったんだよ。だけどアレクは襲って来た俺に怯えもせず、寧ろ俺に向かって来てな。俺は小心者だったからよ、向かって来られた瞬間に謝ったさ。
それから俺に食糧や寝床を与えてくれてな、とても優しくしてもらったんだ。それから俺はこの恩に報いたいと思うようになってな、その話をアレクにしたらな「私に恩は返さなくてもいいです。返したいなら受けた恩を周りの人にあげて下さい」って言われてな。
俺はこの言葉にとても感心してな、それからアレクに行商の弟子入りしたって訳だ。 アレクは俺よりも歳下だったが、とても優しく、時に厳しく、色んな事を教わったさ。お陰で今では立派とは言えねぇが、一人で行商が出来るまでに成長してるよ。
行商を一緒にして仲良くなっていく内に、色んな事を話してくれたよ、主に息子の事が多かったなぁ。初めて会ったのはもう15年程も前だったか。
赤髪で、真面目で、正義感もあって、奥さんに似ているとも言っていたな。名前はカインって言ってたな。その内娘の話も出て来て、親バカかぁと思っていたよ。だけど、その分子供の事を大事にしていたのは十分伝わっていたよ」
ランドさんは笑いながら話していたが、どこか悲しげな様子であった。
「治療院へ運んだ後は暫く目が覚めない状態で、食べる事すらままならない状態だった。そして日に日に痩せこけていったのを見るのは辛かった。アレクには何も頼まれちゃいねぇが、毎日の様に見舞いに来て祈ったさ。アイツの忘れ形見だと思ったからよ。
そしたら、ゆっくりだけど段々と回復していってよ。終いには拙いがしっかり話せる様にまでなって。俺はもう……嬉しくてよぉ……」
ランドさんは泣いていた。
「少年、いや、カイン。お前はアレクの息子のカインだ。記憶を失っていたとしてもお前はアレクの息子だ!」
その瞬間。何かが俺の中で弾けた。
俺は、俺の名前は……カイン。
父はアレク、母はユイ。
そして妹のメイリン。
親友のリョウ、その親のアイさん。
大事な人達が文字通り消えていった。
その原因は銀髪の妖女。
俺の中で、大きな悲しみ、憎悪、怒りがぐるぐる渦巻く。
「うわぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」
俺は叫んだ。叫ばずには居られなかった。
それを見ていたランドさんとタハン医師。
錯乱したと思ったタハン医師は薬で俺を抑えようとするも、ランドさんがそれを制止する。
そして二人揃って部屋から出ていった。
俺はただ叫んだ。布団に顔を埋めながら叫んだ。
どれだけ時間が経ったのか、俺は気持ちが落ち着いた後窓の外を眺めると、外には夜の帳が降りようとしていた。
少し冷静になった俺はふと思い返す。あの日の出来事を……
しばらくして、タハン医師と、ランドさんが戻ってきた。
「カイン君、大丈夫かい?急に叫び出すから錯乱したのかと思ったんだけど、ランドに止められてね。
なんだかそうなる切っ掛けがあったんだろう?教えてくれないかい?」
「おいタハン!オメェはそればっかりかよ、ったく。医師としての好奇心は分からんでも無いが、流石に落ち着いて直後にそれはねぇだろ」
「確かにそうだね。少し黙っておく事にするよ」
「そうしろ、カインの事は任せろ。
カイン、大丈夫か?飯は食えるか?」
「ゔ、ゔん」
あ、叫びすぎて声が枯れているな。
しかしランドさんは本当に優しいな。作る飯も美味いし。何よりあったかい。
「カイン、叫びすぎて声が枯れてんじゃねぇか。
まぁとりあえず、飯食って落ち着いたら話してくれるか?」
俺は頷きつつも、ランドさんの作ったご飯を食べていく。美味い。
二人は俺が食べ終えるまでちょっと口喧嘩をしていた。
「ご馳走さま。ありがとう」
「おう!美味そうに食ってくれて良かった!
それじゃぁ、少しずつで良いから、話してくれるか?」
俺は記憶が戻った事を話し、その後に村での出来事、そこから逃げている途中に銀髪の妖女に襲われ、何故か自分だけ生き残った事を話した。
二人は驚いていた。タハン医師にいたっては開いた口が塞がらない様子だった。変な顔だな。
「なるほど……って言っても全然理解は追いつかないがな。これは大変な事が起きているな」
「そうですね、すぐさま報告に向かった方が良さそうですね」
「馬鹿野郎、そんな事をしてカインをまた困らせるつもりか? カインは精霊様に魔王討伐の使命を告げられたんだぞ? それも含めて報告してみろ、直ちに王宮へ召喚されるじゃねぇか。
事態は緊急要するだろうがよ、言葉もあまり話せない状態のカインには酷ってもんだろ」
「確かに……ですが、報告はどうするのです? 虚偽の報告をしてみれば、事実が判明した暁には極刑は免れませんよ?」
「そこなんだよなぁ」
俺が伝えた情報がそこまで重要だったのか。確かに、直ぐでは無いにしろ、数年の内に魔王の復活が予見されているのならば、世界は混乱するだろうなぁ。
魔王討伐の為に戦力を確保する必要もあるだろうし。
そう言えば、ソドン村の件以外にも、似たような事件が起きている、という情報はランドさんから聞いたな。だけど、生き残りは誰一人として居ない。だから俺が一連の事件の重要参考人なんだそうだ。
「そうだ!」
しばらくの沈黙を破ったのはランドさん。
「おい、タハン! 報告に関してなんだが、カインの病状は考慮されるのか?」
「それは医師の診断により、療養が必要と判断されれば、召喚も無理矢理には行われないはずです。ただ、今回の件は異例ですので、正直微妙な所ですね」
「どうせ報告するなら、カインの病状は絶対に考慮してもらわねぇと。一番良いのは王国側から代理人がここまで来てくれる事なんだがな」
「そこまで上手く行きますかね? ですが、私もカイン君の現状を鑑みれば、召喚されるのは酷であると判断していますので、報告の際には私も同行いたします。ですので大方譲歩してくれるはずですから、安心して下さい」
「ならお前に任せる。頼んだ」
「任されました。今度何か奢って下さいね?」
「しゃーねぇ。分かったよ」
「では私はこれで失礼します。カイン君、今は少しでもゆっくりして休んで下さい。弱った心と体では何かとこの世界で生きるのには酷ですから。それに……いえ、やっぱり何もありません。では」
そう言ってタハン医師は部屋を出て行った。
「アイツは少し気に食わねぇ所はあるけどよ。とても良いやつなんだ。最後の一言も何かあるんだろうが、カインが不利になる様な事じゃねぇと思うから、あまり気にすんな。しかし、カインがそんな使命を告げられて居たなんてな。驚いたよ。しかも魔王の復活の兆しがあるって言うのが、眉唾もんだよ。何てったって俺らは物語の中でしか魔王の存在を知らないからよ」
「知らなかった……初めて知った」
「そうか……」
しばしの静寂が部屋を支配する。
「そうだ、今日は夕飯を食べに行こう!カイン行けそうか?」
「うん、大丈夫。ありがとう。」
そして俺たちは、ランドさん行きつけの食堂に来た。
「よぉ女将!二人席空いてるかい?」
「ランドかい!あーちょっと待ってな。今日もその子も一緒かい。なら元気つけてもらう為に腕を振るわないとね!」
「ありがとう!なら少し待っておくよ!」
俺たちは少し待った後、客席に案内された。
「さあ、カイン、何が食いたい?何でも良いぜ、遠慮はいらねぇ、金なら国から貰っているからな。はっはっは」
俺は品書き表を見ながらパッと目に入った物を指差す。
母さんの得意料理だった、蒸かし芋。
その名の通りダーシャク芋を蒸しただけの料理。
流石に母さんもお湯を沸かすくらいの事は出来るので、失敗しない料理の一つだ。後はただ、茹でるくらいか、たまに茹ですぎて野菜が溶けてしまう時もあったな。
そう思ってクスクスと笑っていると
「カイン……お前、笑ったよな?そっかぁ、カインが笑ったかぁ」
と言って泣いていた。涙脆いなぁランドさんは。
まあ、数ヶ月間も記憶と感情を失っていた状態だったんだろうし、まともな考えが出来るようになったのはつい先程の事だしな。
それはともかく、注文を決めてランドさんに伝えた。
後は料理が来るまで待つだけ。
「カイン、これからの事なんだが、しばらく俺と一緒に行商でもするか? まぁお前の親父のやってた仕事だしな、嫌かもしれねぇが、どうだい?」
「やる。恩返し、したい。でも、使命、大事。いずれ旅立つ。だけど、今はまだ、知らない事ばかり。お世話になります」
「そっかそっかぁ……えれぇなぁ。カインはよぉ、本当に偉いよ。流石、アレクの息子だ。アレク、みてっか? お前の息子は立派だぜ? あの世で誇れよ……」
最後はよく聞き取れなかったが。ランドさんはまた号泣している。
俺も心の中で、父さん、母さん、メイリン、リョウ、アイさん、村長や、村の人々達へ祈りを捧げた。
あの平和な日々を奪い、俺の大事な物を奪った奴等。
俺が必ず仇を討つ。そしてその元凶を作った魔王も滅ぼしてやる。そう決意した、家を出てくる前にだけど。
そうこうしていると料理が運ばれてきた。
ランドさんは豪華なディナーメニュー。俺はと言うと、蒸かし芋が3つ。ランドさんは本当にそんな物で良いのかと聞いてきたんだけど、思い出がある事を伝えると、頷いてそれ以上何も言わないでいてくれた。
幸せだった平和な日々はもう戻って来ない。
料理でヘマをする母さんを怒る事もない。
俺に怒られてしょぼくれる母さんを宥める父さんも居ない。
そんな状況を楽しみながら見ている妹も居ない。
休日などには一緒に馬鹿をやる親友も居ない。
馬鹿をやらかした暁に、アイさんから怒りの拳骨が飛んでくる事もない。
村の人達にも良く面倒はみてもらったなぁ。特に村長には。
あの人には色々と教えられた。俺が教会での授業が嫌だからと逃げ出しては村長に捕まり、身体の使い方を教えられた事もあったな。
俺にはおじいちゃんは居ないが、もし居たとしたら村長みたいな存在なんだろう。そういえば村長は、あの村皆んなのおじいちゃんみたいな存在だったな。
そんな事を蒸かし芋を食べていると思い出され、口の中に広がる味には、ダーシャク芋の大地の恵みの香りと、塩とは違うしょっぱい味がした。
ランドさんは俺の食事の様子を何も言わずに見ていた。
食事を終えた後は支払いを済ませ、店を後にする。
「満足したか?」
「うん……とても。美味しかった」
俺の口の中は未だしょっぱい味がしていた。
「そうか、そういえば今日は流星群が見れるんだとさ。見に行くか!」
そう言ってランドさんは半ば強引に俺の腕を引きながら、街の中にある見晴らしの良い小高い丘まで連れて行かれた。
「この季節と言えば流星群だよなぁ!カインは見たことあるか?」
「流星群……見たことある。村の感謝祭、見ていた。
ゔぅ……父さん、母さん、メイリン。皆んな……」
俺は亡くなった村人達と、親愛なる家族達へ向けて祈った。
その祈りに答えるかの様に、これでもかと言わんばかりの流星が次々に夜空を支配した。
そのままランドさんと共に流星群を眺めた。
今日はとても良い日だと心からそう思った。
村での出来事に全てに折り合いを付けた訳ではない。あの日、俺自身にもっと力があれば何か変えれていたのか、そんな事を考えていてもあの日々は戻っては来ない。それだけは分かっていた。
だからこそ、今俺に出来る事、それを考えて生きていかなければ、あの日亡くなった人達へ顔向け出来ない。それに、自分で立てた魔族を滅ぼし仇を討つ、という誓いを破る事なんて出来る訳が無い。その為には今後色々な事を学び、力を付けなければならない。だから俺はランドさんの誘いを受ける事にした。
俺はまだまだ未熟だ。だからこそ、色んな人から学んでいき、前を向いて生きていく。例え茨の道であろうと乗り越えて生きていく。そう強く決意した。




