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復讐、という本来であればラクトの逆鱗を逆撫でするような言葉を投げかけながら入ってきた男に、しかしラクトはそれほど精神を揺らさず、それどころかどこか呆れが混じった視線を向けた。
屈強な男だった。年の頃は三十歳前後に見える。黒髪を刈り込んでおり、太い眉に太い鼻。黒目がちな目がクリクリと動くさまは、どこか子供っぽさを思わせる。太陽が射す日数の少ないノーゼシアでは珍しくやや色が濃い肌の色をしており、その身体は筋肉質。背も高く厚みもある体は、まさに屈強という言葉がふさわしいとラクトにも思えた。
そんな身体を白い背景に良く映える深い緑色の軍服で包んだ彼の名はロイド・ゴーカイト。ここヴァルガドを守る軍の防衛隊長をやっている男だった。
「やあラクト。それにゴードンさんもお久しぶりです。イーシャさんも相変わらずお美しい」
そんな事を軽やかに言ってのける彼は、ラクト達とも個人的には近しい間柄だった。彼はかつてラクトの父、ラーグの部下だった男なのだ。
ラーグの機装の腕に感激して軍に入り、そこでラーグと一緒に機械いじりをしている内にゴードンにも整備を教わるようになっていたらしい。昔はラクトも遊んでもらっていた、所謂ちょっと気のいい兄ちゃんといった立場なのであった。
そんな彼だが、ラーグの死後ゴードンも去った軍において、へこたれずに努力を続けており、その結果として防衛隊の若きエースとして認められる程になっていた。魔導機装で操る剣技が評価されており、それで厄介な魔物の群れのボスを強襲して殺すことで群れを崩壊させるといった英雄的行動が数回あり、その働きの派手さもあって高い評価を受けているとラクトは聞いていた。
昔から知っている兄貴分があれよあれよという間に実力をつけ、それでいてカラッとした性格で笑顔を市民にも向けて人気があることから、それを知った時にラクトは少し誇らしい気分になったくらいだ。
そんな感じでラクトはロイドの事は昔は慕っていた。正直今のところは、ラーグの死をきっかけとして合わなくなった期間もあったために、多少ぎこちない部分がある。それでも憎みきれないというのがラクトにとってのロイドだった。
ゴードンにとってもロイドは上述の通り教え子と言える存在である。ベタベタと仲良くしたりはしないが、それでも一定の敬意をもって接してくれるロイドは、ゴードンにとっても可愛い存在らしい。
市民にもラクト達にも人当たりが良く親しく思ってもらえているロイドだったが、しかしイーシャにとっては微妙だったらしい。挨拶についてはにこやかに応対するものの、どこか一線を引いてロイドに接しているイーシャに、ラクトは不思議に思って聞いたことがある。
「ロイドに何かされたとか?」
「そういう訳や無いんやけど……暑苦しくて」
それを聞いたラクトは爆笑してしまったのを覚えている。確かにロイドはその体格もさることながら、無神経な言葉遣いをすることがある。以前に、恋人にノンデリだと言われて振られた、と情けない顔で落ち込むロイドに、ラクトはさすがに笑ってはいけないとは思ったものの、さもありなんと思ってしまい必死に耐えた事があった。
どうやら人当たりの良いロイドではあったが、女性に対しての受けについては必ずしもそうとは言えず、好みが分かれるらしいと聞いて、当時のラクトは妙な納得をしたものだ。
ロイドが無神経な発言をするのは、ラクトも良く知るところだった。ラクトに「復讐は辞めろ」と臆面無く繰り返して言うのもその一環なのである。
ラーグの死後、ロイドとラクトの交流は一回絶えた訳だが、再び繋がるころ合いには既にラクトは鬼狩りに、ロイドは街の英雄になっていた。
昔からラクトを知っているロイドは当然ラクトを諌めて来たし、それに対する猛烈な反発をラクトはしたものだ。しかしどんなに強い反発をしても、翌日にはカラッとした笑顔で同じことを繰り返し口にしてくるロイドに、最後にはラクトは根負けしてしまったのだ。
(この人には一々反論してても仕方がない)
それにロイドは悪気無く言葉を口にしてしまう悪癖がある事は昔から知っていたし、故に彼に対しては”聞き流す”という対処をラクトは覚えたのだった。
(ああ、きっとこういう所が恋人に振られた原因だったのかもな。こっちの事を考えていってるのは分かるが、それでもノンデリすぎるしな……)
などとやんわりとラクトは思っていた。とはいえ、昔からの付き合いはあるし、それにその無神経な言葉を聞き流しさえすれば、別段問題なく付き合えるのだ。突き放そうとも思えない。それがロイドとラクトの距離感だった。
ロイドとラクトは昔からの繋がりがある。父ラーグを介していたとは言え、二人個人のつながりと言えばプライベートのものだったとは言える。そして今となってはロイドは軍のエース、ラクトはギルドメンバーである。そうなると、その繋がりはコネという言葉に解釈できる方向に働く事もある。
ロイドは軍属でありその権限の範囲から、ギルドへの依頼を行う事もあった。その中でいくつかをピックアップしてラクトに回してくれる事があるのだ。それを全部受けるかどうかは勿論ラクトが判断する事ではある。故にラクトがどういう依頼を受けそうかを読んで、多少は鬼が絡んでいそうな依頼を回してくれたりもしているのがロイドだった。
勿論、上司であったラーグの事を考えて”復讐は辞めてほしい”という思いをロイドは常に抱いているだろうし、故に会うたびに復讐については言及する。が、それと同時にラクトを弟分として可愛がっているのもまた事実なのだろう。ギルドから受ける事ができる依頼よりは、多少は良い依頼を回してくれる事もあるのだ。もっとも、鬼退治以外の依頼も受けてほしいという思いも本当らしく、ラクト本人が受けるつもりはなくとも、気が付けば鬼とは無関係な依頼を受けている事もあった。ラクトが多少はバリエーションに溢れた依頼をこなす経験ができたのは、ロイドのおかげであるという面も大きいのもまた事実であった。
今回来たのも正しくそういう用事だった。ロイドはいつものように男臭い笑みを浮かべながら、ラクトに資料を渡してきた。
「……鬼が関係ない可能性が高そうな気がする。から、今回のは――」
「あらぁ、いいやないの。結構割のいい依頼に見えはるわ」
「本当じゃの。受けとけ」
近くのケイブを盗賊が狙っている可能性があるという情報を元にした依頼だったため、鬼が関係しない可能性を感じてラクトが断ろうとしたところ、一緒に資料をのぞき込んでいたイーシャとゴードンが賛成の声を上げてしまった。
勿論、最終的にはリーダーであるラクトが決める事だ。が、そうは言ってもラクトはこの二人には頭が上がらないところがあった。戦う力であるAX1を与えてくれたゴードンは元より、イーシャもどこか弟のようにラクトを見ているのか、その二人から向けられる視線をラクトは無視しきれないでいるのだ。
こと復讐に直結する事ならば話は変わってくる。が、この二人が乗り気であるならば、余程の事がない限り却下できないと思ってしまうのもラクトだった。
最終的に押し切られたラクトが不承不承依頼を受ける返事をした時だった。
ひょっこりとその場に一人の女の子が顔を突き出してきた。
「ロイドさん、兄さんを説得してくれた?」
女の子――ラクトの妹ララ・ディセルは、何の悪気もなしに臆面もなくロイドに向かってそう言い放った。
***
「――ララ。学校はどうした?」
「今日は半日授業だもん」
苦々しい顔をするロイドの言葉にそっけなく答え、ララはロイドに「どうなった?」と言葉をつづけた。
やや低い身長に、後頭部で縛った髪は薄い色。日光を浴びないノーゼシアでは珍しくない色の薄い肌もあって、全体的に薄いという印象を受ける。が、そうした身体の特徴を補うかのように服やアクセサリーには色が濃いものが目立つ。ロイドに言わせれば子供っぽく見えるのだが、大人になってファッションの幅が広がれば変わるのかなと思い、本人には特に告げてはいない。
黒髪が白背景に目立つラクトとは対照的だが、これはラクトが父親似、ララが母親似であるためだ。そんな外見の差異をあれこれ言われた事が無いでもないが、それでもラクトにとってララは少しだけ年の離れた可愛い妹だった。そのやや低い身長も、まだ手足が伸び切っていない子供であるが故であり、まだまだ守ってやらなければならない存在だ、とラクトは自分もまだ大人になり切れていない年齢であることを棚に上げて思っていた。
そんなララは、ラクトが復讐のためにAX1に乗る事を良くは思っていなかった。ラーグの死を悼み悲しんだことはそうだが、それと同じことをラクトがやると聞いてはその足に縋り付いてまで止めてきたものだ。
そこまではしなかったが二人の母も復讐については反対していた。正確に言えば復讐そのものはともかくとして、ラクトが戦場に立つことそのものに忌避感を覚えていたのだ。それは考えれば当然の事で、軍の中でもトップクラスだった自分の夫、ラーグでさえも戦場で帰らぬ人になったのだ。まだ未熟である事を除いたとしても、自分の息子を戦場に立たせてしまう事には心労を覚えるのは当然の事だった。
復讐に燃えるラクトはそんな母とララの反対を鬱陶しく思ってしまい、家を飛び出した。その後紆余曲折ありゴードンやイーシャ達と出会っていた頃合いに、ラクトはララ達と再会した。ラクトの活躍を聞きつけて、ララが母親と二人で家のあったケイブからヴァルガドまで訪れたのだ。
その時の事は、あまり思い出したくないのがラクトの本音だった。
再会に喜び、感情が乱れて泣き叫ぶララ。同じようにラクトの無事を喜ぶも、その近くにいたゴードンとイーシャに怒りの感情をぶつける母。対応に困り果てるラクト達。
ラクトがなんとかララをあやしている間に、ゴードン達が母とどんな会話をしたのかは今でもラクトは知らない。だがゴードンが元々ラーグの命を預かるような信用を得ていた人間であること、そしてイーシャも含めてラクトの安全マージンを考えながら働いている事、そしてラクトもギルドで異名を持つほどの実力を得るに至っている事などから、なんとか認めてもらえたらしい、とだけラクトは聞いていた。
問題はその後である。ララがラクト達と一緒に働くと言い出したのだ。当然、ラクトも母も猛反発した。
だが「自分がいる事で兄のストッパーになる事ができる」、「後方でのサポートをするだけで戦場には立たない」などなどの理屈をぶち上げて、最終的にララは母の説得にまで成功してしまったのだ。どこからそういった理屈を持ってきたのかラクトは今でも頭をひねる。もしかしたらイーシャから何か吹き込まれたのか、と思う事もあるが真相は闇の中だ。
髪や肌の色を見るに耳の長ささえなければイーシャとララはともすれば姉妹とも見える程に仲が良かった。時折彼女らがコソコソと話して笑いあっているのを見ると、女同士の会話だから混ざらないでおこうと思いつつも、何かしらの悪だくみをしているのではないかとすら思ってしまうのがラクトだった。
いずれにせよララは学校を辞めずに放課後にだけ働くこと、そして基本的に後方での情報収集や解析をメインの仕事とすることで戦闘の危険はない事、などを条件としてラクト達のパーティに入る権利を勝ち取ったのだった。
ララを加える事には最後まで反対だったラクトは何か理由をつけてすぐに辞めさせようかとまで思っていたのだが、困ったことにララは優秀だった。復讐というワードに平常心を失うラクト、不愛想なゴードンと、パーティの運営からは一歩身を引いているイーシャでは、ギルドやその他とのコミュニケーションに難があったのだが、そこをララは難なく突破して信頼関係を築くことに成功してしまったのだ。
母親を説得できたことにその片鱗が既にあったのかもしれない。今となってはギルドのリンダを始めとして、ラクトよりもよっぽど良い関係を築けている人間が多くなっていた。まだジュニアハイスクールの生徒であるからフルタイムとはいかないが、それでもその実力は事務作業についても発揮され、今では一行にとってはいなくてはならない存在にまで成り上がっていた。
更に言えば、最近ラクトが引き受けている依頼についても、ややララの思惑が入り込んでいるのではないかとラクトは邪推している。ララは復讐反対派であり、安全マージンを取ってもらいたいと思っている。が、それだけではラクトの側にいられないと分かっているから、ラクトが一応納得する依頼をちゃんと受けてくるのだ。
しかしその依頼の傾向が、やや安全マージンが高く、それでいて鬼の情報が入りにくいものに寄っているのではないか、というのがラクトの邪推である。元々ラクトが欲する鬼の情報などそう簡単に入ってくる訳ではない。しかしそれでも、やや遠ざけられているという印象を受けていたのだ。
かといってそれはラクトが感じるものであるだけだ。ゴードンやイーシャからは特に何も言われていないし、ララが加わったことにより仕事が効率的かつ機能的に回るようになったのも確かなのだ。
ララはラクトの可愛い妹だ。故に自分のそうした違和感を元に怒鳴りつけるという事もできず、何やら掌で転がされている感覚を覚える事すらあるのが最近の状況であった。
ロイドが回してくる依頼の傾向さえも、実はララにコントロールされているのではないか、とすらラクトは思っていた。その疑惑の視線をラクトが向ける先で、ララはロイドが復讐を止めさせることができていない事について苦言を呈していた。どうやらラクトに懲りずに復讐を辞めろと言ってくれる人材がロイドしか周りに残っていないため、そこにはっぱをかけているらしい。
(勘弁してくれ)
というのがラクトの正直なところであった。
「……で、もうちょっと詳しい話を聞かせてくれるの? それとも資料を読めって?」
「ああ、それについてだが――ああ来た来た、こいつに聞いてくれ」
ため息をつきつつ尋ねるラクトに、ロイドが自分の後ろを指し示した。と、軍用車両から降りて来る一人の軍人がいた。
ラクトにも見覚えのある人だ。名前は確かオランド。ロイドの副長だった筈だ。そして苦労人だ、というのがラクトの印象だった。
ロイドは戦果をあげてエースと呼ばれたりもしていたが、その実「一人の方が動きやすいし、見つかりにくい」と言い張って部隊を一人で抜けて行動してもいた。それ自体は軍隊としては許しがたい事ではあるが、結果として大戦果を挙げているロイドには言いにくい。そこで、ロイドが抜けた後でもなんとか部隊をまとめ上げる手腕を期待されているのがこのオランド副長である。
更に言えばロイドは書類仕事も苦手であり、何かと理由をつけては抜け出したりしているらしい。ラクトに会いに来るのもその一環なのだとか。それの尻拭いを押し付けられているのもまたこの副長だった筈だ。
近づいて彼の顔に疲れがにじんでいるのを見ると、やや同情してしまうラクトだった。
彼は先行してしまったロイドに苦言を言うが、ロイドはすまんすまんというだけで意に介してくれない。更に同情を重ねるラクトに、彼は向き直ると気を取り直すようにクィと眼鏡を上げた。
「話をどこまで聞いているか分かりませんが、今回依頼させていただくのはここから北東にある小規模ケイブを狙う盗賊の討伐補助依頼となります」




