1-2
顔に憮然とした表情を残したまま、ギルドを出たラクトは町はずれに向けて歩いていた。そこには少しの反省の色も含まれてはいたが、それでもそれを覆い隠してしまう程の不機嫌さは色濃かった。
ラクトとて、リンダの言葉がそれほど的外れであるとは思っていない。いや、正確に言うなればラクトが復讐をすると誓ったあの日から、ずっと言われてきた言葉であり、言われ慣れてしまっている言葉ですらあった。
その意味では無視するなり、冷笑してみせるなりのやりようはあるだろう、くらいの事はラクトにも自覚はあった。
――だが、どうしようもなかったのだ。
リンダの口から復讐を否定する言葉が放たれた瞬間、ラクトの中で”何か”が煮えたぎった。その衝動がそのまま気配として漏れ出て、周囲を怯えさせてしまったのだ。更には口から言葉としてほとばしってしまう寸前だったが、それをリンダの必死の謝罪が食い止めた。そのリンダの行動には、むしろラクトの方が少し感謝してしまった程だ。
(もう、自分でもどうにもならない)
ラクトの中の復讐の炎は、復讐を誓ったあの日から、変わらずに心の中心でくすぶっているのだから。
そんなラクトの視界の中に、工場が見えてきた。周囲の建物がやや低い中、少しだけ目立っているそれは、ラクトの仲間である技師ゴードンの工場だった。
工場とは言ったが、それは内部を知っているラクトの話だ。一般人が見ればただの倉庫でしかない。それをゴードンが自分で改造し、使いやすい工場に作り替えてみせたのだった。
工場に近づくラクトに気づいたのか、工場の前にいた人影がこちらを振り向いた。それがゴードン・オルトラフだった。
やや低い背に筋肉質な身体。豊かな顎髭をたたえた顔の眼光は鋭い。ゴードンの姿は彼の人種そのまま、つまりドワーフとして一般に認識される特徴そのままだった。
ゴードンは老年に達している元軍属のメカニックである。ラクトは詳しく知らないが、その技術は軍内部でもトップを張るほどだったらしい。そして何より、ラクトの父ラーグの機装の整備もしていた。復讐を誓ったラクトは戦う力を欲した。そうして方々のあてを探っている内に、軍を辞めていたゴードンを見つけて引っ張り出してきたのだ。
ゴードンに初めて自分の機体を見てもらった時の事をラクトは今でも覚えている。
ラクトはジャンク品の山からなんとか小型機装の部品をかき集め、動くように仕立て上げたのだ。それをゴードンに見せて「これで鬼を倒す、父さんの仇を取る」と言い放ったのだ。
その時にゴードンに落とされた雷はいまだに忘れられない。こんなおもちゃで鬼と戦うなど、死にに行くようなものだ、と。復讐の炎がまさに燃え盛っているラクトではあったが、さすがにこれで戦うのは無理があるとは分かっていた。だからこそゴードンを見つけてきたのだ。
――なら、あんたが手伝ってくれ。まともな魔導機装を作ってくれ。
ゴードンは散々渋ったが、このままではラクトがこのガラクタを使って鬼に突撃していく未来が見えたのだろう。最終的には引き受けてくれた。
その代わりに様々な条件を飲まされたし、何よりゴードンは魔導機装については一切の妥協をしなかった。
そうしてゴードンの伝手と技術とを総動員して作られたのが、ラクト専用機であるAX1である。その名前に大した意味はない。適当な型番としてつけたものを、そのまま採用しているだけだ。
その後ラクトはAX1を駆って、鬼退治に向かっていった。ギルドに所属したのもゴードンの条件の一つだ。ただ復讐だけで突き進んでも、続かない。経済的にも実力を高める意味でも、ギルドメンバーとして働くことの重要性を説かれてしまえば、ラクトも納得せざるを得なかったのだ。
そうしてAX1で鬼退治に向かったラクトだったが、正式な訓練を受けている訳でもないのにそれなりに戦えてしまったのだ。それを知った時のゴードンの頭を抱えていた様子もまた、ラクトはよく覚えていた。
実戦の恐怖を知る為、そして何より戦いの難しさを知る為。ゴードンはAX1をラクトの生存を第一に考えて組み上げたらしいのだが、ゴードンが想定していた何倍もの実力をラクトは発揮してしまったらしい。ここまで来ると、安全設計そのものがラクトの操縦技術を邪魔して、逆に生存確率が下がってしまうのではないか、と思い至ってゴードンはしかたなく本格的にカスタムをしてくれた。
そうしてカスタムにカスタムを重ねて作られたのが、現在のAX1である。ラクトはこれに乗り、ギルド内で”鬼狩り”と異名が付く程に鬼退治の依頼を受け続け、そして達成し続けてしまった。
勿論、ラクトに才能があった事もまた事実だろう。だがそれを遺憾なく発揮できるようにしてくれたことについては、ゴードンの力が大きい事は明らかだった。
それはそれでよいのだが、ラクトにはゴードンに飲まされた条件の中で一つ釈然としない事があった。条件はどれもこれも、ラクトの身を案じ、また魔導機装を十全に使うためのものであったのが基本だった。もちろん、ラクトにとっては煩わしいものも多かったが、数年その条件下で動いてみると、その条件があったからこそ助かっている部分を認めざるを得ない部分も多々あった。
だがそれでもたった一つだけ、ラクトがまだ納得できていない事があった。それがーー。
「――ん」
倉庫の入り口にいたゴードンが、近づいてきたラクトに向かって手を伸ばした。それに苦い顔を見せながらもラクトは懐から封筒を取り出す。ゴードンはそれを奪い取るかのように手に取ると中を確認し、一つ納得したかのように頷くと、別倉庫に向かっていった。
ラクトが取り出した封筒は、先ほどギルドで受け取ってきた給料袋である。そして別倉庫とは、ゴードンの”趣味”の範疇である。
――引退したワシを引っ張り出すんだ。老後の趣味には協力してもらう。
ラクトが釈然としない条件。それは彼の給料のほぼ全てをゴードンに渡す事だった。勿論、生活できる最低限は別だがそれ以外の全てはゴードンに取られていた。
最初はラクトが魔導機装に詳しくない事もあり、カスタムするのにそれくらいお金がかかるのかと思っていたのだが、時間が経つにつれてそれだけではないことも分かってきた。
それで聞いてみたところ、返ってきた答えが「趣味」であった。
魔導機装のカスタムなりメンテなりはするが、それ以外のお金は全て彼の趣味に使っているのだと。
「老後の楽しみを奪っているんだ。これくらいは好きにやらせてもらう」
そう言われるとラクトには反論などできはしない。結果として、ラクトは自分の小遣いを休日に回したり無駄遣いをする余裕など全くなく、全てをゴードンに取られてしまっている状態だった。ゴードンはそのお金でAX1の整備とは別の倉庫を作り、そこで趣味に没頭しているのだという。今もその為の材料業者の営業なのか、狐目のサラリーマン風の男と会話しながら別倉庫の中に入っていった。ラクトにすら入らせてくれない、完全にゴードンの領域である。
それを見るラクトの顔は微妙だった。
自分は復讐に人生をささげると決めた。だから、それはいい。だがお金全てを取られてしまう現状に納得できているかというと――。
その不満が顔に出ていたのだろう。ゴードンの守銭奴に見える様子に不満を覚えているラクトがブスッとした顔をしてしまったところ。
それを見て思わず吹き出してしまったという様子の女の笑い声がラクトの耳に聞こえて来た。
***
ゴードンの金の執着ぶりに内心「この守銭奴が」と思っていた不満が顔に出ていたのだろう。それを見た女の笑い声がラクトの耳に届いた。
不満げな顔をそのまま笑い声の元に向ければ、そこにいたのは一人の女エルフだった。
年の頃は二十代に見える。非常に整った顔立ちに長くとがった耳という、エルフという名から連想される容姿そのものを持った女性だった。しかし普通のエルフのように見えるのもそこまでだった。
綺麗な長い金髪をしているだけならまだしも、それを結い上げて簪でまとめ上げている。着ているのは戦乱大陸と呼ばれるアザヴィア大陸の東方の民族衣装で、確かキモノと呼ばれているものだとラクトは覚えていた。足元もノーゼシアで一般に出回っている靴ではなく、ゲタだかゾウリだかと呼ばれているものだった筈だったが、その正式名もラクトは聞き流していたために出てこなかった。
キモノとは見かけ上ただの布を羽織っただけのようにも見えるし、体型を隠してしまうそれを着てもなお細身に見える彼女を見れば、ただの変わった格好をしたモデルのようにすら見える。
しかし実際のところ、彼女は実力派の前衛である。アザヴィア大陸の東方には、武の聖地コンロンと呼ばれる修行場がある。彼女はそこで武術と勁術を学び、武侠という称号を名乗る事を許された格闘家なのである。
その外見からは想像もできないのだが、屈強な男達を触れただけで跳ね飛ばすような所業はラクトも何度も見ており、その実力は疑いようがない。
実際に彼女との出会いもそうだった。ラクトは鬼狩りと呼ばれる程にはギルドでも実力を示しているのだが、それも魔導機装に乗っていればこそだ。搭乗していない時のラクトは一般人よりはマシというレベルの戦闘力しかもたない。
以前にAX1に搭乗する前に襲われた事があり、そのあわやというところを救ってくれたのが彼女、イーシャだった。
そこでお礼の意味で食事を共にした際に色々と話した結果、復讐に燃えるラクトの事情を知ったイーシャ・リェレンが自分から協力を申し出てくれたのだった。
以来、イーシャはラクトの非搭乗時のボディガードみたいなことをしつつも、AX1の隣に立っても戦ってくれている非常に強力なパーティメンバーになっていた。
そんな彼女が、口元に手を当てて上品に笑いながらしゃなりしゃなりと近づいてきた。この歩法も一見ただの綺麗な歩き方に見えて、その実油断などが無く何があっても対応できるようなものなのだとイーシャは言っているが、生身の武については素人も同然なラクトにとっては全く分からなかった。
「あれまぁ。ただの子供みたいな顔しはんなぁ。もうハイスクールに行ってる年やろ?」
「……いつもの事だけどさ、ゴードン守銭奴すぎないか。ドワーフってそうなのか?」
「さぁ。そんな事は無いと思うんやけど」
クスクスと笑うイーシャは、そうしてみれば服装も相まってただの”キレイなお姉さん”に見える。アザヴィア東方のなまりだという言葉遣いもその印象に拍車をかけていた。
しかしその武術の腕もそうだが、性格的にもそう大人しくはないのだということはラクトにも分かっていた。その容姿から来るイメージに反するようにコンロンとやらに修行に行ったという話もそうだが、戦闘中に見せるアクティブさはやはり大人しいとは言えない物だった。
これはラクトの失敗談なのだが、かつてラクトはイーシャに「そう言えばエルフって長寿なんだろ? 実はイーシャも結構、年齢言ってるのか?」などと聞いたことがある。
それまで何を話していたかは覚えてないが、彼女のにこやかな笑顔はそのままに雰囲気が180度変わり、自分の死すら薄っすらと感じてしまった事があった。
まだ二十代である、という彼女の言いようをただブンブンと顔を上下に動かして頷くしかできなかったという記憶はラクトにとっては思い出したくもないことだった。
その時聞いた所によると、エルフは確かに永遠を生きるだの不老だのというイメージはあるが、実際の所は寿命自体は人間や他人種と変わらないらしい。ただ他人種からすると若く見える、老けないように見えるだけなのだそうだ。
――やとしてもウチはまだ二十代やけど?
という念を押すイーシャの言葉にまたひたすらラクトは頷くことしかできなかったという思い出だ。
そんなことを思い出していたからだろうか。イーシャの笑顔の後ろにやや黒いものが見えてきたかと思うと、
「あれ? 何かあまり良くない事考えてるん?」
この言葉には逆らってはいけない、と危機を感じたラクトは慌てて話題を変えた。
「いや、そうじゃなくて、だな。……そう言えばゴードンと言えば、イーシャとの仲は別に悪く無いなって。エルフとドワーフって仲が悪いんじゃなかったのか?」
それを聞いた瞬間。目の前にいたイーシャだけではなく、いつの間にか別倉庫から出ていて近くに来ていたゴードンまで、はじかれたように爆笑した。
「ガハハハハハハハ。こ、この時代に? 旧三界の更に古い時代ならばともかく、新界も千年が経とうとしているこの時代に、エルフとドワーフは仲が悪いかだと? 随分な古典的ジョークを真顔で言いよる。ブフッ」
こらえようとしても抑えきれないといった態で笑い続けるゴードンに、目じりに滲んだ涙のしずくを払いながらイーシャが続く。
「そら、仲が悪いエルフとドワーフもきっとおるよ? でもそれは人族も同じで、人種やなくて人による話や。今日日この新界で人族は肌の色で差別する、なんて与太話を信じる人なんておらんやろ?」
話題を転換するつもりで自分から言い出したものの、こうまで笑われるとそれはそれで釈然としないラクトだった。
この前衛のイーシャ。そしてラクトの搭乗機であるAX1のメカニックであるゴードン。それにサポート要員の一人を加えた三人が、ラクトが共に戦っているパーティメンバーだった。
この三人と共にラクトはギルドの鬼関連の仕事を片っ端から引き受け、ついには”鬼狩り”の異名を付けられるまでになっていた。犯罪を犯した鬼の事件を取り扱い、それを倒しつつ情報を得る事で、父ラーグを殺した鬼を探し当てて復讐する事。
それがラクトが夢見ている復讐の形なのであった。
そんな、イーシャとゴードンに笑いものにされているラクトという構図に、声をかけてくる男がいた。
「お、にぎやかだな。復讐は辞めた方がよいって気づいたのかな?」




