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1-4

「隊長、どうしますか?」


 チラチラと降りゆく雪を背景に森の入り口にて。隣から聞いて来る副隊長の言葉に、隊長と呼ばれた男は「うぅむ」とうめき声を漏らした。


 隊長と呼ばれた彼が率いているのは、とある小規模ケイブの防衛に割り振られた部隊である。本来はケイブの護衛を行うのだが、このケイブを狙っている盗賊がいるという情報が入り、軍隊本部にも情報共有した上で、それの討伐をすることが決まったのだ。

 増援部隊を送るのでそれと合流してから攻勢をかけるという話だった為、ケイブには最低限の人員を残して増援部隊との合流ポイントまで進んでいたのだが、詳細な情報を集めておこうと盗賊がいるとされる森に斥候を放ったところで得た情報が、”盗賊達発見”と”もうそろそろ移動しそうだ”という二つの情報であった。

 つまり、増援部隊を待つか待たないかという判断を迫られているというのが隊長の今の状況であった。


 元々の命令を考えれば待つ方が正しい。この地にあっては軍よりも小回りが利く民間組織のギルドとの合同作戦を取ることもあり、今回もギルドの精鋭が来るとの話だった。

 しかし”機”が今であるという事は隊長としても見過ごせなかった。

 そして改めて自分が率いる部隊を見回す。誰もが超小型の魔導機装を身にまとっている。軍に正式採用されている機体でMG8-CQ03"アズ"である。

 魔導機装も超小型まで行くと操縦桿を握って操るのではなく、自分の動きを補助するパワードスーツに近くなる。特にことノーゼシアにおいては防寒の意味も強いし、自分達が駐在している小規模ケイブでは、ケイブ内においても動けるという利点があった。

 勿論、小型、中型といった魔導機装に比べればパワー不足は否めない。しかし今回の敵は人間である。しかもこれから奇襲をかけようというのだ。であれば生身の人間と魔導機装を纏った自分達との闘いという事になる。冷静に考えても勝算は高いと判断ができてしまう。


「隊長。我々は、行けると考えています」


 隊長の迷いが見えたのだろう。副隊長が言葉を重ねてきた。そう、超小型に分類されるものとは言え、彼らが身にまとっているのは軍で正式採用されている魔導機装であるし、日ごろのメンテも欠かさない。扱いについては日々訓練を重ねている。

 そんな彼我の戦力を考え、更に軍としてのプライドが頭をかすめる。ギルドに頼らなくても行ける、と。


「――よし。行くぞ」

「はい!」


 そうと決まれば早かった。増援に来るギルド人員に対する連絡を残して、隊長は即移動を開始した。斥候に出していた部下を先頭に立て、気づかれないように静かに、しかしできうる限り素早く森の中へ移動をしていく。

 やがて針葉樹の木々に隠れるように、しかし灯りとしての焚火の光が見えるようになってきた。森にここまで入れば外から見えないと思ったのだろう。それが彼らの命取りだ、と隊長はほくそ笑みつつ近づいていく。


 木々の隙間から覗くとそこには確かに盗賊らしき人の集まりがあった。火を囲んでワイワイとやっているのを見て、完全な油断を見て取る。

 隊長から見て近い場所に一人背丈の大きい男がいた。”これが親玉か?”と思ったが、彼がどうも機嫌を取るように奥にいる人間に接しているのが、言葉は聞こえないが態度からなんとなく伝わってきた。そちらは木の陰で見えないが、恐らくそちらが親玉なのだろうと隊長は判断した。


 部下に指示を出し配置につかせ、タイミングを図る。閃光弾を盗賊達の中に投げ込み、それが強烈な光を放ち彼らを混乱に落とし込んだところで、一気になだれ込んだ。

 そして――致命的なミスをしている事に気が付いた。

 鬼だ。

 鬼がいた。

 ただの人間の集まりの中に、鬼がいた。そしてその鬼と――目があった。


 先ほど木の影に隠れて見えなかった者。それが一際大きい体を誇った鬼であった。閃光弾が効かなかったのは、対人間を考えていた為か偶然かそれとも鬼には通用しなかったのか、それは分からない。

 重要なのは鬼が盗賊共の味方であり、乱入してきた自分達を敵とみなしているという事だった。


「なんだ貴様らっ!」


 鬼が怒号を上げる。身体が全体的に青みがかっており、その身体は機装を纏っている自分よりも一回り以上大きい。側頭部から生えたねじくれた角が鬼であることを主張していた。なによりこんな極寒の屋外で半裸でいられる時点で普通の人間である筈も無い。

 鬼は人間の言葉を喋る事ができる。とは言え人間社会に馴染めるわけもないために距離を置くのが普通である。が、時折鬼社会から弾かれた鬼と、人間社会から弾かれた盗賊とが意気投合し手を取り合うケースがある。人間は食料や住処を提供し、鬼はその強さを提供する。それは悪党によるWinWinな関係というものだったが、そうそうあるものではない。

 今回はそのレアケースを引いてしまったという事だ。しかも事前の調査でも気づけなかったという事は、よっぽど最近の接触に違いない、と隊長は理解した。


(いや、それ自体はどうでもいい)


 今はこの事態をどう切り抜けるかであった。元々人間の集団を奇襲することを目的とした一団であった。鬼の対処など想定していない。故に部下たちが浮足立っているのを見て、隊長は覚悟を決めた。


「作戦通りに盗賊を制圧せよ! 鬼は私が相手をする!」


 なけなしの勇気を振り絞って叫んだのは正しい判断ではあっても、それを実際に成せるかどうかは別問題であった。このまま鬼の存在に怯えていては、元々は容易だったはずの盗賊の制圧すらできなくなってしまう。何しろ時間をかければかけるだけ、閃光弾を用いた奇襲の優位が薄れていくのだ。

 部下達の思考を作戦に戻す事で、迅速な対応をできるようにしたという彼の判断は曲がってはいない。が、彼自身が鬼と相対して倒せるとは思ってはいなかった。


 魔物としての鬼に恐ろしさは何か。それは単純に巨躯とそれによる怪力である。ノーゼシアにいる鬼はその寒い環境故か、他大陸の鬼と比べて体が大きく、角が短い傾向にある。そして何より、使う魔法の傾向も生体強化に類することが多い。

 絡め手を使ってくる事は無いということだけは安心材料ではあるものの、しかしその怪力に対応し切れるのかと言えば、隊長にもその自信はなかった。


 魔導機装の強みとは、勿論防寒を始めとするいくつもの要素があるが、こと戦闘面に限るならばやはり巨躯から来る出力と、様々な装備を扱えることである。が、後者については今回は対人間用の装備しかないため、あてにはできない。

 では出力で鬼と対峙できるのかと言えばそれも怪しい。何しろ目の前の鬼の方が体が大きいのだ。それに仮に機械仕掛け故に単純な力比べで勝てたとしても、素早さ身軽さについては太刀打ちできないというのも大きい。

 魔導機装は乗り物である以上、操作が必要でありそれ故にワンテンポずれるのだ。それは超小型の機装であっても同じである。同じ大きさであるならば、当然生身の身体を持つ鬼の方が有利に動けることは当然であった。


 身体を見れば出力でも勝っているとは言えない。そして体の動かし方についても鬼の反射神経についていけるのかが怪しい。となれば、いかに隊長が自分の隊の中でもっとも腕に自信があったとしても、鬼に勝てるとは思えなかった。

 それでも勝機があるとすれば、それは部下との連携である。軍で鬼退治をしたこともあるのだ。作戦と装備さえあれば無理な事ではない。

 故に今はなんとか鬼の攻撃をしのぎ切り、その間に部下達が盗賊達を制圧し終わって、こちらの助けに来てくれるという事に賭けるしかない。

 それが隊長の今の状況であった。だが、それを許してくれる程、目の前の鬼は優しくは無かった。


「眩しかったじゃねぇか!」


 単純に振りかぶって拳を振り下ろしてくるだけの単純動作。しかし膂力に裏打ちされたその素早さにゾッとしながら隊長は回避する。そのまま背後に回ろうとしたがそれよりも早く鬼が振り向く。やはり小回りについては、生身に敵いはしない。


「遅い!」

「グハッ」


 鬼が振り向きざまに蹴りを飛ばす。回避しきれずに隊長機に直撃。軍用の魔導機装の装甲は超小型のそれとは言え隊長の命を守ってはくれたが、装甲はへこみ衝撃は殺しきれずに隊長は地面を転がる事になった。

 身体に走る痛みに耐えつつ、何とか体勢を立て直して立とうとする隊長だったが、足がうまく動いてくれない。自分の足の骨が折れた訳ではない。地面を転がされた魔導機装の部品が破損したのだ。そもそも魔導機装は地面に激突して動かされる事を想定などしていない。部品が欠損し正しく力を伝えられなくなったのならばそれは、ただの鈍重な重りにしかならない。


(ぐ、他の皆は?)


 痛みに耐えつつ周囲を見渡す隊長の背筋に冷たいものが走る。いつの間にか盗賊の一人が超小型の魔導機装を身にまとっていたのだ。最初に見かけ、親玉だと思ったあいつだ。どうやら盗賊団でのトップであったことは正しかったらしく、部下に時間を稼がせている間に乗り込む事に成功したらしい。


(やばい!)


 盗賊団が違法に魔導機装を手に入れて暴れまわっているという情報は聞いていた。故にそれを抑える為に駆り出されたのが自分達なのだ。そして本来はあれを抑えるのが隊長たる自分の仕事だった筈だ。

 しかし自分は鬼により転がされ、フリーになった盗賊の親玉がその魔導機装で部下達に襲い掛かろうとしている。

 それは全滅すらありうる危機的状況だった。

 即時撤退を決断しそう叫び声を上げようとした隊長だったが、その顔に影が差した。鬼だ。その顔が喜悦に歪む。


「死ねや」


 その足裏が隊長の頭部に迫り魔導機装の装甲ごと踏みつぶされそうになった瞬間であった。

 別の声が割り込んだ。


「てめぇが死ねやっ!」


 そして鬼がそこを飛び退る音と、何かが地面を叩く音がほぼ同時に聞こえて来た。

 泥だらけ、血だらけになりならばも状況を確認しようとした隊長が見たのは、一機の小型魔導機装と、着物姿のエルフの美女。

 すなわち、ラクトが乗り込んだAX1と、イーシャの姿であった。


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