4-1
「みんな、飲み物もった? それじゃ~――かんぱーいっ!」
高らかな宣言と共にグラスが打ち合わされる音が響き、そして少ししてパンパンパンというクラッカーの音が響き渡る。ラクトが視線を上げれば、そこには”祝! 復讐完遂記念!”という手書きの幕が壁に貼ってあった。
そう今ラクト達はゴードンの工場の一角でテーブルを囲み、ジンガを倒してラクトの復讐が果たされた事についての祝賀会をやっていたのだ。
主催はララである。彼女は満面の笑みを浮かべて人を呼び、料理を作って並べ、飲みものを用意していた。参加者はラクト、ララ、イーシャ、ゴードンといういつもの四人に加えて、ロイドである。本当はもっと色々な人を呼びたいと言っていたが、ラクトがさすがにかんべんしてもらったのだ。
ララは終始ハイテンションで声も高く、あからさまな上機嫌で手にしたコップに入ったジュースを飲み干していた。
ラクトなどは最初”酒でも飲んでいるのか?”と疑ったものだが、そうでもなくて単純に嬉しいが故らしい。
少し考えれば分かる事なのだが、ララは最初から復讐反対派である。その理由は仇を討つ討たないには無く、ラクトの怪我を恐れるあまりであった。
しかし今やラクトは仇を討ち、しかも怪我も無いと来た。これ以上危険な目には遭わない事が決まっているのだから、ララとしては最高の結末なのである。
ふとラクトはラーグが自宅に帰って来た時に、アルコールを飲んで”仕事終わりの一杯は最高だな”と言っていた事を思い出した。
(俺も酒を飲めば何か変わるのか?)
と思い酒に手を伸ばしてみようとすると、目ざとくララに止められてしまった。
「お酒はダメだよ、お兄ちゃん」
「なんでだよ。ノーゼシアの法律的には15歳から飲んでいいんだぞ」
「そうするとあたしだけが飲めないじゃん。仲間外れはずーるーいー」
如何にも怒ってますという表情を作って言った直後、ララはすぐに破顔して笑い出した。その切り替わりに本当に飲んでいないんだろうな、とラクトは再度思ってしまう。
「別に後で一人で飲む分には構わないからさー。ここはあたしに付き合ってよー」
「分かった分かった」
テンションのあまりちょっとララがうざくなっているなと思いつつ、酒の事を思い出してラクトは大人組の方に視線を向けた。
そこではやや度数の高い藻の蒸留酒をロックでチビリチビリとやっているゴードンの姿がいた。ドワーフのイメージからかもっとガバガバと飲んで騒ぐのかとも思ったが、それをゴードンにやられても違和感しかないかもしれないなとラクトは思い直した。
そんな静かなゴードンに酒気で顔を赤くしながら話しかけているのがロイドだ。ラクトの記憶では彼は仕事の合間に時間を作って参加してくれている筈なのだが、アルコールは飲んで大丈夫なのだろうか、と他人事ながら少し気にしてしまう。
「いやー、目出度い。でもこれでゴードンさんはスケジュールが空きましたよね? 以前から言ってたようにこれを機会に軍に復帰してくださいよー」
「まぁ……空いたは空いたが」
「そうでしょ? AX1も壊れちゃったんだし。軍に来たら僕の機体のメンテとか、次の機体のアイデアとか、もう相談したい事沢山あるんですから」
チラと視線を転じれば、工場の隅には全壊したAX1が無残な姿を晒していた。これを直すとなれば気合を入れる必要もあるだろうから、直すにしろスクラップにするにしろ、まだ着手できていないという事なのだろう。
だがそれはそれとして、AX1はラクトがこれまで命を預けて来た相棒であると同時に、ゴードンが作り上げた傑作でもある。二人が少なからず思い入れがある機体を”壊れちゃったんだし”とあっけらかんというロイドは、さすがにいつものノンデリっぷりだなとラクトは思う。
しかし理屈ではそのはずなのに、ロイドの言い分を聞いても自分の心にそれほど波風が立たないのは、ロイドの言葉だからスルー耐性がついているのか、それともラクト自身の心に一段落がついたからなのか。それはラクト自身にもわからなかった。
「ま、しばらくはまだやる事があるが、その内に暇になりそうなのは確かだな」
「そうでしょ? じゃあ軍に来てくださいよー」
「――考えとく」
「お、初めて前向きな返事が聞けた気がします! あー、えー、この勢いで聞きますがイーシャさんはどうするんですか?」
ゴードンの色よい返事に高揚したのかアルコールのおかげか、ロイドがイーシャにまで声をかけた。
イーシャは藻の蒸留酒をジュースで割ったカクテルを飲んでいた。その頬は酒のおかげかわずかに赤くなっており、それがロイドを緊張させていたようだった。こういう女慣れしていなさそうな所がロイドっぽいなとはラクトも思う。
「ウチ? うーん、ウチはラクトはん次第かな」
「は、俺?」
突然水を向けられて驚くラクトに、”それはそうやろ”とイーシャが顔をこちらに向けた。
「ウチとラクトはんは、同じパーティとしてギルドに登録してるやろ? ラクトはんがまだギルドで仕事をするのか、それとも辞めて別の事を始めるのか。それに由るかなと思て」
「それは……まあ、そうかな?」
「すぐには決められないやろから、時間はかけてええ。ウチも今回の事はちょっと疲れたんで、ちょうどええ骨休めにもなるやろし」
自分がこれからどうするのか。そう言われて初めて、ラクトはこれからの自分についてあまり考えていない事に気が付いた。これまでは復讐で頭がいっぱい過ぎて考えられなかったのだが、これから先もそうである訳にはいかないのはラクトにも分かっていたはずなのに、である。
「どんな結論を出してもええけど、一つだけ約束してや?」
「約束? どんな?」
「どうしてそんな結論になったかをちゃんとウチに話してくれる事。いきなり理由も無く決めて、いなくなったりするのは勘弁やで?」
約束。その語を出して来た時のイーシャの目が一瞬鋭くなった気がして、ラクトは一瞬言葉が詰まった。が、言っている事自体は至極まともである。ここで彼女のことを無視して身の振り方を決めて突っ走るのはさすがに不義理すぎるだろうとはラクトも思った。
「なんだ、ラクトはまだギルドで働くのか?」
イーシャに対して約束を守ると告げていると、そこにロイドが割り込んできた。その手を見ると新しく水割りを作っていたようだ。しかしやけにハイペースに見えて、ラクトはやや心配にもなる。ロイドの身体というよりも、仕事が。
「分からない……まだ決めてない」
「俺個人としては、お前には学校に行くという選択肢もあると思うけどな」
「学校?」
「そりゃそうだろ。お前くらいの年齢なら、それが普通だ」
あまりにも選択肢から外れすぎていた為、ラクトは素っ頓狂な声を出してしまった。しかし言われて分かるが、確かにロイドの言っている事にも一理あることはラクトも認めざるを得なかった。
「そりゃ、ゴードンさんの手が空く方が嬉しいって言うのはあるぜ? だけどそれはそれとして、これまで子供のままで復讐を理由に大人顔負けに仕事してきたんだ。ここらで一回普通に子供に戻ったって、誰も文句は言わないぞ?」
「お兄ちゃんが学生に……、うんそれいい! すごくいいかも!」
ロイドの言葉に全力で乗ってきたのはララだった。特に”普通”という言葉が響いたらしい。ラクトの年齢が本来あるべき生活を送る、というのはララにとっても二人の母親にとっても念願であったというのはラクトにも感じられるため、強く否定はできなかった。
「でも、そうなってギルドの仕事が無くなったらイーシャさんがいなくなっちゃうの? それはちょっと、寂しい」
「大丈夫や。仮にラクトはんがギルドを辞めても、ウチとララちゃんは友達のままや。折角仲良くなったのに、いきなり離れるのは寂しいやんな?」
「うん! うん! あたし、ちゃんと連絡する。そしたら遊ぼう!」
「うん。ええねぇ」
ララは笑いつつイーシャに抱き着き、イーシャはそんなララを受け止め、頭を撫でてみせる。
この祝賀会中のララはこんな調子で終始、ニッコニコだった。
***
ララ主催の祝賀会は、用意された食べ物や飲み物が粗方無くなり、ロイドを見つけに来た副隊長が酔ったロイドを見つけてこめかみに青筋を浮かばせた所でお開きとなった。
大きい体を小さくしながら副隊長のお説教を聞いているロイドを尻目に、ラクトはララを手伝って祝賀会の後始末をする。
横で髪をピョコピョコと揺らしながら片付けるララは、鼻歌交じりでありまだまだ上機嫌である事を隠せていなかった。
その事に微妙な感想を抱かないではないラクトだったが、妹の機嫌が良い事は悪い事ではないので、しばし黙って彼女に付き合っていた。
「あ、そうだ。お兄ちゃん、しばらく暇になるの? だってAX1が壊れたし、ギルドのお仕事もできないんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「じゃあお母さんの所に一緒に帰ろうよ。しばらくぶりだしきっと喜ぶよ。あ、復讐が終った事はもう連絡したから知ってるよ。お母さんもすっごく喜んでた!」
上機嫌のまま言葉多めに話すララに、ラクトも母親の事を思い出す。同じ地表都市ヴァルガドに住みながらも、職場への出勤のために引っ越した家と、そこから飛び出してギルドで働き始めたラクトの家では少し距離があった。勿論たまに行くことができないほどに遠くはないのだが、やはり復讐にイラつきを隠せていなかったラクトは、その不機嫌を振りまくのもどうかと思い、よりついていなかったのだ。
が、復讐が終わったならばもう大丈夫ではないか、と言われてしまえばラクトには返す言葉も無かった。
「それにギルドの仕事を受けないなら、それも言っておかなくちゃ。リンダさんに言っておくね?」
「え? いや、それくらいは何かの折に俺が自分で――」
「だーめ。そう言って先延ばしにしちゃうかもしれないんだから。善は急げ。この後すぐ行っちゃうね」
ラクトが預かり知らない所でギルドの受付嬢リンダとの仲を育んでいたらしいララは、ラクトの行動力の無さを見抜いて自分で向かう事にしたらしい。自分はそんなにも信用がないのだな、と僅かにラクトは苦笑する。
と、ラクトが視線を感じて顔を上げると、ロイドを説教し終えたらしい副隊長であるオランドが自分の方を見ている事に気が付いた。
「あ、その。何か?」
黙ってみられているとも居心地が悪い為そう問い返すと、副隊長は説教ですっかりシオシオになったロイドを軍の方に向かわせながら、ラクトの方に少し歩いて声を掛けて来た。
「いえ、少し思う所がありまして。……が、それも大人げないな、と思い直していた所です」
「は、はぁ……?」
「混乱させてすいません。でも最後にこれだけは。復讐完遂できてよかったですね。おめでとうございます」
「ありがとう、ございます?」
副隊長の言葉の意図を読めずに、ラクトは少し混乱しながら感謝を述べた。副隊長の目はいつも通り眼鏡の奥で冷静にラクトの方を見ていたが、お祝いの言葉をかけている割には冷たく見えるのはラクトの気のせいだろうか?
「でも最後って?」
「ああ。ロイド隊長の栄転が決まったんですよ。で、私もサポートについていく事になったので、多分会うのはこれが最後になると思いましたので」
「栄転? 出ていく?」
寝耳に水な話に驚くラクトの反応に、むしろ副隊長の方が怪訝に眉を寄せる。
「あの人、そんな事も伝えていなかったんですか。……今回のジンガ一党の討伐が最後の一押しになって、隊長は首都ポルクスの方に移る事になったんです。軍人としては中央に行くことになりますから、出世ですよ」
「それは、凄い。おめでとうございます……って、ロイドに言う事か」
「ええ。なので隊長から言っているかと思ったのですが……もしかして、今回の祝賀会はラクトさんの為のものだから、と遠慮したのかもしれませんね」
「あのノンデリが?」
「の、ノンデリ。それは確かに。まぁ忘れてたという方が正しいかもですね」
ラクトのロイドに対するノンデリ呼ばわりに、副隊長は吹き出しかけて慌てて咳ばらいをして姿勢を正した。
「まあそれはともかく。上からの命令で私とロイド隊長も、軍を引き連れて移動することになったんです。ある作戦に参加するというか――まあこれは軍事機密なので言えませんが」
「は、はあ」
「だから多分、これが最後です。これまでは昔の関係があったからロイド隊長も気軽にあなたに会っていたのでしょうが――復讐は果たされ、ロイド隊長も移動するのであれば、会う理由も無くなりますからね」
「それは――」
「個人的に思う所はありますが、今となってはどうでもいいことです。復讐完遂おめでとうございます。これからどのように生きていくのかは分かりませんが、お達者で」
それだけ言うと副隊長は、軍人らしくピシッとした挨拶をして振り返り、ロイドの後を追いかけていく。
ラクトは何を言うべきかも分からなくなり、ただ無言でその背中を目で追いかけた。
***
すっかりと祝賀会の後片付けも終え、人もいなくなった工場の片隅。そこに鎮座されたAX1の残骸の前にラクトは立っていた。
残骸。そう、残骸と呼んでも仕方が無い程に大破しているAX1を見て、ラクトは不思議な感情に襲われていた。
AX1はラクトにとっての力であり、相棒だった。それを復讐の為にと作り上げてくれたゴードンには感謝してもしきれない筈だ。
それにも拘わらず壊れて転がっているAX1を見ても、ラクトは自分の心があまり揺れていない事に気づいていた。
(もう終わったって事……なのかな……)
ボンヤリとAX1を眺めていたラクトの背に声がかかる。ゴードンだった。
「なんだ。AX1が恋しいのか?」
「恋しいっていうか……壊れたまま、直さないのか?」
「直す必要が無いからな。直して欲しいのか?」
「それは……」
「乗る当てがあるっていうなら直してやるがな。勿論対価を貰ってだが」
そういういつものゴードンの守銭奴っぷりにどこか安堵してしまうラクトがいた。これは、周囲が動き出して変わってしまうという事に関して感じている焦りなのだろうか、とラクトは自問したが答えは出てこない。
その代わり、今までゴードンには聞いてこなかった事が口を突いて出た。
「なあ、父さんってどんな魔導機装に乗ってたんだ?」
「あん? なんだいきなり?」
「いや、その……気になって」
自分でも言語化できない事に焦るラクト。それを見て、しかし追求せずにゴードンは話してくれた。
「そうだな。ロイドの機体を見たことあるか?」
「軍に正式採用されてる大型魔導機装の隊長機をベースにしたカスタム機だろ?」
「そうだ。大型機でありながらも剣で近接戦闘が特徴の、最近の機体の中じゃ傑作機SH8-CQ7"オーブ"を改造したやつだ。ベース機体は同じだ。ロイド機は隠密性を高める為に静音性とかを高めたがな。あいつはあれでいて、我慢強いんだ」
「へえ。そうは見えないけど」
「確かにな。ラーグ機の方はもっと近接戦闘に特化したカスタムをしたな。敵集団の中に一人で切り込んでも勝てるように、特に取り回しと剣速を高めた奴だったかな」
昔を懐かしむようにゴードンが言ったそれは、ラクトにとって知らない情報だった。五年前の今より子供だったあの頃のラクトに、戦場でのラーグの姿を見る機会など無かった。唯一見たのは、その最期でしかなかったのだ。
それを一瞬思い出しかけたラクトは顔を振った。
「父さんは……なんて言うと思う? ジンガを殺して仇をとった俺に、何て言うと思う?」
「おいおい、一体どうしたよ。ワシにそんな事聞かれても知るもんかよ」
「そりゃまぁ……そうだけど」
確かにそんな事をゴードンに聞いてもどうにもならない事だというのはラクトにだって分かっていた。しかし今まで意識していなかった戦場でのラーグの事を気にかけてしまうのが今のラクトだった。家に帰って武勇談を語り、そして正義を話してくれる子供思いの父、以外の姿があるのを感じて。
「そうだな――、危ない事をするなと怒って、でも良くやったと褒めるんじゃないか?」
そのゴードンの言葉はラクトにとって少し意外だった。少なくともラクトの中に思い描いていたラーグは、仇を討ったラクトの事を褒めてくれる筈だった。しかしララが言うのはラクトを止めたはずだというのだ。そのイメージのずれを気にして出た質問なのに、そのどちらも肯定されてしまったラクトは戸惑うしかない。
「軍人としてのラーグは、大金星だって褒めるかもな。あいつが危険だったってのは間違いないし。けど、こいつを見ちまったら怒るんじゃねぇかな。特に自分の息子がやったなんて知ったら、拳骨を降らせるかもな」
そう言いつつゴードンが示したのは、完全に大破したAX1だった。搭乗者が五体満足で生きているという事が信じられないくらいに壊れた魔導機装。確かに危ない橋を渡りすぎたし、これを身内がやったとなったら怒られるというのは分かる理屈だった。
が、ラクトが聞きたかったのはそういう事では無かった。知りたかったのは――。
「なあおい、お前が何考えてるか知らんがな。ラーグは答えてくれねぇぞ?」
「え、そ、それは……」
「ラーグだったらどうしたとか、ラーグだったらこう考えただろうとか。それを考えてこれから自分がどうしようと考えるんだったら、無駄な事は辞めろ。ラーグがどう答えそうだと考えるにしろ、そいつは結局想像上のラーグが言う事でしかないんだからな」
その言葉にラクトは反論できない。自分の知らないラーグを知る事で、自分の中にある何かを言語化できないかと考えた、と今なら分かるがそれすらもゴードンに封じられてしまった。
何も言えないでいるラクトに、ゴードンは自分の頭を掻きまわしながら言った。
「何を悩んでいるか知らんけどな、とりあえず気分転換でもしたらどうだ?」
「え?」
「ワシの工場で辛気臭い顔をするな。外でも歩いてこい」
そう半ば追い立てられるように。ラクトは自分の胸の中にあるものを言語化することすらできず、雪が軽く降る街の中へ歩いていった。




